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2012年1月 2日 (月)

主語のない日本語のあいまいな私の日本

 ま、表題のネタは知ってる人だけ笑うなり、怒るなり、無視するなりすればいいっしょ。

 かくいう私も、このブログで「私」っていう言葉があまりに多いなと感じている。理由はネタが英語ゲームや記事の翻訳メインなので、「誰がそんなこと言ってんだよ!」と自分でつっこみながら書いているから。注意しないと話者が混乱してしまう。4Gamerとか読んでいるとイライラするのは、記者の意見が主題となっている話者の意見と区別がつかない書き方をすることが多いから。
「そんなことはモリニュー兄貴(でもニューウェルでもシド・マイヤー先生でもLBでもトッドでもムジカ博士でも誰でもいいが)は一言も言ってねえんだよ!」とかね。

 またしても奇妙な一致についてのお話。ここまで来ると気味が悪いというか、いや同時代性を考えればむしろ当然の話と思うべきなのか。

 「は」と「が」の話については、この記事とそれに続くいくつかの記事で書きました。あそこではハッキリ書かなかったかもしれません。「は」は主格を示すのではない、「が」が示すのだ、とは書いたけれども、「日本語には主語が無い」説が既に定説であることは書きそびれたかもしれない。

 Wired(主としてITに関連した分野を扱う雑誌及びサイト。ワイアードと読む)が誤訳かなんかして、任天堂の宮本茂氏がリタイヤ(引退)もしくはリザイン(辞任)するという「デマ」が飛び交ったという話はどっかで読んだ。IGNかな。これか。 

 http://wii.ign.com/articles/121/1214393p1.html

 日本人が「矢でも鉄砲でも持ってこい」とか「こっちからいつでも辞めてやる」とか「煮るなり焼くなりどうにでもしやがれ」とか言うのは、聞いてるほうが日本人なら、啖呵(たんか)を切ってるんだなあ、とわかる、笑うわけですが、ガイジンには通じないんですね。

 いみじくも名にし負う京都の日本を代表するマルタイ・ナショナル・カンパニー、大企業の任天堂の役員が「辞める」と口にしたら、それは「辞めてもいいと開き直ってる」とか「辞める覚悟でやっている」とかは普通のガイジンには受け取られませんよね。責任ある立場の者がそれを口にするってことは、ほんとうに辞めるときしかない、という発想だから。

 もちろん宮本氏は「地位や過去の名声などに恋々とするわけがない」という日本人特有の美徳、「無欲」、「潔さ」を表明しているだけなんですけどね。(下に出て来る記事で、さらにご自分の「老い」、そして「後継者育成」を言っていることもわかります)

 余談になるかもしれないが(この記事全部が余談ですが)、あちらには「捨て台詞」ってのが(まずほとんど)ない。喧嘩に負けたほうが「っきしょう、おぼえてやがれっ!」とか、「今日は勘弁しておくが、今度会ったらただじゃおかねえ!」とか喚きながら逃げるやつ。ではどうするか。大抵いつも「尻尾を巻いてすごすごと無言で立ち去る」です。DA2の酒場でイザベラにのされた子達のように。
 映画とか洋ドラ、ヴィデオ・ゲームで違う例があったらほんま教えて欲しい。 

 そして年が開けてから読んだ、この年末の産経新聞の記事。ここでひどい違和感に襲われたのだ。

 http://sankei.jp.msn.com/wired/news/111228/wir11122811160000-n1.htm

 この記事がその「誤報」をやらかしたWiredの元ネタらしい。インタヴューの当時(12月7日現地)、宮本氏はカリフォルニアにおられた。
 だが、その「誤報」の元となった部分がどうとは思わない。上に書いたようになぜ混乱したかは簡単に予想がつくから。

 そこじゃない。関連するところを引用してみよう。皆さんも「うひゃ」となるかもしれない。

********** 

 新しくて面白いことができるなら、そしてそれが社会的な話題になり、多くの人に広がるなら、私としてはどんなものでもいい。それが私の姿勢だ。もちろん、現在の状況はかなり違っている。多くの会社では、いまのトレンドは何か、人気があるのは何かを探しているだけだ。そうした体制では、マネージャーが開発者に、同じようなゲームに取り組むように要求している。 

**********

 まずゼッタイこんなことは話していないだろうと確信を持って言える部分が上だ。私なりに宮本氏がどんな感じで話したか書き直してみよう。

**********

 新しくて面白いことができるなら、そしてそれが社会的な話題になり、多くの人に広がるなら、どんなものでもいい。もちろん、現在の状況はかなり違っている。(以下は直すところが無いので略)

********** 

 こう話をしたはずだ。元の文章で「私の姿勢」とかあると、まるで「宮本氏が主張」しているみたいだが、NHKに出て来る高校生じゃないんだから「主張」なんかしているはずがない(あの高校生たちも「主張」なんか何ひとつしていないが)。

 最初の文章は「この世の中のあるべき姿、真実」を述べている。それは宮本氏が話そうが、誰が話そうが、たとえ誰も話さなくても一切変わらない、真(まこと)、理(ことわり)、宇宙を取り巻くフォースである。
 それに対して後半の文章は「ところが世の中は真理をなーんもわかっていない」だ。
 だから「主張」は、後半にあるのだ。「(あんたたちは)なんかてわかってへん」と。
 ここは任天堂にちなんで京都弁変換ソフトでやってみたが、合っているかどうか保証はない。仙台弁だどわがんだけどな。

 こういうのはやっかいだね。誤訳なんですよね。でもそう書きたい(訳したい)気持ちはわかる。
 いい加減、日本人はこういう話し方をするとガイジンには気がついて欲しいんだが、それ自体(そこをなんとかわかって欲しい)が日本人特有の態度だし、無理だよなあ・・・。
 日本人は「ベスト・キッド」(The Karate Kid)のミヤギのように話すんだけどな。

**********

 私にとっては、自分が何をしたいのかを正確に言うのは難しい。というのも、アイデアを完全に固めることができないと、どのメディアが適切なのか、どの規模が開発にふさわしいものになるのかを判断できないからだ。しかし、実はこれが選ぶべき正しい道なのだと私は思う。つまり、開発者がまず新しいアイデアを思いつく。その後、アイデアが固まったら、その新しいアイデアの観点から、このメディアが最適だとか、開発チームの規模はこれくらいだとかいうことを判断するべきなのだと思う。

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 上の部分は日本語としてはメチャクチャ(だから宮本氏がこんな話し方をするはずがない)ですけど、まあ意味は取り違えようがないかな。でも微妙に違うところがある。

**********

 自分が何をしたいのかを正確に言うことなんて難しくてできない。アイデアを完全に固めることができないと、どのメディアが適切なのか、どの規模が開発にふさわしいものになるのかを判断できないからだ。しかし、実はこれが選ぶべき正しい道だと思う。(後は省略)

**********

 またしても主語「私」を消すと良くわかる。最初の文章は「私にはできない」ではなく「誰にもできない」という一般的な話をしているはずだ。宮本氏はここまでずーっと、「主張」なんかじゃなく「真理」、それが言いすぎなら「ゲーム開発の現場のあり様、姿」について話をしている。日本人ならすごくナットクできるんじゃないですか?
 できない? 外国かぶれですか?

**********

 それと、私は今、年をとってきている。私は、開発チームの最前線から離れて、より広い視野から物事を見ることができる立場にある。以前よりも選択肢が多く、もっと自由にやれる立場にある。しかし実をいうと、アイデアはあるものの、このネットワーク・ゲームにはどれがうまくいくだろうとか、ソーシャルゲームにはどんな最終フォーマットが適しているといったことを具体的に話せる段階にはない。『うごくメモ帳』といったものについても、アイデアはあるが、それについて固まった考えはない。よし、これならそれぞれのアイデアが組み合わさって形になるぞという判断ができるまで、デジタルにいいとか、ダウンロードにふさわしいといったことは話さない。

**********

 ここでようやく、宮本氏はご自分の、自分自身のお話をはじめている。「年をとってきている」のはもちろん、宮本茂氏だ。ここの部分は「主張」とか「姿勢」といっていいでしょう。ここで大事なことは、「わからないことは喋らない」という部分でしょうか。

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 その後で、「年をとってきている」を掘り下げて来たWiredの記者に対して「私は以前から社内で、自分は引退するぞ、引退するぞと言ってきた。ただし、そう言い続けてきたのは、そう言わないと若い開発者を育てられないからだ」と述べている(らしい)。ここらへんが誤解されてしまったポイントです。Wiredの予告記事で変な風にサマられた(概説された)からでしょう。

 ここまでで、「日本人が日本語で話した内容をガイジンが記事にして、それをまた日本人(少なくとも日本語の話者)が日本語に翻訳して日本人(日本語の話者)が読んだときの違和感」についてはわかっていただけたのではないか。

 だいたいは「主語」を消せばわかる。でも上のように「主語」を消すと意味がぜんぜん違ってしまうこともあるので注意しなければならない。
 そんな誤解だけでは戦争にはならないと思うが、ガイジンたちの発想と極端に差があって、それが積み重なっていくと・・・。意外と戦争の本質はそんなことにあったりしたのかもしれない。

 それだけなら「なんだ普通の話じゃねえか」とか、おい待て帰るな。まだ続きがある。

 なんと、Wiredの別の翻訳記事の表題がこんなだ。

 「主語の無い」宮本茂氏の「ソクラテス的指導」

 みんな私を褒めるのよ!

 誓って、今までこの記事は読んでません。トラスト・ミー! 
 いやね、ネタをばらすと、最近ダウンタウン松本とテレビで宮本氏が対談していたのを観ていて、宮本氏は日本人としても「変わった話し方」をする人なんだなあ、と感じていたんです。その理由が、上に書いたように日本人としても極端に「主語がほとんどない、はっきりさせない」話し方だったんですね。一方の松本氏の話の大部分が「僕」、自分自身の話だったのでまたそれが際立ったんだ。だから対談はまったくかみ合っていなかったんですけど。

 英語も苦手なのに、さらにわけわからん翻訳記事はもっとイヤという人も多いでしょう。大丈夫。この記事は次の一文で要約できる。小泉氏という、宮本氏と共に仕事をしてきたチームの一員(スーマリ・ギャラクシーのディレクター)のご発言。

**********

 「宮本氏が書く文には主語がない」と小泉氏は一例を挙げる。「だから、文脈に頼るしかない。宮本氏から返事が来ても、その内容を理解できるのは私だけであり、CCでメッセージを受け取ったほかのみんなには、何の話をしているのかさっぱり分からないという事態になるほどだ」

**********

 小泉氏は、宮本氏が「デザイナーの創造性をかき立てるため、わざとあいまいな言葉を使っている」と推測している。

 このお話はこう考えるともっと面白いかもしれない。「わざとしてるんじゃなくて、もう止むに止まれずそうなってしまう」、「(真理を)必死に伝えようとすればするほど、わけわからない言葉になる」

 以前古いブログで内田樹氏のとても興味深い説をご紹介しました。、「私の持論」のほとんとが「他人の持論」であるというお話。人が断言的によどみなく力強く話すときは大抵は人様の話をそのままなぞっているだけ。自分の思っていることを人様からの借り物の言葉ではなく、自分の言葉ではじめて話すとき、大抵はわけのわからないどうしようもない文章になる、というもの。 

「純正オリジナル、出来立てほやほやの無垢の『私の意見』は、たいていの場合同じ話がぐるぐる循環し、前後は矛盾し、主語が途中から変わるような、『話している本人も自分が何を言っているのかよくわかっていない』ような困った文章になる」

 ま、このブログが長いだけで、支離滅裂なことの自己弁護でもあるんだけどね。

 立て板に水のように澱みなく、力強く美麗で流暢な言説
   =陳腐で中身なし。あるいは嘘八百の食わせ物。詐欺師や政治家の口上。

 支離滅裂、とっちらかってしっちゃかめっちゃか
   =なかなか面白い(こともたまにある)

 宮本茂氏が伝えたいことは、この世の中にはまだ存在していないんでしょう。言葉になんてできっこないんでしょう。そう考えると、上の話ともすべて繋がっていく。

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