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2012年3月22日 (木)

【ME3】真の破局を見せてはいけない。

 インターネットのペティションとかに過剰反応するのは、もうあちら(アメリカ、カナダ)の企業では条件反射的になってきている。日本はどうかなあ。
 お気づきのとおり、古い人間なんで個人的にそういうのが嫌いなんですが、まあ避けて通れないな。噂のペティションのページをはじめて閲覧してみた。

 私の考えた批判の類型と照合してみよう。

(1)エンディングがカタストロフィック(破局的)であることがせつなく、やるせない。

(2)約束と違う。varied、異なるエンディングが与えられるはずであったが実際には「ひとつ」だ。

(3)過去100時間以上に及ぶプレイで行ってきた「選択」が結局何も意味を持っていない。

(4)陳腐、おざなり、サイファイ(SF)として未完成、首尾一貫性の欠如、シナリオがスロッピー(お粗末、ぞんざい)

 ペティションがMass Effectエンディングを批判している理由は四つだ。

* Do not provide the wide range of possible outcomes that we have come to expect from a Mass Effect game

 当然期待されてきたはずの多彩な結末がない。(2)と(3)でしょうな。

* Do not provide a sense of succeeding against impossible odds

 不可能に思えた任務に成功した感覚がない。(1)でどうかな。

* Do not provide a sense of closure with regard to the universe and characters we have become attached to

 ファンが長く魅了されてきた世界観とキャラクターについて物語に幕引きの感覚がない。(4)かな。(3)も多少あるかな。

* Do not provide an explanation of events up to the ending which maintains consistency with the overall story

 エンディングに至る出来事について、物語全体と関係する形での説明がない。(4)。

 ま、ほぼ網羅してますな。で、何がほしいの?

 * A more complete explanation of the story events
  物語の出来事に対するより完全な説明。

 * An explaination of the outcome of the decisions made, especially with regard to the planets, races, and companions detailed throughout the series
  下した決断の結果についての説明、とりわけシリーズを通して詳細に描かれてきた惑星群、種族、コンパニオン。 

 
 * A heroic ending which provides a better sense of accomplishment
  達成感をより強く味わえるヒロイックなエンディング。 

 ひとつめ、ふたつめについてはすでにムジカ博士が約束をした。どんな形かはわからないがレスポンスがある。だが、みっつめについては何も触れられていない。

 さて、ここでも「成功の感覚」とか「達成感」、「ヒロイックなエンディング」というところにフォーカスしましょう。つか、もう問題点はそこだけだ。

 不可能と思われた任務は実は達成された。ところが成功した達成感が得られなかったし、ヒロイックでもなかった。

 なぜそういう感覚を抱くのでしょう?  

 ふたつ思いついた。このブログに長くお付き合いいただいている方には「またかよ」という話かもしれないが、それでも繰り返す。 

 一つ目はたぶんわかりやすい。わかりやすいから間違いの可能性が高いともいえますが、ご披露しよう。

 この世界は(銀河も)元々めちゃくちゃです。不条理で残酷です。意味を求めてもあまり具合のよい結果は得られません。そういう世界をありのままに描こうとする物語作品もあれば、「現実」を逃避して「理想」、「夢」、「虚構」を追求する物語作品もあります。ファンタジーやサイファイはもっぱら後者の場合が多いが、当然どんな創作にも両者の配分の問題があります。 

 ひとつの物語の形が、宗教です。よくわからないけど絶対的な他者が見守ってくれている、という感覚。残酷で不条理な世界に意味を与えてくれます。無害化してくれる。というか宗教の存在意義ってぶっちゃけるとそれしかないんじゃないかとも思われる。

 よくわからないけど絶対的な他者、超越的な存在がいると信じることで、平安が得られます。悪いようにはならないはずだという希望が得られます。

 面白いのは、そうした他者の存在に手が届いてしまうと、人々の平安がとたんに喪われ、希望は搾取・支配されるかもしれないという絶望に取ってかわるという説があるのです。絶対的でも超越的でもない存在、人の手が届くかもしれない存在ではダメなんですね。

 Mass Effect 3がやってしまったのは、ひとつにはこれです。「とんでもない、あたしゃ神様だよ」という存在を目の前に出してしまった。しかも神様なのに自分じゃ選択できねえってんだから、もう超越もしていないし、絶対でもない。選択を委ねられたシェパードのほうが上になってしまう。 

 シェパードが神様を演じているわけではありません。選択は限られているし、結果はよくわからないから全知全能でもない。なんかよくわからんうちに、どれかのレバーを引きなさい、って言われたら誰が考えたって「達成感」があるわけないですよね。「ヒロイック」である必要があるかどうかは別にして、それもありません。

 参考までに書いておくと、Dragon Ageの宗教観は、ずっとオーソドックスです。メイカーは不在です。アヴェリンのせりふにあったと思いますが「自分たちが艱難辛苦を与えられ続けることこそメイカーの存在証明である、というチャントリーの教えにはいまいちコミットできない」という問題。超越者は確かに存在するはずだが、一体なにを考えているのか、考えているのかどうかすらわからない、という感覚こそ、宗教が世界の無害化を担保する条件なんですね。
 チャントリーのエルシナも「メイカーのお感じになっている時間と、自分たちモータル(定命者)たちの感じる時間が同じわけがない」という話をしています。
 メイジであるアンダースの主張、信仰告白は「メイカーがメイジをこの世にお創りになったからには、メイジの存在に何か意味があるはずだ」というものです。それが何かはわからない。

 スターウォーズのフォースでもいいです。宇宙の理(ことわり)は確かに存在するが、それを理解することは非常に難しい。映画六部作では、ジェダイ三名しか達観していないし、なぜその境地に到達できたかについて何も説明されていない。とても単純化していますが、基本を踏み外してはいない。説明できちゃダメなんです。

 二つ目は、一つ目と裏腹なんですが、無害化されていない生の世界をそのまま見せてしまってはいけない、ということです。

 銀河規模で考えれば実際にはそうではないのですが、あのカタストロフィックなエンディングは、むき出しの残酷な世界、真の破局を垣間見せてしまったのでしょう。
 超越者が超越者ではなかったと暴露されてしまった以上、この銀河を見守り、条理を保ち、無害化してくれる存在はいないことがわかってしまった。アサリの信奉していた女神はプロシアンであったことが暴露されるなど、途中でもとてつもなくえげつない話が出てきますが、それはおいておきましょう。

 真の破局の定義も難しいし、しつこく書いていると読んでるほうも書いているほうも気がめいってしまうのでぼやかしますが、一般的な破局(って書き方もすごいが)では活躍が期待される英雄たちが何もできない破局としておきます。 
 ヒロイックな行動になんの意味も与えられない状態。精神衛生上あまり想像しないほうがいいと思いますが、Falloutではほぼ無害化されてしまったポスト・アポカリプスの世界が、実際にはどうであるかを考えれば少しは近づけるかな。日本人なら核燃料発電の話でもいい。メディアが50人のヒーローたちの物語を「捏造」しているなら、まだ一般的な破局のつもりでいるわけだ。それが正しいのかどうか、むろん私ごときにはわからない。
(本当はホロコーストのことを読み、考えるとたちどころにわかるのだが、無理はしないほうがいい)

 ムジカ博士がアーティスティック・インティグリティ、高度な芸術性と指し示しているのは、おそらくこの部分だと思います。

 先に「世界をありのままに描こうとする物語作品」があると書きましたが、一般にいう「芸術作品」がこれにあたります。別に写実的に描く必要はない。シュールレアル、例えばダリの作品だって「世界は確かにこうだ」と皆が思えば、それは世界をありのままに描いている。どんなに写実的なシネマティックやモーション・キャプチャーを駆使したってBF3もCoDも「芸術作品」ではありません。なぜなら戦場の兵士は撃たれれば死ぬし、数十秒でリスポーンしたりしない。

 むき出しの残酷な世界の表現、それをヴィデオゲームでやる必要があるのか? というところに行き着くわけですが、ムジカ博士は「ヴィデオゲームもアートの一形態」だと信じているそうです。
 「アーチディーモンを倒したどー!」、「デススターを破壊したどー!」、「リーパーズを魔法のように二度と戻ってこれない次元に吹き飛ばしたどー!」だけでは芸術作品ではない。なぜなら世界は決してそうは動いてくれないから。 

 そして怒れるファンたちは芸術作品を求めていない。 

 白人たち(というか欧米の先進国の人たち)が本当に真の破局が訪れるのではないかと真剣に憂いているという話は、よく語られます。資本主義は破綻するのではないか、いや現に破綻しているのではないか、科学万能の発想は費えてしまったのではないか、もう人類の衰退が目の前に迫っているのではないか。それに比べて日本人は能天気だと揶揄もされる。そうした事象を先進国の端くれとしてどころか、先行して真っ先にもろに受けてるのにね(蛇足も参照)。

 なぜ「理想」、「夢」、「虚構」を味わうはずのヴィデオゲームで「現実」をつきつけられなければならないのか? なぜ60USDを払ってまで、「そこまで近づいているかもしれないことに、もうみな実はうすうす気がついている」この世の破局を体験しなければならないのか。 

 そういうことが根底にあるのであれば、怒れるゲーマーの意見にも、聞くべきところがあるかな、と思います。つうか、それ以外の理由は思いつかない。 

(蛇足)

 作者たちが意図してかしていないか別にして、作品としてどうかも別にして、「零式」のエンディングもある意味で似たような味わいを帯びている。日本人が気がついていないわけではないのかもしれないが、まぐれかもしれない。怪しいからなあ。

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コメント

長文お疲れ様でした!!
話をきけてほんとよかった!!
主の記事を読むことで自分の考えを整理しやすい!!
それに自分の考えで間違ってる部分を見直せたような気がします!!
ありがとうございました!!!

 元々長文ブログですから、まったく疲れてません(笑)。
 あくまでひとつの考え方なんで、間違いとか正しいとかそういうことではないですけどね。
 怒れるファンと同じようにこっちもこっちのやり方で騒いでるだけです。

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