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2012年1月22日 (日)

トリンドル問題、ローラ問題

 忘れないように身近な色々な人に話している話題ですが、表題の説明はいらないでしょうか。あんましテレビ観ない? 「若者のテレビ離れ」という嘘をマスメディアが喧伝しているが、「日本人のテレビ離れ」は間違いないらしいので、それはあるかも。

 まあ、大丈夫。登場する個々人は話題とは関係ない。

 コメントでゲーム翻訳の話などいただいたので、ゲームとは直接は関係ないがここは書いてしまおう。

 トリンドル問題とは、「知らないことに自信をもつこと」。有吉とマツコ命名。これ、すごい重要なテーマですね。「彼女の自分に対する揺るぎ無い自信」、「知らないことは強く拒否して、それ以上の話題をシャットアウトすること」に対する、主に有吉の嫌悪に由来する。有吉は単純に帰国子女が嫌い、という話でとまってしまうと面白くはならない。

 ローラ問題とは、「日本語をほぼ最低限必要な語数でしか話さないこと」。誰も命名してないけど、これもすごい重要な話題だと思う。これも「敬語を知らないし、タメ口が失礼」という話に矮小化して思考停止すると、せっかくのテーマが埋もれる。

 社会学者とか言語学者とか、「そういうの、ちゃんと分析しろよ!」と思うが、いまや不人気学問なんだそうで、期待できない。結構な鉱脈が埋まってると思うんだけど。

 もう、私なりの(受け売りを含めた)ひとつの答えはどこかに書いた気がする。「知らないことに自信をもつこと」は、「そんなことは知らない、私には係わりないと、なにがなんでも、必死に、いかなる手段を使っても意識から遮断すること」だ。内田樹氏によれば「親や教師から説教されている子供、生徒の顔」を思い浮かべればたちどころにわかるという。「全身全霊を傾けて、歯を喰いしばって人の話を聴かない」姿勢ですね。

 何事も「喰わず嫌い」は常に悪であるという話で書いたかな。んまあ、一生やらなくていい本当の「悪事」は除く。 

 「興味がない」というのは、「必死に興味の対象から除外している」こと。今また占いが大ブームだそうだが、こう考えると占いになんて頼らなくたって、自分のことがすごく良くわかるようになるよ。あー、むしろ占い師ってのは、そこをうまくついてくるのかもしれない。だって、あなたが最も知らないし、最も知りたくないことはなに?  それは「自分自身のこと」だ。

 そして、例えば英語などの外国語から日本語への(あるいはその逆の)翻訳の場合の意味消失、歪曲、Lost in Translationの問題にも密接に関係すると思う。大澤真幸氏によれば、漢字かな混じり文を用いる日本人(正確には日本語の話者)は、ほおっておくと決して中華あるいは西洋発祥の形而上的概念を理解できないという。むしろ、漢字かな混じり文を用いることによって、敢えてそういう概念の本質は「決して理解しないように必死に努力してきた」。これもどっかに書いた。

 私は同じ話をくどく繰り返すことに何の抵抗もないが、早く先を進めたいのではしょると、例えば「超越」、英語ではtranscendenceとかsupremacyかな。なぜ訳語を創出するときに、「超える」と「越える」とふたつ重ねたのか。強調したからと思いたいでしょうが、違う。わざとわけわからなくしたのだ。だって、元の意味なんて本当のところは結局わけわからないわけだから。「社会」もそう。「存在」もそう。

 そこで詳しく書かなかったことは、実は日本語には、決して語られない(発語されない)が、必ずどの文にも存在する「場」のようなものがある、という説だ。もちろん、これは決して翻訳されない。これは英語でも「構造上はすべての文は必ず誰かに応える形式を隠し持っている」という説に通じる。隠し持っているというのだから、発語はされない。最初から省略されている。 

 ローラ問題はこれだ。敬語がないのがどうのとか、タメ口がどうとか、そんな陳腐なところには、もうコメディアンですら突っ込まない(奴らは賢いのだ)。突っ込んでいたら三流だ。  

 決して日本語が稚拙なのではない。彼女は「意地でも日本人の望むようには話さない」のだろう。なぜなら、それで自分から何かが失われると思っているからではないのか。 

 彼女たちはなにも自ら望んで、そういう立場にあるわけじゃない。あの洋ドラ"HEROES"の日本人役で有名になった彼の日本語は、敬語だって文法だって、そこらの日本人より随分立派だが、やはり「奇妙」だった。半島のタレントが必死に日本語を勉強して喋っているのと一緒だ。裏返せば、私の英語もそうだろう。

 HEROESの彼の場合は、母親と、あるいはごく少数の日本語の話者としか、日本語を用いて話をする機会は長い間なかった。

 上に書いたような「場」を体験していない、知らないのだ。きっと「場」とは「会話の場」であるだけじゃなく、「井戸端」、「共同体」、ひいては「社会」そのものだ。 

 同じように敬語を話さない(そちらは日本語の敬語を本当にわかっていないかもしれない)日本人タレントが喋る場合とは明らかに違うわけだ。日本で長く暮らしているくせにタメ口をきいているとしたら、それは何の効果を求めているかは知らないが意図的に「タメ口」なわけだから。

 DA2の日本語版のパーティー・メンバーの叫び声が耳障りであった。単純に音量の問題なのかもしれない。でも私は、「英語版のあの叫び声は、最初は何を言っているか興味を持ちながら聴いていたが、そのうち雑音として聴いていた」と考えたらどうだろう。日本語版の場合、私にはそうする自信はない。いつまでも、全部意味を持った叫びとして聴いてしまうだろう。

 同じパーティーというなら、洋画・洋ドラに参加者大勢が口々に他愛もない話をするシーンがある。日本語版ではもちろん、全員分の翻訳・吹き替えなんてやらない。いいとこ、そのシーンで出番のない声優たちのもっともらしいアドリブだ。吹き替え版の場合は、原語版にはあった、いかにもありそうな感じの雰囲気はズッポリ抜け落ちる。 

 「知らないことに自信を持つ」ということは、その「ズッポリ抜け落ちる」、「場から完全に取り残される」恐怖に対する一種の防御行動なのかもしれない。つまりATフィールドだ。そういえばアスカ・ラングレーもトリンドルやローラと同じ境遇だった。

 「意地でも必要最小限の言葉でしか話さない」も、同種の恐れからくるものだろう。(敬語表現のような、「です」のような単なる語尾のような)何かを付け加えることによって、とてつもないものが失われるということなんだろうか。

 ゲーム翻訳でいかにも英訳風の会話はどうなんだ、と思うのは、そこから英語の場も日本語の場もどちらもすっかり失われているからだ。なにしろこの地上でそんな会話をしている人間は決して存在しないんだから。MSの取扱説明書を朗読しているようになるのは決まっている(そんな人間も普通はいないが、類似の試みを敢えて舞台でやった俳優がいた記憶はある)。

 残念ながら、日本の声優業事情を考えると、「そんなバカな日本語はねえよ」といえる立場の人は数少ないんだろう。言っていいと思うんだけど、スケジュールおしてるだろうし、録音監督と揉めたくないから唯々諾々と従うだけだろうね。

 映画「Jエドガー」(J. Edgar)に出演しているシュディ・デンチさん(やっぱ呼び捨ては抵抗があるのだ、日本人だから)が、クリント・イーストウッド監督について話をしていた。監督の撮影開始の掛け声は"Action !"ではなく、"In your own time."なのだそうだ。まるで相撲の仕切りの間合いのような感じがする。若い子が何かをはじめるとき、「自分の間合い(タイミング)でいいすか?」と言うのに似た感じもあるが、そっちは自分勝手だよな(笑)。

 産経新聞に載っていた記者の訳は「そろそろ始めるかい」。随分見事な訳だな、と(いつものだらしない水準と違うので)感心して驚いた。かほどさように人によるし、難しいってことだ。でも、はまると素晴らしい。 実は私などには、会った事もないクリント・イーストウッド監督の人となりに(スクリーンなどを通して)とても馴染んでるつもりがあるから、間違いなくきっとそう言っているんだ、そう感じるのかもしれない。これもOKな訳だと思うが、例えば「いきますか」とは言わないよな、とか。

 まとまらない話? そう簡単にまとまるかよ。だからきっと大事な話なんだよ。

 

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コメント

A : Is this a pen?
B : No, it is an apple.

 中学英語の呪縛ですよ。

 そういえば、『これはペンです』で前回の芥川賞を逃した円城塔さんが、今回受賞しましたね。もう一人の方が話題を独占してますが。

 これって日本人(日本語の話者)固有の、逃げることのできない問題なんで、当然英語教育(のダメさ加減)にもハッキリあらわれているでしょう。「英語教育がダメ」だからダメじゃなくて、「日本人だから当然英語教育はダメ」なんですよ。
 まず「語学」と言ってしまったところが。なにがすごいって、最初から「会話ができる」目的なんて達成できると思っちゃいないんですからね。
 「漢語」理解のように字づらの意味さえわかればよかった、自分で喋らなくてよかった(つまり中華社会そのものを大して理解しなくてよかった)外国語習得と違って、英語の場合は「文化」すべてを理解する必要に迫られた。それなのに「漢語」習得のつもりで望んだ。結果、百何十年たってこの有様。
 でも、(とてつもなく運が良いことに)日本は大国なので、漢語も英語もその他どんな外国語も、ごく少数の日本人が使いこなせればいいだけ。それでなんの問題もない。全国民が受ける英語教育の壮大な無駄を気にしなければね(笑)。

 芥川賞・直木賞は、私が「必死に、命をかけて、興味がない」ふりをしているもののひとつなんですよ。
 円城さんも、今はじめてまじめに調べて理解しました。SF系なんすね。文壇が必死に、命をかけて無視してきたSFがようやく芥川賞を受賞した。なるほど、これでSFが終わったことが確実になったんすね。

 

( ^ω^ )coldsweats01可愛いね

 ローラ、いまや完全に認知されているのがすごい。
 今読むと、ええとこついてたなあ、と自画自賛。
 占い師ネタなんて、あの問題の前だからね?
 そのせいでブームが霧散したみたいだけども。

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