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2012年1月24日 (火)

「超越」と「自由」

 「平清盛」はご多分に漏れずもちろん観ておりませんが、身の回りの、そんなところに食いつくとは決して思えなかった知り合いが非常に熱心に語っているので、少し興味は湧いてきている。

 産経新聞の記事は「皇族」をお呼びするのに「王家」とは何事か、と揉めている話。
 え、だって「皇族」なんて言葉が当時なかったからじゃないの?と思って読んでみたら、これも産経新聞にいつも面白いコラムを書いている歴史学者の本郷和人准教授がこのドラマの時代考証を担当されたそうで、ご本人の弁が載っている。

http://sankei.jp.msn.com/entertainments/topics/entertainments-14839-t1.htm

 なお本郷氏のコラムは、例えば「田楽挟間(桶狭間)は実は少数による奇襲じゃなかった」とか、結構刺激的で面白いので注目しています。日本の歴史は「全部ウソ」という主張になると、これは思想的企みがありそうなので身構えるが、そうではなくて「過去の学者の定説はだいたいウソ」というのは逆に信用がおけそうな気がする。だって「だいたいウソ」なんだもん。

 で、彼の主張はそのとおりで、その時代は天皇の血族をファミリーとして捉える概念がなかった、鎌倉時代、南北朝も状況は変わらず、「王家」が使われ始めたという。
 もちろんこの話題、NHKとか、産経新聞とか、思想的絡みがあるのは否定できませんし、NHKは「前科もち」だから今回また揉めたそうだ。そんなこともここでは本題じゃない。

 私の興味はむしろこっちで、本郷氏の説明のなかに、貴族が彼我の上下関係に極めて敏感であったことを示す例として、席次の上下を争う「座次争論」というものと、下位の者が先に昇進する「超越」なるものに触れている。

 そう、前の記事で触れた「超越」(ちょうえつ)なる漢字二文字の熟語は、なんと昔からあった。まずい、これはまたしても知ったかぶりしたあげくの懺悔か!とビビったが、それは「ちょうおつ」と読んで、あくまで立身出世で下位の者が先を越す、上位の者が超されたことを意味するのだそうだ。だから、そちらの意味は「超える」と「越える」を重ねて強調していることになるんでしょう。「とてもありえないことが起きた」みたいな意味なのかな。
 英語のtranscendenceとか、supremacyの和訳の「超越」(ちょうえつ)とはまったく関係ない。

 同じく、本郷氏によれば「自由」というのも今や良い言葉(freedom、libertyの和訳で、美徳の意味でしょうか)だがかつては「自由の振る舞い」の如く、わがまま勝手を意味する悪い言葉であったそうだ。こっちは「無頼」、rogueってのがパッと浮かんだ。今の関西語だと「やんちゃ」かな。

 それ以外の部分については、席次にしろ出世にしろ、貴族社会と官僚・さらりまん社会は、なーんも変わってないのね、という感想だけね。

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