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2012年3月24日 (土)

【ME3】ペニアケ・ハッピーエンディング

 ペニアケのChild's Playの話は書きましたが、ほんとはペニアケのサイト自体を見ないといけなかった。

 怖くて見れなかった(笑)。

 ほんま、面倒なテーマでも核心ついてきやがるから。どきどきもんです。

 ME3エンディング・ぺティションサイドが、「(ペニアケは)こっちの努力を無視したり、こき下ろしたりしやがって」とのたまっていたコミックおよび記事です。

 こちらはコミック。セグウェイって・・・。

http://penny-arcade.com/comic/2012/03/16

 こちら、エッセイ。ライターTychoってのは、Jerry Holkins氏のことです。

http://penny-arcade.com/2012/03/16

 一部だけ訳。

 エルロンドの評議会のように、私たちは共通の敵に対して定命の種族の民たちが結束する力を手に入れた。他の皆と同じように、私たちも皆が結集できる旗頭として独自の「新しいエンディング」を完成させた(上のリンクのコミック)。 

 (訳:BioWareの)公式発表は「俺たちのエンディングは無敵のチョコレート・プラチナ製だぜ!」から「わかった、エンディングの話はもうちょっと後にしないかい? もっと多くの人が見てからに」へと変わってきた。個人的には洗脳セオリーにはまっている。私はこういう、当然意味が通じているはずの物語に疑問を呈するような、不気味で不快な発想が好きだ。最初のForce Unleashed なんて特によかった。 

 (中略)この部分は、書籍は完全な存在である、ものの見方(パースペクティヴ)は神聖にして侵してはならないもの、と考える友人との意見の食い違いに関する話。

 ME3について言えば、どれだけ曖昧に数え上げたって彼ら(訳:BioWare)には好きなように作る「権利」があるし、どれだけ曖昧に数え上げたって消費者には、その結果が間違っている/クソである/間違いなく邪悪である、と語る「権利」がある。これらの「権利」が部分的に一致するとは限らない。それぞれ完全な球体として、空間を飛び、ぶつかり、跳ね返り続けることだってできる。創造または批評ってのは、君が死ぬまでの間続く時間を費やす方法のひとつだ。このふたつが合致することなんて決してありえんとも言わないが、でも合致しないかもしれないし、合致しなければならないわけでもない。

 とはいえ、オーナーショップ(所有者)ってのは、ことに文化的製品の場合は非常に面倒な概念だ。彼ら(訳:BioWare)の成功は、プレイヤーである私たちが、彼らの物語を自分たちの生活に取り込んできたという事実のおかげだ。インタラクティヴなストーリーテリング、アルゴリズムを駆使したコンテンツ創造、民主化された資金集め、それらが合流したデジタル製品なるものを、オーサーシップ(著作者)という発想にどう結びつけることができるのか、私はずっと疑問に思ってきた。そろそろ答えがわかってくるのかもしれない。

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