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2012年2月 6日 (月)

バベル。

 最近話題沸騰中の産経新聞ですが(ちょっと誇張)、私は何度も言うように有料購読者だ。月2950円で何でも言っていい権利が生まれたと勘違いするクレイマーではない。
 あと、うざいNHKとか変な詐欺師(冗長か)とか来るから、宅急便など判っているもの以外決して出ない玄関のピンポーンも、新聞配達のおにいちゃんの集金のときは速攻で出てお金を払うことにしている。

 かつてネトゲをしていたとき、そこの「ともだち」に新聞配達経験者が物凄く多かったのです。それもある。私自身は田舎に生活していたが、貴種流離譚を地でいくような高貴な身分だったので経験したことはない(だってお前、昔から朝起きれないもんな)。

 捏造記事もあるけど、(どうせ儲かってないから)ネットにほとんどの記事を掲載しているところは評価してやってよいと思うよ。載せないのは(おそらくネットに懐疑的な)曽野綾子氏くらいか。
 面白いコラムもあるので、それにも触れておきます。

********** 

 これです。またしてもドナルド・キーン氏がらみ。「日本人である幸せ」という恥ずかしいタイトル。

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120205-00000075-san-int 

 筆者はイタリア在住記者、外大出身、自身も伊語の教鞭をとったことも、辞書編纂にかかわりあったこともある人。書き出し。

 昔、日本文学研究で名高いドナルド・キーン先生に、「日本人のように、自国語で外国の古今の名作のほとんどを読める幸せな国民は他にはない」と教えられたことがある。

 私は、昔知り合いの方たちと話をしていて「高等学問のほとんどを国民が自国語で学べる国家」がどれだけあるか数え上げたことがある。あまりない。だいたい白人国家。

 「名作」という場合、キーン氏が(それから筆者が)コノート(含意)しているのは、異国の言語、外国語で記載された詩文、小説などのことである。もっぱら「文芸」のことだ。

 だが別に「言語」に関するものなら、一般化してしまっても構わない。日々のニュースはそうだし、映画、洋ドラがそうだし、もちろんヴィデオ・ゲームをはじめとする一切のゲーム類もそうだ。ゲームの場合はストーリーやセリフがあれば、だけど(「テトリス」が反例だ)。
 でもボードゲームはもちろん、今やカードゲームにだってストーリーがある(大澤真幸氏によれば、ビックリマンチョコのカードの時代から隠されたストーリーはあったそうだ)。

 余談だが、マルタイ・ナショナル、超有名企業のガイジン女性重役が来日中、仕事そっちのけとはいわないが、なんと子供(か甥・姪か忘れた)のためにピカチュウのスターター・キット(なるものがあるかどうか私は知らない)を必死に探しまくっていたと聴いて、のけぞったことがある。でもそれ見つかったとしても日本語版じゃんかよ! ピカチュウおそるべし(残念ながら私は、ここに気のきいたピカチュウのワンフレーズを挿入できるほど詳しくない。神楽ちゃんのことならいくらでも書けるあるよ!)。

 ニュースについて言えば、佐藤優氏が書かれていたが、トルコのような域内大国では、日本同様に世界中のニュースを即時に母国語で知ることが出来る。だが旧ソ連邦の一部の国々では今もそうではない。おそらくジャスミン革命の北アフリカ、中東諸国でも似たような国が多いだろう。メディアは本来為政者のプロパガンダの道具であったわけだが、それらの国々では、世界からの情報を言語的に封殺し続けることで、国民管理の強度がひとつも揺るいでいなかったわけだ。これを佐藤氏は「言語戦略の重要性」と表現していた。あのジャスミン運動はツイッターの「威力」のおかげであったということのほうではなく、どうしてもそれを使わざるをえなかったということに注目してはどうだろうか。 

 音楽に関して言えば、残念ながら日本人は英語などの「歌詞」に感動することは少ない(感動するほどわかってない)ようだが、昔、ラリった人が訳したとしか思えないウンコのようなライナーノーツの歌詞翻訳で怒っていた私にとって、今や探そうと思えばかなりの歌詞の翻訳だって見つかる幸せな状況なのではないか。

 かつてスノッブな好事家たちが、わけもわからないくせに喜んで観に行っていた「オペラ」なんぞは日本語字幕が出るらしいね。

 ダボハゼ翻訳文化。

 それ以上の普遍化は難しいが、「言語」に直接関係ないようにみえて、「技能・技術伝授」が必要な分野では似たような状況にある。

 人口一億人以上いるとはいえ、メジャー種目でキャッチアップが必要な水泳、陸上、テニス、サッカーなどに集中投資するならまだしも、なんでカーリングとかテコンドーとかにToTo助成金をあんなにまわすかなあ、という点はともかく、「スポーツ」もダボハゼ状態。初代プリキュアなんて、あなたラクロス部でしたからね! どんだけお嬢様なんだよ。(かくいう私もベースボール、アメフト経験者なので人のことはいえない、いやお嬢様ではないから)

 そこでももちろん、例えばBaseballが野球になったときのように、Lost in Translation問題は発生する。例えばバント戦術は貧打でどうしようもなかったドジャーズが編み出したやむにやまれぬ戦法だったが、なぜか日本ではネコも杓子もやる「定番」になった。今は皆事情に詳しくなったので、昔ほどひどくなくなったからいいけどね。クリンナップは四番打者ひとりだ。トリオじゃなかった。
 それから、野球の訳語には「遊撃手」とか素晴らしいものも多い反面、舶来ものに意味もなく味付けしたがる日本人の悪い癖か、ストライク・ボール・アウト(SBO)の順番。世界大会ができてようやく本場どおりBSOになった。アナウンサーとかほんとご苦労様だよね。

 アメフトでもそう。ファースト・ダウンでいいのに、フレッシュ・ダウンとか勝手に和製英語にしやがったのだ。今はちゃんと本場風に戻っている。なお、NFLの解説はもうオードリーと後藤さんで十分。日テレ偉い。中にはましな方もいるが、くだらない日本人経験者の「気合ですよ!」とか「ラインがつおい!」とかいうゴミみたいな解説?聞きたくない。せっかくのプロフットボール、ラインなんて"Unskilled Labor"に注目してどうする(私もラインメンだったから言っていい)。ま、DEのサックとか面白いっちゃ面白いけど。 

 また、ニューズウィーク日本語版のガイジン・コラムニストがよく触れるように、「料理」に関してもトウキョウ以上になんでもありな土地はほとんどないそうだ。あるフランス人はパリも負けちゃったと書いていた。ま、コラムニストが「変なガイジン」の可能性は否定しない(これは、かなり上級の褒め言葉だけど)。

 あの、ブリューゲルの絵画でも有名な、それまでユニバーサルだった人類の言語が神の怒りに触れてバラバラになっちゃった逸話の舞台、その塔の名にちなむ「バベル」(Babel、2006)というメキシコ人監督のオムニバス形式の映画がある。有名な日本人俳優も出ているのでご覧になった方も多いだろう。

 ブラッド・ピット主演のあの映画全体の出来はともかく、観ているこちらが感じるとてつもない違和感は、ニュー・ヨークでもパリでもなく、トウキョウが地上最大のパラダイスであると描かれているところから生まれるのかもしれない。そこに登場する日本の女子高校生はなんと「言葉」を喪っている。パラダイスにおけるすべての快楽、愉悦はまず「言葉」、「対話」から生まれるというのに。日本人に、言葉にすら飽食している日本人に、この最大級のアイロニーが伝わったのかどうか。

 長文は学生しか褒められないそうだから、いい加減コラムに戻ろう。なお、私のブログが長いのは、もちろん話が「くどい話」(ルミネイションズ、"Ruminations")というのもあるが、ネズミ返しの意味もある。これでも昔より短くしてるんだよ。昔と違って挿絵(画像)いぱーいのブログになっちゃったから変なの(字を読めない、読まない人たち)湧かないか心配なのだ。あ、あとずっと前に「ヴァニティ・カンタビーレ」とか褒められて図に乗ったのもある。

 コラムの筆者は、伊日財団なるものを創立したそうだ。だがイタリア人で日本語を研究する若手専門家が文法書や辞書を出す機会が少ないと嘆いている。イタリアで「日本文化事典」が出るまでにはまだ時間がかかりそうだと。
 気になったことがある。筆者は自身も辞書編纂に係わったこともあるそうだが、日本人の伊語研究家の事情には「満足」しているのだろうか。 

 今はあまりリテールの書店に立ち寄らなくなってしまったが、数年前までは英語の文法書や辞書マニアとして新宿の大書店の辞書コーナーなどで時間を潰すのが常であった。
 すぐに気がつくことは、そういう書籍の「メッカ」であったはずの場所にも、英語の語学関連書籍がゴマンとある一方で、伊語はもちろん、独語、仏語、露語ですら悲しいくらい種類が限られていたことだ。もっとひどい状況なのは東南アジアの言語。学ぼうとしたら、手に取るのはその一種類しかないんかい! その学者がアーパーだったらどないするんじゃい!というくらいお寒い状況であったのだ。まあアーパーではないから売っていたのでしょうが。

 巷ではイタリア人気が再燃しているそうで、おそらく牽引しているのは昔と同じ、ファッション、家具とか料理、あるいは純粋に観光なんだろうけど。あとサッカーか!
 言語学習関係の状況もそれにつれて改善してるのだといいのだが。

 それでも、言っちゃ悪いが、そんなたかだか「遊び」ごときで伊語を学べる日本人は、確かに「幸せ」なのだ。たかだか「洋物ゲーム」ごときのために英語をちゃんと学ぼうと思った私がいうのだから間違いない。とっても幸せ。

 英語を必死に学ばないと自国の社会にすら居場所がないと脅されているお隣の国とか、そうでしか国が存在しない港湾国家とか、とてもお気の毒なのである。
 あのね、言語なんて眉にしわよせて学ぶものじゃないんだよ。眉にしわよせてしか喋れなくなるし、そういうふうにしか感じられなくなるんだよ? 一番いい方法は相手の年代問わず異性のネイティヴとお喋りすること(ただしロリ、ショタはやめとけ。しゃれにならんから)。間違いない。やってごらん。 

 「若者の海外離れ」もマスコミが捏造しているウソですが、正しくは「日本人の海外離れ」。さらりまんのおっさんたちだって、皆海外暮らしは心底嫌がってるんだ。出世できなくなるから。単身はいやだから。国内に安住しちゃえるんです。幸せといえば幸せ。
 ただ現地に行かなければ、直接触れなければわからないことだってある。それでも最後はわかんないだろうけど。それは「社会」。そして、強烈なカルチャー・ショック。そういう機会を喪うのは、たしかにもったいない。若いときしかできんのも確か。なにしろ尋常じゃない気合がいるからね。 

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