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2012年5月28日 (月)

【DA2】「ドラゴンエイジ2」追加アイテムパック2

 忘れた頃にやってきました。映画「ドラゴンエイジ」のBD。日本語版。

 そしてPSNではゲーム「ドラゴンエイジ」のアイテムパック2の発売開始。たしか映画DVD/BDに同梱とか言っていたのでそのタイミング待ちだったのでしょう。

 アイテムパックの同梱については、すでに映画公開時に突っ込んでおきましたが、あまりに間延びしすぎです。 

 BD版英語版は予約購入をキャンセルしてしまいました。
 うまくいかなかったタイアップ(tie-in)企画の残滓を見るのは辛いものがある。

 昔に比べてヴィデオゲームの賞味期限はずっと短くなってしまったんでしょうね。

 

2012年5月27日 (日)

ドラゴンズドグマ温情仕様?

 ドラゴンズドグマ、はじめるにあたって大失敗がひとつ。

 ひとりめウォーリアー。

 システムに関するなんの予備知識もなく、わけもわからず自分のポーン(メインポーン、和製英語だなあ)は、何からなにまで思いっきりデフォルトでやってしまった。野郎メイジ。

 なにがすごいって名前(ニックネーム)もAdam(Ace)、デフォルト(笑)。

Dragons_dogma_screen_shot__4
 マネージャーかよ、ってくらい影が薄い。

Dragons_dogma_screen_shot__16
 宿屋の寝室に水差しでも届けにきた給仕ですか。

Dragons_dogma_screen_shot__17
 おっと、暗闇からいきなり戻ってきたから、NPCと間違えたよ。
 ってNPCに違いはないんだが。

Dragons_dogma_screen_shot__18
 よそ様からお借りするポーンは女子が圧倒的に多い。
 これは私の趣味というよりも(このレベル帯の)ポーンでは圧倒的に女子が優勢なのだ。
(ちなみに私の基本はファイター、メイジ、メイジ、ストライダー。結構シビアだけど、最初はこの編成がなかなか面白い)

 うちの子はそんなデフォルト仕様のレンタルポーンなので、きっとネットで使っていただけないのだろう。「その他大勢」、「そんなやつクラスにいたっけ?」になってしまうんだろう。

 けなげにも朝宿屋で起きると「異界で仕事してきました」とか言って帰ってくるが、どー考えても生身のプレイヤー様に雇われたとは思えない。

 スキルなんかはまじめに(オーソドックスに)つけて、レベルアップしたらこまめにアップロードしてはいるんですが。

 ところが、何かしらのお土産は毎回もらって来るのだ。
 友達少ない(いない)私のようなプレイヤーで、自分のレンタルポーンがたとえ誰からも雇われなくても、きっとシステムがお土産くれるんだな。

 さびしがり屋さんになんて優しい仕様なんだ。

 ところがそのAdam、先ほど大量のお土産とXPを抱えて戻ってきた。

 お、雇われたんかい! まじめに初仕事?

 お土産についてはオーナーさん(使っていただいたプレイヤー)がインヴェントリの回収忘れたのかな?

 いや・・・。違うな。
 きっとロストしたんだろうな(笑)。
 レンタルしたポーン、ロスト時のインヴェントリがどうなるかわからないんだけどね。 

2012年5月26日 (土)

ドラゴンズドグマ

 外出の用事などがあって、まだ数時間しかプレイしてませんが。

 不満はたったひとつだけ。

 プレイヤー・キャラクターは常時ひとりしか許されない?

 新しいキャラクターを作ろうとすると、セーヴデータは削除される。

 ファイターではじめたけれど、そりゃストライダーもメイジもやってみたいよね。

 一周終わったら枠が開放されたりするのか?
 DLCで売ったりするのか?
 それともそんな要求を持っているのが私だけなのか?

  セーヴファイルをUSBメモリに逃がしてやってみんだろうな。

 ネットに出張中のポーンなる従者がどうなるか、処理的に気になるのはそこだけ。
 ま、吹き飛んでも数時間がぱあになるだけだ。

 試した。

 んー、セーヴファイルの名前が一緒だから、うっかり上書きしちゃう危険があるな。 USBメモリ三本くらい用意すべきかも。

 一応、入れ替えは可能みたいですが、二人目主人公がまだポーンをネットに登録していないのに「お仕事して来ました」とか言っているな・・・。

 ネットワークに貸し出しているポーンのデータがどうなってるか、ちょいと心配ではある。

 ま、うっかりで事故もおきそうだし、あまり頻繁にやるべきじゃないですね。

 それ以外は本当に文句がない。

 DLCも100円なら気にならずに買える。

 しかしB'zか・・・。気合が違うなあ。

2012年5月23日 (水)

ルーター変更。

 DiabloIII、ちょこちょこやってます(まだ長女がレベル15あたり)が、サーバーからの強制射出がちょっと耐えられない頻度になった。

 私だけじゃなく、かなり広範囲で発生しているらしい。Blizzardも認識していて、「なんとかするつもりだが、お前たち側もなんとかしろ」といくつかのノウハウを示している。

 その一番目が「ルーターを最新式に変えましょう」であった。

 旧機種は何年前のルーターだっけなあ・・・。一回新機種に更新したのだが、そいつのほうがおしゃかになってしまい、結局古いものをまだ使い続けていた。おそらく10年選手?

 スピード的には私はあまり気にならないのだが、最新機種だと結構速くなるよ、みたいな話もあるので、思い切ってBuffaloの最新式有線ルーターを買った。

「企業向け拠点間通信も簡単に設定できる!
 外出先からも高速でリモートアクセスできる!
 iPhone/iPadからも自宅のPCにアクセスできる!
 USBポートつきでHDもプリンターも接続できる!」

 このうたい文句のどれひとつ、「あっしには係わり合いのねえこって」だったのですが。リモート・サービスは有料だしね。

 Buffaloの何がいいかというと、ほとんど設定がいらない。サルでもつながる。
 私の場合CATVのブロードバンドなので、プロバイダー側の設定も何もいらないはず。

 そのはずだったんだが・・・。

 つながらねえ。

 CATVのモデムはしばらく(30分?)電源切って放置しましょうね。

 そのとおりやって、風呂に入って、帰ってきてもつながらねえ。

 なんでかなあ、としばらく悩んだ。ゼッタイ、サルでもできるはずなんだ。

 このままでは私はサル以下になってしまう。

 あ!

 実はVitaちゃん用のWi-Fi通信のために、つい最近同じBuffaloの無線ルーターを導入していたのだ。

 PCには、この無線ルーター経由で有線でつないでいる(ちょっとした住宅事情があって、完全無線化は難しいんです)。

 そいつの認証がいるのか・・・。

 認証つうか、それすらワンクッション、超簡単な設定(はルーターが勝手にやるのでただの操作)が必要だったのです。 

 おお、さくさくつながりました(さくさくじゃねえだろ)。

 しかもちょっとだけ速くなった!

 と気がついたときには、もうDiablo IIIをやり倒す時間はほとんど残されていない。

 明日も早いしなあ。

 しょうがない、寝る前にVitaでペルソナ2罪でもちょこっとやるか(やるんかい! じゃなくて今までやったことないんかい!)。

 ペルソナ2罰を買って、最初の画面で「ペルソナ2罪のセーヴデータをインポートできます」という表示を見て、いてもたってもいられず買ってしまったのだ。A型だから。順序を踏んでやらないと気が済まないもんで。(ってもP3Pは先にやっているという矛盾)

 ってことでペルソナ4がVitaで出ても、しばらくやらないんだろうな・・・。

 Diablo IIIもいつになったら先に進めるやら。ドラゴンズ・ドグマもそろそろ到着するんだよな。

 遣り残しゲームだけがどんどん積み重なっていく。 

 

2012年5月22日 (火)

ノマド、エア会議

 SAPIOの深川峻太郎氏のコラムは、いつも「ふふっ」程度には受けていたが、今回(6月6日号)はバカ受けです。
 (残念ながらこのコラム全文はネットに載らないみたいだ。ぜひ本人が公開してほしいくらい秀逸)

 ノマドワーカー。サテン(喫茶店)のテーブルにPCやスマホなど並べ、たったひとりでヘッドカム(ハンズフリーというからそうだろう)に話しかける、その風情は「エア会議」(笑)。
 
 でも「サテン」と言ったら怒られるんだって。「カフェ」(笑)。

 ノマドとは、もちろんRPGファンには(歴史ファンには)おなじみ、ノーマッド(nomad)のこと。遊牧民の総称ですね。SEGA Nomadのことでも「ローゼンメイデン」のアニメ製作会社でもない。
 
 Wikipedia(en)によれば、学術的に正しいかどうかしらないが、ノーマッド文化は次の三種類に分類される。日本語の「遊牧民」はこのうち一部しか言っていない。

・hunter-gatheres、狩猟・採集民。約1万年前から続く、人類にとって原初的生産・生活形態。

・pastoral nomads、いわゆる遊牧民。牧畜用の牧草地(pasture)の再生手段を基本的に持たないので、主として季節ごとに数箇所を巡回する。

・peripatetic nomads、巡回遊歴民。peripateticの元の意味は「逍遥」、徒歩で移動(巡回)する人のことだが、定住者の集落間を巡回してそれらの集落に(または旅の同道者に)自らの工芸技能・技術を提供し、あるいは商取引を持ちかけることで生計を立てている民。
 
 なんでこんなことを書いているかというと、すでにゲームブログじゃなくなっているんだけど、ちょっとはそれらしくはしようかなあ、という悪あがきだったんですが、なんかいい感じじゃない?
 人によってどんなゲームを(ゲーム以外のメディアなどを)想起するか色々でしょうが、私はやっぱ「ロマサガ」。なんだか強烈なイメージがあったね。あるいは往年のAge of Empiresシリーズがちょこっと。Civilizationシリーズはそこまで(ノーマッドの)細かい表現はしていなかった気がする。 

 お気づきのようにDAシリーズのデーリッシュは遊牧民がモデル。MEシリーズのタリちゃんの種族であるクォリアンは巡回遊歴民がモデル(クォリアンは防疫上の理由で家畜を飼わない。それが理由で遊牧民じゃないというわけではないけど)。

 そしてどちらもscavengers、定住異種族の周辺部で、廃品回収(ゴミあさり)やサルヴェージなどをして交易の糧にしている。その行いが(定住異種族からの)差別・偏見の源でもある。

 でもこういう世界の話、たぶん私自身が一番鈍いほうだろう。個人的にThe Witcherシリーズ(の物語)にあまり強く惹かれないのは、ノーマッドや異民族の移民(あるいは難民)の背景設定がいまいち飲み込めてないんじゃないかと思うから。

 上の三つ目の類型peripatetic nomadsの代表がジプシー(Gypsies、単数Gypsy)。いまはそう呼んではいけないという動きがあるそうで、彼ら彼女らが自称しているロマニー(Romanies、単数Romany/Romani)あるいはロマ(Roma、単数Rom)へと読み替えが行われているそうです。

 ん、なに? ドラクエIVのマーニャ・ミネア姉妹を思い出す? 君ら同人読みすぎ。
 
 本題に戻ります。コラムで特に秀逸な観察・考察は、なぜそういう「エア会議」のように見える行為がこちら側から見て「いらつくか」の部分。
 筆者によれば「カフェ」(笑)における見た目「エア会議」の不快さは、車内化粧、車内通話と一緒だという。「誰にも迷惑かけてないじゃん」(車内通話は必ずしもそうではないかもしれない)という反論があるとしても、「あたかも周囲に他人がいないかのごとく振舞う(つまり迷惑を掛け合う関係性すら眼中にない)」その態度が不快なんだそうだ。
 つまり、周囲環境に対する圧倒的な無関心ということでしょう。
 
 「職業フリーランス」、「職業安藤なんとか」(その女性の本名)と自称している有名人?へのつっこみもいけてる。
 かつて「職業本名」で通用したのは、日本の場合は次の人しかいないはず。
 
 職業、長嶋茂雄。
 
 現役引退後、海外に渡航する際、空港または機内で作成する入国関係書類の職業欄にそう書き込んだそうな。
 ミスターと同格なんだって? んなわけないな。
 
 「フリーランスは名刺や住所が大事。クリエイティヴな仕事をしているのに名刺の住所は足立区ではイメージにそぐわない」
 
 長嶋茂雄に名刺は要らない。住所も関係ないからね。

(現役時代のフライチャンズが読売だったんだから「住所」関係あるやろ!という指摘あるかな。でも当時は「やっぱりあれはファール」村山擁する阪神だって、「自称月見草」野村克也の南海だって、稲尾様の西鉄だって人気球団だからねえ・・・。読売だから長嶋が長嶋になったという話は因果関係が逆な気がするけどね)
 
 「足立区」云々に関しては、足立区のハイテク・ハイスキル産業とかクリエイティヴじゃないのかなあと、筆者が的確に突っ込んでいるので省略。「名刺や住所が大事」と言っている時点でこの話はすでに終わっているのだが、筆者も1984年あたりに痛烈に揶揄されていた「横文字職業」の「周回遅れの悪い冗談」としか思えないという。
 「私はこんな勘違いをしています!」と宣言しているのと同じで、とっくの昔に「ダサい」に仕分けられたスタイルだそうだ。
 
 まじめに言えば、ノーマッドの三つの類型の中でノマドワーカーが当てはまりそうなのは、peripatetic nomads。であれば本来ジプシー、あるいはオフィス・レフュジー(難民)と呼ぶべきであったはずだが、しゃれたノーマッドなど使うから話がややこしくなる。
 
 ああ、今回はなんだか面白かった。  

 でも、周囲環境に対する圧倒的な無関心ということでは、車内シャカシャカ(音楽)、車内スマホ、車内ハンドヘルドゲーも一緒? 車内読書も、車内新聞も一緒?
 化粧や通話と何が違うの?
 そこらへんの線引きはじっくり考えないといけないんだろうが、今日は疲れてるのでここで思考停止します。宿題宿題。 

 

2012年5月21日 (月)

金環日蝕の日に。

 金環日蝕(サイエンス、天文学)とスカイツリー(テクノロジー、エンジニアリング)で盛り上がっているところに水を差すようですが(インテンショナル)、この科学展は見たいなあ。

http://sankei.jp.msn.com/science/news/120521/scn12052108000007-n1.htm

 「世界の終わりのものがたり」

 日本科学未来館

 視点が、「子供を持つ母親が核燃料発電事故で」どうしたこうしたとか、そんな話だけならあまりに陳腐で、それ以前に無意味で、興味が沸くわけなかったのだが。

 ”基調となるのは、文明も人類も地球も、いずれ終わってしまうという認識だ。「リスクをもたらす可能性のあるテクノロジーの研究を進めるべきでしょうか?」「人が生みだしたテクノロジーを、人は使いこなすことができるのでしょうか?」など、科学技術への信頼に疑問を投げかける質問文も多い。”

 これでもまだ正直物足りないが、事業仕分けの対象になった官製ハコモノの企画としては、精一杯のところを狙っていて、まあいい感じではないですか。

 そして、そういう問いに、未来館がどんなふうに勘違いした答えを出しているか(問いに答えていないか)観にいきたい。

 つまり「世界はどうせ終わるのに、どうして『科学の未来』を気にする必要がある?」という問いを自分で投げかけていながら、さくっとそれをはぐらかしてるんじゃないか、と期待されるのです。

 一言でいえば、そうした問いに答えるにあたって、リスク社会の論点をきちんと踏まえているんだろうか、ということですね。きっと踏まえてないでしょうねと想定しています。その期待が裏切られるならばいいんだが。

 そういえばようやくベックの「リスク社会論」を入手することができた。ところが1998年出版の日本語訳は「危険社会-新しい近代への道」という書名なのだった。原文ドイツ語なので私には何もつっこめませんが。

 いまや「リスク社会」のほうがとおりがいいらしい。

 二つの大戦からチェルノブイリ事故(1986年、「危険社会」の原書が発刊された年でもある)に至るまでの二十世紀におきた多くの破局的な事件を踏まえ、人類が自然を社会の一部に取り込む(支配する)ことによって、自然破壊を社会の一部としてしまい、さらには自然が社会にとっての脅威にまで変貌してしまう、ということがテーマであるようだ。

 読んでから観るか、観てから読むか。 

 その前にDiablo IIIをちょっとだけやろうかな(だめじゃん)。

 

2012年5月20日 (日)

Diablo IIIのリズム

 オリジナルのDiabloをプレイしたのは遥か昔の話。1996年大晦日発売だから、その次の年くらいかな。余談ですが、このブログ全体が余談ですが、大晦日リリースってのは異常に感じますよね。クリスマス・リリースにめっちゃ間に合わせたかったんだね。でもできなかった。

 一説によれば、その開発最後のラッシュのおかげでローカリゼーションが困難なつくりになってしまったそうな(当初は英語版以外が存在しなかった)。ツーバイトコード圏(日本語圏もそうだ)では間違いなくあきらめざるを得なかったのかもしれないが、アルファベット圏(欧州)でも英語版しか存在しないそうだ。
 とはいえ本邦の好事家たちは当時かなり盛り上がっていたような気がする。Windows95時代、若い子は知らんだろうが、インターネットが日本にようやく普及し始めた頃(ISDN?! テレホーダイ?!)。

 もっとも、1996年はポケモン誕生、バイオハザード誕生、任天堂はN64発売、プリクラ、コギャルブーム、翌年1997年はFFVIIが世に出た年であり、ヴィデオ・ゲームのミリオンセラーが続出した(主としてプレイステーション由来の)大ブーム時代、あとたまごっちとかハロキティ、マイメロとか、どんだけ天下泰平なんだよ!っていうこの島国で、わざわざロード・オヴ・デスと戦うため日夜ダンジョンに潜る勇気ある(暇な)輩は限られていた(だから「好事家」と言っている)。

 Diablo IIは2000年、欧州版もほぼ同時発売だった。日本語版も同年数ヶ月遅れてカプコンが販売した(そうだ、私は日本語版をプレイしたことがない)。

 さらに10年以上が経過してDiablo IIIがリリース。

 GameSpotなどのユーザーの書き込みを眺めていると、ゲーム本来とまったく関係なく、DRM、常時オンライン制に対するヘイトがダントツですね。それはBattle.net批判でもあるけど、DiabloIII固有の話じゃなくてどこにでもあるから省略。

 次に批判があるのがサーバー周り。ローンチ当初のサーバー・マネジメントがいまいちだったらしく、リワインドもなしの強制排便が多発したとか。現在では収まっているそうだが、私個人も含めレイテンシー問題がまだ残っているようだ。何時間かに一回くらい、結構排便されます。

 それ以外は、意外にもめぼしい批判がないんですよね・・・。

 まあ探せば「Diablo本来のおどろおどろしさが失われた、オカマ趣味のアートスタイルが許せない」ってのもあるけど、それに同意する人は少ないのではないか。確かに過去作の(あんまし絵柄がうまくないから逆にめっちゃ怖い)世界とは違いますが、十分雰囲気出てると思うけどね。
 最初の頃から登場するモブでは個人的には「グロテスク」なるモブがまじでグロテスク(笑)。DnDのオンラインゲーム、DDOに出てきたディーモンにもめちゃくちゃ気持ち悪いオーソンってのがいたんだが、それとタイ。

 あとは「温すぎ」批判。これも必ずあるねえ。「10時間でクリアしちまった、ぬるくてもうやってらない」。MMOでもなんでも必ず出てくる。最近は「映像で証明しろ」とか言われるからホラ・嘘ではないんだろうが。
 申し訳ないがNormal難易度は、おっさんにはちょうどいい湯加減です。いや、むしろ調整は絶妙じゃないのか。いやならNightmareでもHardcoreでも好きにすればいいじゃないか。

 今日のお題はこの調整に関するもの。今までは枕。

 10時間くらいのプレイの感想です。オリジナルは確かに猿のようにやった。長時間ぶっ続けでやった記憶がある。当然徹夜も何度もあった。

 いまやそんな気力も体力もなく、休みながらやっている。ひとつよい方法は、5つのクラスをロール(ってもキャラクター・ジェネレーションは性別・名前以外一切触れないが)して、代わりバンコに進めること。

 ディーモン・ハンターを長女にしてはじめたのですが、他のクラス専用アイテムでなんだか凄そうなのを拾うとやはり渡したくなる。専用スタッシュに放り込んでおけば別キャラ(妹たち)に簡単に切り替えて渡せるので、ポイポイ渡す。

 受け取ったほうは、お姉ちゃんの拾ったものはレベルが高すぎる。でも使いたいのでレベルアップにいそしむ。結果的に姉妹全員そこそこのレベルで進む。護送船団方式。ゆとり教育方式とかいうな。

 もちろんマンチにとって、それは阿呆のやることです。理屈上は一人目キャラをごんごんレベルアップさせて、結果としてルートの品質が格段に高まるから、それを二人目以降のキャラに配分するってのが鉄則、MMOでもなんでもマンチのおきて。
 マンチじゃないから関係ない。ソロプレイだし。

 で、5つのキャラをやっていると気がつくんですが、難易度調整だけじゃなく(二人目以降はもちろん理屈上多少温くなりますよね)、テンポ、もっというとリズムの調整が抜群なゲームであることがわかる。

 実は、Diablo IIIのシステムのコンセプトはDungeon Siege IIIと完璧に似ている。そこからDSIIIを開発したObsidianの連中がかなり賢いってことがわかる。つまり、デザインレベルではDiablo IIIが向かいそうな方向をドンピシャで当てているのだ。主流はここに行くだろう、と予測していたんですよ。

 でもやっぱり頭に手足がついていかないObsidianだった。実装が最悪。比べるとDiablo IIIの「強いところ」がわかる。DSIIIほどひどい実装ではないが、やはりDiablo IIIには足元にも及ばなかったTorchlightと比べてもいい。

 巷でよく言われている点もあげましょう。

・ルート・テーブルが絶妙。ランダムなはずの拾いゲームが神がかり的な営みになる。

・上にも書いたように(Normalの)難易度が適切。十分にテストされ、練られている。チート臭いくだらない関門でプレイヤーを足止めしたりしない。

・テンポがあまりによい。実はテンポだけではなく、重要なのはリズムなんです。

 ルート・システムについては、WoWのルート・マネジメントが「神がかり」だとのたまったのは私ではなくペニアケの彼。もちろんオリジナルの元型はDiabloのほう。Blizzardのノウハウはすべて共有されているだろうから、DiabloもWoWも「ランダムの魔法」を完璧にマスターしているということでしょう。残念ながらDSIIIもTorchlightも99%がゴミ拾い作業。

 難易度は本当に絶妙じゃないでしょうか。DSIIIは「開発者が実際にプレイしたとは思えない」ひどさ。温いところは極端に温く、関門地点ではチート臭いボスが邪魔をする。最後までNormalでがんばったが、苦痛以外の何ものでもなくなった。
 Torchlightも、最後のほうになるとただモブの数で押すだけで難易度を調節している。画面は入り乱れてわけわからん状態になって、致命的な一発を回避するには運に頼らざるを得ない局面もある。

 リズム。そう「クリック、クリック、クリック」のことを言っています。三つだから三拍子とか悲しいこというなよ。四拍子だろ。「クリック、クリック、クリック、(休符)」のことなんですよ。

 音楽レヴューの近田春夫氏がこんなことを書いていた。「昔はファンクとか凝ったリズムがよくて、そうじゃなきゃ物足りないって辛口で採点してたんだが、(年をとった)今はべたなフォービートでいいね。凝ったリズムは聴くのがめんどくさい」

 これだと思う。もちろん私個人がオリジナルDiabloの時代からえらい年をとったのもある。だから普遍化しようとは思わないが、きっと麻薬的な愉悦が得られる秘訣はこれ。
 DiabloIIIはベタなフォービートなんですよ。

 そういう演奏は普通「アマチュア」、「へたくそ」と言われる。そうならないためにアクセントをつけますよね。そうそう、そのアクセントもバッチリ(やっぱ白人が作ってるからちょっち過剰に)ついている。それがキャラクター・クラスごとのタレント、特殊技ですね。これはどのクラスでも意図的に映像も音響も「バスン」、「ドーン」とくるように仕組まれている。「クリック、クリック、クリック、バスン、クリック、クリック、クリック、ドーン」。これで気持ちよくならない人はあまりいない。(何も必ず四拍目にあるわけではない。何拍目だろうがお好きなように聴いてください)
 かたくなにベタな(スーパー・ジャストな)フォービートで、アクセントが過剰気味でついている。ヘビメタっすよね。メタリカだ。

 Torchlightもどちらかといえばベタなフォービート(エイトビートか16ビートかもしれん)といえるけど、アクセントが欠落している。そこはDiablo IIIと大きく違う。スラッシュメタルかな。

 DSIII(に求められるマウス・クリック、あるいはWASD方式を取っていればキーボード操作も)はある意味ファンクなんです。シンコペーションだらけで、もとのリズムがわからなくなるくらい凝っている。複雑。
 リズムが今どうなってるかわからなくなるってのは、ボスキャラ(モブ)の攻撃がリズムを管理してるってことだ。やらされ感爆発。逃げ回り感爆発。作業感爆発。そしてキャラが死ぬ。

 「スーマリは作業をアートにしてしまった」というアート専門家の評があると以前ご紹介しました。名言ですね。Diablo IIIもクリック作業を恍惚感を伴う一種の音楽にしてしまったんでしょう。

 (任天堂マシンを持っていないので)最近はわかりませんが、往年の「ゼルダ」の癖になり加減も、今思えばきっとこのプレイのリズムのおかげですね。ま、あっちは(BGMもそうだったけど)二拍子、マーチかもしれない。

 Diablo IIIは前作から十年の間テストばかりしてたとも思わないけど、シリーズの「売り」を再現してさらに上回ろうとすると、やっぱ大変だったんだろうと思います。

 最後に、Diablo IIIは「シリーズでも最高にストーリードリヴン」なんだそうだが、BioWare亡者としては、そこは鼻で「ふっ」とか笑っておきます。たしかにライティングは一流の水準だけど、ネタは見事に一本道。でもそんなところはDiabloの売りじゃない。

 この内容はさすがにプレイしない人には伝わらないので、ぜひ。デモでもあればお試しあれ。

 では、口開けてクリックの世界に戻ることにします(笑)。

 

2012年5月19日 (土)

Diablo III 中断中。

 Diablo IIIのサーバー(US)が緊急メンテナンスで、30分ほどダウンしていたので暇になりました。

 Diablo IIIはゲームストッピング・バグが見つかったり、リアルマネーのオークション・ハウスがまだ稼動していなかったり、プレイ・マニュアルがどこにもなかったり、結構どたばたですね。 

 私個人でいえば、理由がわからないのですが、プレイ中にサーバーから結構頻繁にはじかれる。

 もう再現しなくなったけど、プレイ開始直後に同じNPCが同時に二箇所に現れるドッペルゲンガー・バグも私の場合は発現した。まったく致命的じゃないし、なぜか二人目以降のキャラクターからは発現しなくなった。

 ゲームストッピング・バグは、ディーモン・ハンターの場合、フォロワー(テンプラー)にあるタイミングで盾を渡すと発現することがあるらしい。発現してしまうとサーバーに二度とログインできなくなるそうだ。

 実はルックスだけで選んだ私の一人目キャラクターがディーモン・ハンター女子なのです。 ちょうどテンプラーをリクルートした頃だったんで、フォーラムの記事を真剣に読んでしまった。触らぬ神には祟りなし、で対応しています。

 さらに二人目?のフォロワーも、スポーン予定地点に同時にモブがいると二度と出現しない、というバグ記事もあった。プレイヤーがモブをトレイン(カイティング)しなければまず発現しないような書き方だったが、まだ出くわしていないので場所がわからない。発現してしまったら、もうそのフォロワーをあきらめるか、ゲームを最初からやり直すしかないそうだ。 

 それって結構初歩的なやつですよね・・・。

 まったりやっているので、一番進んだディーモン・ハンターでもレベル10。
 集団を相手にするのが(今のところ)苦手な、プレイの難しいクラスぽい気がする。外見で選んじゃったからなあ。

 おっとサーバーが復帰したようだ。30分程度のダウンタイムだったから、バグフィックスのメインテナンスじゃないようだ。

 それではまた行ってまいります。  

 

世界史ブーム(2)

一般大衆に広まったときがブームの終わりのはじまり。

 もうひとつ指標がある。どちらもそのシグナルによって事前に何らかのアクションがとれる
「先行指標」ってわけじゃなくて実際は何をするにも手遅れになる「遅行指標」だけど。

 一般紙(新聞)に記事が載ったときがブームの終わりのはじまり。 

 ふたつとも連動しているのでしょう。

 というか、次が一番正しいのかもしれない。

 私(ブログ主)が気がついたときはもうブームの終わりのはじまり。

 早い遅いの差があるが、「世界史」ブームとやらに各紙ともアウェアしている。

 産経新聞はたぶん一番遅いほうで、本日記事が載っていたが、内容はどう流行しているかばかりでなぜ流行しているかの「理由」がほとんどなくがっかり。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/120517/bks12051708090001-n2.htm

 せっかく山内昌之教授を登場させているのに、コメントは次のような内容。
もうちょっと踏み込んだ意見を引き出してほしかった。
(以下、下線はすべてブログ主)
 
"歴史を学ぶと、全く違う時代の出来事に現代と同じような構造があることを見いだせる。
時代の転換期に不安を感じ、世界の中の日本の行く末を考えるとき、歴史に教訓を求
めるのは当然
"

 「構造」はたしかにキーワードでしょうが、これではあまりに当たり障りがなく物足りないので、
ネットからそれらしい「理由」を拾えるだけ拾ってみる。

"先の見えない混沌とした時代に、人類の歴史を学び直したいという欲求が高まっている
のかもしれないが、これまでの「世界史」と何が違うのだろうか・・・"(asahi)

"購入の中心層は中高年で、今になって世界史の本を手にするのは、流行の
学び直し」に目覚めたのか。それとも日々変わる世界の政治情勢に対する関心からか――"(読売)
 
 「学び直し」という言い方は嫌いだが(だって英語も数学も歴史も、なんであっても今までまともに学んでこなかっただろうが!)、「人として世界史ぐらい知らなければお話にならない」(理想主義)、あるいは「世界史くらい知らなければ相手にされない」(功利主義)という態度は当然あってしかるべきだし、もしそういう発想から多くのさらりまんが買い求めて(本当に読むなら)それになんの異存もないというか、好ましい。

 歴史を学ぶなど西欧の上流階級、インテリ層では常識以前の話であり、他国の(世界の)歴史も知らずに「国際化」を語るなどチャンチャラおかしいわけで。それ以前に自国の歴史も知らなかったりすると眼も当てられないわけで。もしそれでいいなら一億国民総帰国子女化すればいいじゃん。あるいは、みんなローラかトリンドルみたいになればいいじゃん。それはそれで楽しそうだが、国富維持の面からどうかしら?

(ゲームブログちゃうやんという批判を回避するためネタをちりばめると)The Witcherシリーズはご承知のように波蘭のファンタジー作家の原作をベースにしており、物語は同国の12世紀からはじまる国土分裂の歴史(王室内の血で血を洗う抗争)を見事になぞっている。もちろん私も実際調べるまで知らなかった。今ではその時代のことならそこそこ語れるようになっているわけで、興味さえあればすんなり入ってくるものですよね。

 毎日には中西寛教授が登場していた。これは期待できるかな。

http://mainichi.jp/opinion/news/20120408ddm002070099000c.html

"最近、世界史の著作に関心が集まっているという。ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」(草思社)やウィリアム・H・マクニールの「世界史」(中公文庫)といった数百ページの大作が、意外なほど売れているらしい。良いことである。両方とも名著だから広く読まれることだけでも喜ばしいが、それ以上に、こうした著作が多くの読者を獲得している点に、日本人が真剣に国のあり方を考えている兆候を感じるからである"

"人類が地理的な制約を超えて一体感をもつ超近代的な世界と、西洋社会が台頭する以前の前近代的な多文明世界の共存、それが今日の世界の姿である。この世界がどこに向かうのかはまだ分からない。だからこそ、歴史にヒントを求めようという動きが出てきているのだと思う。
 こうした試みはとりわけ日本人にとって重要だろう。なぜなら、世界の中で自らの置かれている位置を理解し、めざすべき目標を共有した時に日本人は力を発揮するからである"

 上を噛み砕くと、「歴史に学ぶことは、とりわけ日本人には重要だろう。なぜなら、歴史に学べば日本人はこれこれの時代(歴史に学んだ時代?)に力を発揮してきたからである」
 
 トートロジー? 循環論法? 循環論法が悪いなどと一言も言っていない(実際それ自体悪くないし)が、でもそれではなぜ「歴史に学ぶことが有意義か」がわからないんですよね・・・。中西教授は「歴史に学ぶことが有意義だ」という前提を置いちゃってるわけだから。
 たぶん、「歴史」自体に再現性がない(不可逆性がある)ため、人類は不確実な未来を予測する際に過去に頼る以外になんの手段も持ち合わせていない、ってことなんでしょうね。過去に頼ることが有意義かどうかわからないけど、お手本、拠り所はそれしかないのだ。
 
 でも、各言説で共通していることはわかった。予想通りともいえる(それを確認する作業だったともいえる)が、まとめると。
 
 「めまぐるしく世界情勢が変化する混迷の時代、真剣に国のあり方を考えている(一部の?)日本人は、過去の歴史に学び、この国の向かうべき針路を選ぶヒントを求めているのだろう」
 
 思考停止の言説にしか読めないんですよ・・・。 
 正直、これ以上の何かを期待していたのですが。 
 ただし、上のまとめに書いたようなことが(潜在的)読者の共通認識にあるんでしょうね。
 思考停止的に思える理由は、次の文章が示してくれている。

「歴史学の目的の一つは、過去を知り、過去に学び、それを現在や未来に生かすことである」(asahi)
 
 さすが朝日。逃げ道をちゃんと確保してる。そのとおりであくまで「目的の一つ」。「歴史に学べ」という言説が無邪気に聞こえるのは、ここが抜け落ちちゃってるからかもしれない。
 しかも、意外と重大ではないほうの「一つ」のような気がする。
 
 他の目的にはたとえば「歴史は勝者の手によって書かれる」とよく言われるように「為政者(強者)の自己弁明、自己評価」があるが、(ここの読者に説明の必要がないくらい)あまりに陳腐だし、それも思考停止的だし、今大事でもないので省略。でも、「国際法」(世界集団幻想)などが拠り所にする過去の歴史も、軍艦を数多く持ってるほうが書き直すことは知っておいてほしいですね。
 
 少なくとも今はやりの世界史については、次のような目的が重要だと思います。
 お気づきのようにダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」という表題は西欧文明が世界を席巻した直接的・間接的な原動力を示す。西欧文明がなぜこれまで優位にたってきたかを説明するのがテーマ。
 クリスチャニティ(キリスト教)世界では必然的に「歴史」を学ばなければならない。神の意思(あるいはその不在)を確認しなければならないから。クリスチャニティ世界(だけに)優勢な文明が発達したのはなぜか、必然なのか偶然なのか解明しなければならないから。
 言い切ってしまえば「過去を現在や未来に役立てる」なんてしていない。「過去によって現在を説明・弁護している」、「現在を必然(あるいは偶然)とみなすため)過去から証拠らしきものをかき集めている」のかな。
 クリスチャンには「未来」なんてひとつしかないわけだから。

 真理(すなわち神の意思)の探求には、宗教上(信仰上)のやむにやまれない要請があるんでしょうね。これはなにも歴史などの社会科学に限りませんけど、宗教(信仰)自体が為政者と結びついた「制度」であるから、同じ為政者の「制度」の中でも重要なのはやはり「歴史」でしょう。

 そういった切迫した動機づけのない日本人が何ゆえに「世界史」ブームなのか。単なる嗜み、ファッションでもいいんですが、それ以外の何かがあると思うんですけどね・・・。

 でも世界史ブームというなら、いっそ「世界史の構造」(柄谷行人著)とか、「<世界史>の哲学」(大沢真幸著)とかに目を向けてほしいなあ。佐藤優氏は「世界史の哲学」(高山岩男著)を薦めていたが、入手できるのかな。
 マルクスとか、西欧優位説とか、グローバリゼーション論とか、あるいは国体(國體)論その他もろもろを(自国語で)自由に読み、語れるなんて日本人の特権ですよ?

**********
 おまけ。
  
 一般誌とはとても呼べないが「ダ・ヴィンチ」は、ちょっとは気が利いたことを言ってほしいですね、と期待。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120510-00000358-davinci-ent

 ブームの背景には、混迷する社会情勢がある。  
 世の中が不安定になると、人は確かな拠りどころを欲するようになる。それが古からの知恵──教養だ。自分の立ち位置を見つめなおし、これからの時代を生きるにはどうすればいいか。そのヒントを歴史や哲学、物理学などの英知に求めるのだろう。そこに、わかりやすい解答はないかもしれない。しかし、書物から得た教養は、未来を生き抜く確かな武器となる。  

 一緒か・・・。

2012年5月17日 (木)

Diablo III到着。

 Amazon.com早すぎるやろ。

 Diablo III(公式ガイドブックとセット)がすでに宅配ボックスに到着していたことに気がつかず、まったりテレビでローラちゃん見ながら、くだらないブログなど書いてしまった。

 二時間! 帰宅後二時間も過ぎてしまったっ!

 あわててPCにインストール。みるとスタンダードパッケージには、DVD、マニュアル、そしてDiablo IIIのインヴィテイション・カード(このコードをお友達に渡してね!)三枚。WoWのゲストアクセスコードつきカード一枚。そしてメモ帳・・・。

 メモ帳て。しかもしょっぼいの。

 インストールが終わり、Battle.netのアカウントもできたんで、アクティヴェイション・・・。

 アクティヴェイション・・・。

 メアドにヴェリフィケイションのためのメールきとらへんやろ。

 延々と待てど暮らせど到着せず。

 もうどうせ遊ぶ時間もないんだから、明日以降でいいかあ。

 まあ、こういうのは気になりますな。やっぱしフォーラムをのぞいてしまった。

 「アカウントのパスワードを変更して、リフレッッシュしてみてくれよ!」 

 そういうフォーラム・マネージャ-の書き込みにだまされたと思ってトライ。

 うまくいったみたいで、いきなりヴェリフィケイション・メールが到着。

 即座にヴェリフィケイション、アクティヴェイション、ゲーム・ローンチ!

 なんとか到着した日のうちにはちょっとだけいじることができました。

 まあ、いいゲームってのは最初の一瞬でわかりますなあ。

 見た目がもう随分いいもの。さらに操作性も。なんの調整もしていないのに、なにこのスムーズさ。 

 これは週末は・・・。はまることになるんだろうなあ。

 

 

  

 

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