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2012年4月

2012年4月30日 (月)

【ME3】Mass Effect Homeworlds #1

 Mass Effect シリーズのコミックスについては、ME2とME3の橋渡しになる物語、リアラとフェロン編であるRedemption以外は中身にほとんど触れていませんでした。

 

 今回のMass Effect Homeworldsシリーズは、ME3のスコード・クルーそれぞれの個人的な物語みたいだ。Homeworldsという題名からして舞台もそれぞれ異なりそう。全部で4巻となっているが、表紙絵としてはヴェガのほか、タリちゃん、ギャレスまで確認した。
 EDIのもあるんでしょうかね? 題名がHomeworldsだから違うかな。

 トップバッターがヴェガとか随分思い入れがあるのね、というわけではなく、最初はやはり地球人ということでしょうか。それからシリーズの責任者、リード・ライターのマック・ウォルタース自身がヴェガのシナリオを書いたからもあるのでしょう。ゲームで各キャラクターのシナリオを担当したライターが、コミックのシナリオも書いているのだそうだ。

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2012年4月29日 (日)

【DA2】The Silent Grove #5

 容量がまじやばい。もう画像はあんまし貼れない。

  ゲイダーさん原作のDragon Ageのコミック、The Silent Grove #5。

 記事にするのすっかり忘れていたあ。いかんなあ。 

 と思ったら、まもなく#6がリリースされてしまうみたいだ! 完結編。

 それからMass Effectシリーズのリード・ライター、ウォルタース氏原作のMass Effect Homeworldsという、スコード・クルー個々人をフューチャーした各巻独立のコミック・シリーズも第一号が出ている。主人公はヴェガ。これもいかないと・・・。

 

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Drakensang Online

 もうすっかり忘れていた。

 先週末だったか、おもしろそうなメールが来ていたのでどうやら評判になっているらしいDrakenSang Onlineをちょこっとだけ試していたのだった。ブラウザ・ゲーム、MMOと称している。

 Drakensangシリーズとは、知る人ぞ知るドイツ製のTRPG、Das Schwarze Auge (The Dark Eye)をベースにしたCRPG。私が日本で入手できたのは(もちろん独語版は無理。英語版でしか遊べないが)次の今のところ二作品だけであったが、そこそこ面白い。いずれもソロプレイ・ゲーム。

 The Dark Eye: Drakensang (THQ/Radon Labs, 2009)
 The Dark Eye: Drakensang: The River of Time (Valusoft/Radon Labs, 2011) 

 2012年には次のゲームもリリースが予定されているそうだ。アクションRPG。

 Demonicon(Kalypso/Noumera Productions)

 D&DはWotCのライセンス料が高すぎるのでドイツでは普及しなかったため、自国製のTRPGを開発することになった、みたいなことがWikipedia(en)かどこかに書いてあったが真偽のほどはわからない。現在のD&Dとは違い、かなり複雑な(細かい)マニアックなルールのようです。 

 Drakensang Online(Bigpoint、2011)はそのオンライン・ブラウザ・ゲーム版だというので覗いてみました。   

 http://www.drakensang.com/ 

 無料ゲームといいながら、きっと快適なプレイのためにはリアルマネーが必要となる、いわゆる課金アイテムゲーム。

 上述のソロゲームのような込み入ったゲーム・システムはすっかりそぎ落とされて、一般的なクリック・ブラウザ・ゲームになっていた。DiabloやTorchlightほどじゃないが、Dungeon Siege IIあたりにはちょっと味わいが似ているかもしれない。ブラウザ・ゲームではないが、ドイツ製でいえばSacred 2: Fallen Angelも少し似ている。

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 味も素っ気もないローディング画面。

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 ルールなど読む必要すらないくらい、一般的なRPG仕様。

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 おそらく長くプレイする時間はないだろうと思い、普通のRPGはウォーリアーからはじめるところ、最初からスペルウィーヴァー(一般的なメイジに近い)を選択した。

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 マジック・ミサイル、ファイアー・ボール。定番のスペルを使って冒険をはじめる。

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 レベルアップ時にスキル(スペルウィーヴァーでいえばスペル)がもらえることがある。 

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 もらえるスペルは誰でも一緒なので、どのスペルウィーヴァーでも結局同じビルドになっちゃうんじゃないの?

 そういう事態を避けるため、一定レベルに達すると二つあるスキル関係の特典(たとえばアイス・スペルは確実に敵を凍らせるようになるとか、マジック・ミサイルがヒットすると少ないマナが回収できるとか)からひとつ選ぶことができるようになっている。それでも結局は2の何乗というレベルのヴァラエティにとどまりますが。

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 ブラウザ・ゲームでもここまで水の表現ができるようになったみたい。うーん・・・。スマホ・ゲーだけじゃなく、ブラウザ・ゲーもあわせてゲーム市場を席巻していくことになって、パッケージ販売のゲームはいずれほんとに駆逐されちゃうかもね。

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 一応MMOと称しているだけあって、画面のようによそ様のプレイヤーと同一インスタンスで戦ってることになっている。いまだパーティーの組み方を知らない(組めるかどうかも知らない)のですが、プレイヤー三人以上推奨のクエストはあったような気がする。どうするんだろう。

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 クエスト関連アイテムなどは、(これもMMORPGのようにご丁寧にマップにマークされ、画面でもマウスオーヴァーでひと目でわかるようになっている。

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 クエストのつくりもMMORPGそのもの。その見せ方ですら、画面のようにWoW標準準拠ですね。

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 画面に見えるAndermant(アンデルマント)というのが、リアル・マネーで調達可能なヴァーチャル・マネー。課金ゲームやMMORPGを知っているには説明不要だろうが、それ以外のゲーム内通貨には普通のコインがある。オンラインゲームでよくある二重貨幣制度。

 ゲーム内でもちょっとは拾えるが、よほど気の長い人でもなければ、全編無料ゲームを貫くのは大変そうだ。

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 拠点ごとにワープポイントがあって、一旦発見したポイントまではひとっとび。利用するには少ない金額の支払い(行きはアンデルマント、帰りはコイン)が必要。 

 ま、無料なんで、どんなものか知りたい方は一度お試しをされたらいい。という私はスターター・キットを250JPYで買ってしまったが。

 円高さまさま、そのメリットを享受しよう、というわけではなく、一銭も使わず進めたら相当苦痛を味わいそうだと予想したからですけどね。

 ところが、すでにアンデルマント増殖チートが出回っているみたいだ。それを知ったとたん課金アイテムを買う気が一気にうせた。正直にリアルマネーを払う気が起きない。

 やはりオンライン新規参入ということもあって、まだまだ発展途上でしょうね。ゲーム自体はそこそこ暇つぶしになるのに、トランザクションまわりで問題があるならそれは痛い。

2012年4月28日 (土)

【DA3】ロマンスとコンパニオン(3)

 宗教的信条を強く持つキャラクターはヘイトを集める。

 これは日本人一般には決して理解できない、どのくらい理解できていないかすら理解できない、ことでしょうか。私たちはその点でとっても幸せなのかもしれない。だが、理解していないことを理解していることは大事。ゲイダーさんではないが、「無関心」、あるいは「無理解」が最大の問題でしょうね。 

 これだけアメリカ(あるいは欧米)かぶれであるはずの日本人一般に、キリスト教徒がほとんどいない(2%)。80%以上のフィリピンはともかく、半島国(26%)、マレーシア(9%)、インドネシア(9%)、ヴェトナム(7%)などと比べても非常に少ない。いずれもアメリカの影響が大きな太平洋の国々だが、もともと強力な支配的宗教を有している国でも10%弱はキリスト教徒である。日本はむしろフィリピン、あるいは半島国のようになっていてもおかしくないのではないか? 

 さらにいえば、日本中にあるキリスト教系の学校、大学に通った人はかなりの数になるはずなのに。

(数字はすべてCIA World Factbookによる。ただし日本の場合は支配的宗教が神道84%、仏教71%となっており、足すと容易に100%を超える。このレポートがそもそも正しいかどうかの判断はお任せします)

 またしても大澤真幸氏の受け売りだが、その理由はこういうことみたいだ。

 上とはまったく逆の数字になるのだが、ある学会において、ペルーに移住した日本人のコミュニティは90%がカソリックに改宗したという事実が示された(それ自体はペルー全体のカソリック信者の割合と変わらない)。このように圧倒的に宗教的変容を遂げたペルーの日系人コミュニティが、実は一方では日本的伝統をとてもよく保持しているという現象が、集まった西欧の学者連中を大変驚かせたという。

 日本に住む日本人にキリスト教徒がほとんどいないことと、このペルーの日系人コミュニティでみられた現象は、まったく逆のことを示しているように見えるが、実は根は一緒なのだそうである。そう、お気づきのとおり、日本の文化的なアイデンティティにとって、宗教はもともと不関与だということが示されるんですね。  

 **********

 (もし(主人公と)相容れないキャラクターが嫌われる運命にあるのであれば、なぜシェイルは愛されているのか?)

 シェイルとは(訳:Star Wars: The Knights of the Old Republicの)HK-47の場合と同様、本質的な葛藤がなかった。両者ともたまに主人公を侮辱するかもしれないが、それは面白半分であり、それ以外では主人公の行動に実は何一つ反対しなかった。特に主人公がクソ野郎ぽく振舞っているときはね。

 (モリガンは?)

 うう・・・、モリガンが広く愛されてると考えてるなら、君は「モリガンにビンタ」Modを見ていないんじゃないか?

 なぜなら、だって・・・、主人公をうんざりさせるような女性にはビンタくらわせてもいい、みたいだよ。

(訳: 次は、Mass Effectシリーズのテイン(Thane、たしか日本語版はセイン)に関するもので、ゲイダーさんではなく、別のライターであるメアリー・カーヴィーさんが答えている。

(テインは宗教的信条を強く持つものが嫌われる説の例外だと思う。彼の宗教について文句を言うものはいないし、(訳:MEシリーズの主人公である)シェパード艦長が一緒に簡単な祈りにつきあっても問題ない。

メアリーさん:テインの宗教にはなんにも文脈(context)がないんです。ほんの何柱かの神々の名前といくつかの宗教的発想だけがある。ドレル種族(訳:テインはドレルという異星人)がそうした信条に基づいて実際にどういうことをするか、私たちは何も知らない。彼らの宗教的発想が彼らの政治や社会に対してどんな影響を与えるのか、私たちは何も知らない。彼らの心と体の二面性(duality)が彼らの倫理観にどのような影響を与え、犯罪や正義にどう向き合うのか、私たちは何も知らない。彼が神々と来世を信じているという事実以外に私たちはなんの判断材料も有していない。それ自体極めて無害なものなんです。 

 アンドラステ信仰とクン(キュン)の教えには文脈があるのです。

********** 

 BioWareのライターたちは(もちろん慎重な書き手なら誰でもそうだろうが)、ゲームの中の話を説明するのに、現実の宗教を例示するようなばかなことはしない。私はばかだから少し触れてみる。 

 日本が敗戦後の一時期、最大のコントラバーシャルな議論であったといってもいい天皇制に象徴される宗教観が存続された(禁止されなかった)理由には、当時の外交事情や占領統治上の方便などさまざまな理由があったとはいえ、根底には上でいうような「文脈がなかった」という点はあったんでしょうね。それが正しいかどうかはともかく(そんなことはたかがゲームブログで私ごときが述べることではない)、おおきみは原初的には、そして一義的には「祈り手」であったわけであり、実は今の天皇陛下のお仕事も本質的にはそうでしょう。

 
 強烈な宗教的信条を有するかのような国家神道、「神話」にしてしまったのは、維新政府であり、昭和軍部であり、政治家であり、民衆であったわけでしょう。敗戦後、占領軍によって廃止されたのはこの国家神道でした。

 ちなみに「神話」は、その物語の中身ではなく、語り方によって規定されるともいいます。「安全神話」など考えるとその意味がわかるかもしれません。

【DA3】ロマンスとコンパニオン(2)

 地獄の四月がまもなく終わる・・・。

 長かった。疲弊した。そしてブログ書く時間なんてなかった。BioWareフォーラムを読む時間もなかった。(Vitaのゲームと、Legend of Grimrock をやる時間はあったんだけど)

 ふとみたら、ゲイダーさんがフォーラムで結構いっぱい答えているなあ。それをネタにしよう。

 それとカッサンドラのDAアニメ映画について、「日本人誰か答えよ」(あちらではまだ公開もBD/DVD販売もされていない)というトピックがあったので、簡単な感想を答えておいた。みなの者続け。俺の屍を越えていけ。

http://social.bioware.com/forum/1/topic/315/index/11714274 

 ゲイダーさんの登場するスレッドはロマンス関係のお話。 まずこれ。

http://social.bioware.com/forum/1/topic/315/index/10889328&lf=8

 よく見たら、以前少し紹介したスレッドがまだ続いているんだね。そちらの拙訳はこちらゲイダーさんは15ページくらいで全部読むのはやめたそうだが、最近再登場している。

 そして、中身もめっちゃ面白い。

http://vanitie3.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/da3-3429.html

(ファンからもっとも嫌われるキャラクターは、強烈な宗教的信条を有している者であることに気がついてますか?) 

 うん、予想外ではないね、ほんとに・・・、とりわけ裕福で、欧米人で、一般的に宗教団体へのバイアスを受けやすいというのがインターネット・ユーザーの平均像だから。ただし悪いことではないと思う。以前も言ったように「ファンのヘイト(fan-hate)」は「無関心」(apathy、アパシー)よりましだし、嫌悪を集めるためにそういうキャラクターを登場させているなら特にそうだね。そして私が知る限り、どんなキャラクターの場合であっても、ファンが嫌いになるハードルは非常に低いんだよ。

「なに? こいつはあろうことか自分の個人的な悩みについて語ってるのか? なんたる軟弱者!」smilie

 

 

(もっと正確に言えば、自分の抱く価値観が他の者より高邁であると考えるキャラクターが嫌われる。特にそうした価値観を主人公(PC)に押し付けようとする場合に。違いはほんのわずかだが、とっても重要だ) 

 実のところ、それも正確とは言えないんじゃないか。(訳:DAシリーズに登場した)今までのキャラクターで当てはまるのはステンだけだ。レリアナやセバスチャンは宗教/信仰についての意見を表明するが、相手を改宗させようとすることは稀だった。実際、セバスチャン(のシナリオ)は自分の信条を曲げてまでまわりに協調的に振舞うように意図して書かれたはずなんだが、宗教的視点を口にするだけでアレルギー(アレジー)反応を示すプレイヤーもいるし、こちらにそんな意図がないにもかかわらず、改宗を勧めているかのように翻訳してしまう者までいる。でもそういう事態に気がつくことはよいことだと思うし、あるキャラクターに多くの人から共感を集めようと意図したら、宗教的な部分は持たせるべきではないということを意味するんだね。 

 おっと、我々の書くすべてのキャラクターが共感を呼ぶ必要なんてないということは言っておこう。いつもただぶちきれるだけのプレイヤーもいる。どうぞご自由に。smilie

 

(宗教的でもないのに、ウィンも結構嫌われている。彼女が宗教的だと考えている者はかなりいる) 

 つまり、忠告( a suggestion )をするキャラクターはどんなキャラクターでも偉そう(bossy)と感じられるからだ。プレイヤーのキャラクターのことを質問したり、心中を気遣ったりするのではなく、自分自身のことを語るキャラクターはどんなキャラクターでも自己中心的と感じられるからだ。悩みのひとつでも有しているならどんなキャラクターも泣き虫(男性なら女々しい、emo)だ。何かに関して怒り出すどんなキャラクターもクソ野郎だし、もしそいつらがの行いに異議を唱えたら、とんでもないクソ野郎に昇格し、そういう輩の首ははねられても仕方がない、むしろいい厄介ばらいだということになる。 

 私はあるときひとつのセオリーを思いついた。それは、我々が書く中でもっとも人気のあるキャラクターは無条件でプレイヤーを支える者である、というものだった。それを確かめるため、あえてわざと(主人公に)媚びへつらうキャラクターを書いてみたりした。やっぱり私は正しかった。もちろん常に例外は存在するが、概してプレイヤーは自分に愛想よくしてくれ、支えてくれ、楽しませてくれるフォロワーを好む・・・、そしてそこから外れてしまうキャラクターはいろいろな程度があるがヘイトを集める。 

 だからといって、すべてのフォロワーを愛想よくしてくれ、支えてくれ、楽しませてくれるように書く必要は決してない。おいおい、だってそれってどれだけつまらんことになるんだよ? でも実はさように簡単なことなんだ。ヴィデオゲームの主人公(PC)は、そもそもからして、自己中心的で、大人気ない、クソ野郎なんだからね。smilie

**********

 まだあるけど、いったんここまで。

 

2012年4月16日 (月)

Legend of Grimrock 導入部分

 GoGで予約していたということすら、存在すら忘れていたが、巷で話題の(失笑)Legend of Grimrockを週末に少しだけ遊んでみました。

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 オールドスクール・モードを選びますか。オートマッピングを使えなくして、方眼紙とペンで自分でマッピングして進めと。

 パス。

 ほかにやることも金もない失業者用の趣向だな。

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 驚くべきことに、四人分ロール(キャラメイク)する間、キャラクターの名前以外で一切悩むことがなかった。

 それほど昔どおりのオールドスクール。オーソドックス。完璧なまでの復古主義。

 ミノちゃん? ファイターでしょうね。
 でもきっとツーハンのぶんぶん丸だから(案の定後から見たらAccuracyにペナルティがある)、もうひとり盾を使うようなプリサイズなファイターがほしいなー。

 ヒューマンはアトリビュート(STR とかDEXなどの能力値)にはボーナスはない。逆になんでもそつなくやるってことだろう。これもオールドスクールではお約束、定番。

 よってヒューマン男性をもうひとりのファイターに。前列ふたりは普通にファイターにした。

 もうひとりヒューマンにして、女性でメイジにしておこう。

 あと選んでいないレース(種族)は、虫ちゃんかとかげちゃんのどちらか。

 虫ちゃん(アトリビュート的にはメイジ向け)に感情移入はできそうにないので、とかげちゃん? ローグかなあ.。あ、やっぱDexterityボーナスがあるから、とりあえずローグ向きなんだな。顔じゃわかんないけど、きっとメスのトカゲを選ぶ。

 てことで、その後のアトリビュート・ボーナス割り振りも、スキル選択も、全部やって10分くらい。それから名前決めるのに10分くらい・・・。

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 声優もつかない、テキストだけの前振り、背景説明があって。

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 つまり、こういうことのようです。四人とも囚人なのだ。

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 二度と出られないはずのダンジョンに突き落とされるところからはじまる。

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 四人ともなにも身に着けておらず、なんの装備もない。これぞオールドスクール(笑)。

 いや、囚人だからだろ?

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 まっさらな地図。オートマッピングで埋められていくのはパネルと扉、そしてレヴェルをまたぐ階段のシンボルだけ。後に登場するワープ・ポイントもクリスタルもご自分で。

 メモは自分で逐一つけましょう。これもオールドスクール方式。

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 都合よく見つかる、壁の文字。ヒントそのもの。

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 ボロのような衣服や、ごみのような武器を拾いつつ進むと、鍵。

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 オールドスクールの大好物、ゲームプレイ・スタッツ。

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 緩んでいる岩を探せ?

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 あ、あるな。

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 隠し扉が開く。

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 初めての敵は、かたつむりちゃん。ゴミのような装備では結構きつい。

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 落とし穴。落ちない方法を探すしかない。すぐわかるけど。

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 この段階だと、きのこ人間がやたら強くて笑える。

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 悪魔の顔。

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 なんにも説明もなくても(ほんとは探せば壁のヒントがあるのだが)なにするべきかすぐわかる。

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 この段階では一番強敵、スケルトン・ウォーリアー。

 戦闘は、後期のM&M的なのりかなあ。リアルタイムとかいってるけど、実はインターバル制なので、ある程度は敵と味方で次に攻撃する打順が読める。

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 これも秘密の部屋への入り口。扉を開くパズル。

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 体力回復、蘇生もできちゃうクリスタル。でもダンジョン内にあまり数はない。 

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 チュートリアルっぽいレヴェル1が済んだら、レヴェル2へと降りていく。うーん降りていくのか・・・。

 クレジットを見ていると、まさにDAのゲイダーさんが言っていた、古き良き時代に「地下室の三人」が作っているゲームのノリのようだ。

 休みの日に時間があったら、ちょこちょこ進めるという点では、重宝するかもしれない。

 復古主義の趣味はないんで、これにのめりこむってことにはならないだろうが、今のところ変なバグにも遭遇していないし、パズルはいずれ途中から解法がパターン化してしまうんだろうが、最初のころは結構飽きさせない。 

 Dragon Age 2やMass Effect 3がオールドスクール派からボロカスいわれているという絶妙のタイミングで出た感じ。 

 そして(そのタイミングだからこそ、ヘイトを食らいたくない)ゲーム・メディアが案の定べたほめ。 

 もしちょっと前のタイミングで、それこそ日本製でこれ出したら、JRPGはほんとに死んだとボロカス言われて、殺されてただろうな。  

 そんくらい、タイミングは大事だね、というお話。

 何一つ、新規性はございません。伝統芸を伝統のまま保存するという試み。 

 M&Mが大好きならやってみれば、という感じですかね。

 

2012年4月15日 (日)

【ME3】幕引きの感覚、終わりなき繰り返し(2)

 実際には、「物語のエンディングは、なぜ議論を呼ぶのか」という問題は、核燃料発電事故とその後の脱原発・原発依存の果てしない議論と通低している。(あまりに長くなったので、その部分は次の記事にとばした)

 先に書いてしまえば、現代社会では「(特権者、権威者の)特権や権威が喪失されている」ことが鍵である。 

 幕引き・幕切れの感覚、物語の「終わり方」が、これほど騒がれる時代はかつてあったのだろうか。

 面倒になって、あるいは創造した主人公に嫉妬して、シャーロック・ホームズをモリアティと相討ちさせて葬り去ってしまったコナン・ドイルは当時読者から轟々たる批判を浴びたという。
 だが読者の声は、「面白いからもっと書け」というだけの話であって、幕切れの感覚がどうだとか、中身がどうだとか、そういう話ではなかったはずだ。
 ホームズの読者にはこれみよがしに喪章をつけていた者までいたそうだが、日本のボクシング漫画「あしたのジョー」では、主人公のライヴァルが作中で死亡したとき、(現実社会のほうで)実際に葬儀が執り行われた。ただし参列したのは確か作者側、編集側だけだったはずだ。

 かつては日本の漫画家も連載当初から「終わり方」を考えていたそうだ。「ゴルゴ13」も「ワイルド7」も、作者は短期間で連載を終わらせるつもりで、主人公の死に方を考えてから書きはじめたそうだが、人気が沸騰したため長期に連載を継続することになったという。

 つまり作者は特権者・権威者であった。読者の声は「もっと書け・描け」だけである。「登場人物を殺すな」という声はあったが、まさか投書や署名を行ってそれが実現するなどと思って声をあげていたわけではないだろう。
 もちろん商業作品の場合、不人気で打ち切りというケースはかつてもあったので、絶対的な権威者であったわけではない。とはいえ、読者・視聴者の声(すなわちフィードバック)を直接聴いて内容を変更するというケースが頻繁にあったわけではないはずだ。

 いまや、連載開始時に「終わり」など考えている作者はいまい。ラノベもコミックもアニメも人気がなくなったときが「終わり」だからだ。日本のテレビドラマも開始時には何回までやるか(送り手にも)不明なことが多い。つまり「何話完結」という表記がない。

 人気が続く限りやる点ではアメリカの洋ドラはさらにあからさまで、人気投票の結果がよろしくないキャラクター(役の俳優)はまるでベースボールの選手のように簡単に交代させられる。ハリウッド映画もかつては「シリーズ三部作」が当たり前であったが、今では人気がある限り(収益が上がる限り)いつまでもやるというスタイルが主流だ。
 ハリポタあるいはトイ・ストーリーのように、商業的にはまだ続けられるはずの作品であっても敢えて「幕引き」を行うケースもあるので一概には言えないし、契約上の縛りがきつくて監督・俳優がやめたくてもやめられないケースもあるだろう。

(そういえば、パロディ・コメディ映画「フライングハイ2」(Air Plane II: The sequel)は宇宙旅行が実現した時代の話だが、作中の空港には「ロッキーXIII(13)」のポスターが貼ってあった。
 それで思い出した。記憶が定かではないが、ヴィデオゲームDeus Ex Human Revolutionはスクエニがパブリッシャーだったこともあって、作中でファイナルファンタジーXXVII(27)の製作発表がされていたはず) 

 こうした流れを示す事例は他にもあるだろうし、変わった事例があればむしろ教えていただきたいくらいだが、そろそろ本題に移ろう。 

 大澤氏によれば、「終わり」とは偶有性の感覚(他でもありえたのではないかという感覚)を克服するために必要なものである。終わりの宣言とは偶有性を必然性に転換する魔法のようなものだそうだ。 

 だが大澤氏はオタクの二次創作(コミケ、コスプレ、パロディ、このブログも本質は実はそうだ)に注目し、「反復」という主題があまりにも蔓延していると指摘する。この反復過多な状況は、現代社会が「終わり」を確定すること、決着をつけることの困難さを示しているという。  

(大澤氏が、あるいは大澤氏がリファーしている東氏の「反復」は、iteration(イタレイション、反復代入)が一番しっくりくる、いや、それしかないのではないかということは以前書いた。リニア・プログラミングで用いられていた用語で、今ではIT開発の現場でごく普通に用いられる。単純な繰り返しではなく、ある回は前回と少しづつ違う。version(ヴァージョン、版)も類語になっており、versionそのものを指す場合もある。もちろんヴィデオゲームはその生い立ちからしてiterationの世界である) 

 終わり、決着をつけることが難しいのはなぜか。幕引きの感覚を覚えることが困難なのはなぜか。
 オリジナル(のエンディング)がもはや「正典」(canon)とみなされていないからである。
 オリジナルが、「これ以外にない」という「決定版」とみなされていないからである。(くしくも、ここで「版」(version)が登場して書いている自分でも驚いている)
 なぜ、権威者、特権者であるはずの作者(送り手)の作品(エンディング)が「正典」、「決定版」と認められないのか。
 すでに書いたように、もはや彼ら彼女らの権威・特権が喪われたからである。
 なぜ、喪われたのか。

 逆になぜかつては権威・特権 が認められていたのか。

 大澤氏の術語で言えば、「作者」が権威・特権を享受するためには、「第三者の審級」としての働きを担っていなければならない。
 「第三者の審級」をここで説明するような愚は犯さないが、超乱暴に言えば(だから不正確だが)価値規範を定めているかのようにみなされる特権的な他者。超越者、神、父親、アメリカ、大きな物語など。

(「作者」author、の元となったラテン語は年少者の後見人の意味。つまり超越的な他者、第三者の審級を示すのだそうだ)   

 簡単に言えば(だから不正確ではあるが)、その特権的・超越的な他者が後退していく、磨耗していく(相対化されていく)過程で、権威も磨耗し相対化されていく。なぜ後退・磨耗していくか(大澤氏は「撤退」と言う)には色々な説明があるだろうが、社会システムが根本的に贈与(上下関係)から交換(水平関係)に変質して来た時代に呼応していることを考えれば、自由市場資本主義経済の発展が大きく関与しているはずだ。

 Mass Effect 3のエンディング騒ぎの本質はこれだ。「権威」であるはずの「作者・開発者」の決定は「正典」とも「決定版」ともみなされない。まだ他にもっと違う結末があるはずだ、という偶有性の感覚は一般人でも抱くし、二次創作(くどいが、こういうブログもその一種だ)に手を染めるくらいのオタクであれば誰もが強く抱くのであるが、一部のファンの側には相当に強く残ったのだ。
 その感覚が人によって強弱ある理由は色々あるだろうが、少なくとも作品自体の問題ではない。もっぱら受け手側の問題なのだ。

 いや、できるだけもっと正確に言おうとすれば、ケーシーたち開発側が「どんな結末を用意しても」そうした開発側の権威を認めていない一番尖鋭的な一部のファンは必ず騒いだであろう。夏に出るという無料エンディングDLCで収束する可能性も低い。

 気がついているかどうかは知らないが、彼らは自分たちはもはや権威を認めない、という主張のために騒いでいるのだ。そしてそういう者たちは、ヴィデオゲームの世界だけじゃなく、どんな種類の権威も認めないだろう。社会が背中を後押ししているというか、彼らはもうあらゆる権威に反抗するしかない立場におかれているのだ。そしてその抵抗活動は実はそんなに難しいことではない。なぜなら、今やあらゆる権威が後退・磨耗しているからだ。

 BioWareが作品の高度な芸術性(アーティスティック・インティグリティ)をいくら主張したところで、それは送り手の芸術家に特権が認められているから言えるわけであり、エンディングに批判的なファンは最初からそれを認めていないからまったく無意味である。それだけではなく、ヴィデオゲームがエンターテイメントであり、工業(工芸)製品と考えれば、「芸術性」を主張してもたちの悪い冗談としか受け取られない(現に多数のファンからそう受け取られている)。

 Dragon Age 2のリード・デザイナーやライターが個人的な誹謗中傷を受けた重大な理由のひとつも、この権威の問題だ。
 先に記事にしたとおりDragon Ageの開発チームはDA2の反省を踏まえ、Dragon Age 3の開発にあたっては、できるだけ「アイデアを形にして見せてファンのフィードバックを受ける」手法を取り入れるそうだ。
 何をしようが、送り手に権威を認めていない一部のファンが満足するわけはないので、それらファンが暴動を起こそうとする問題の解決策には決してならないだろう。(もちろんBioWare側もそんなことを狙ってもいないだろうが) 

 あの手法がうまくいく秘訣は「権威をファンに分配したようにうまく見せかける」ことだが、そんなことが可能かどうかも私にはわからない。なにしろ開発側が「権威」を分配する「特権」すら認められないおそれがあるから。

 以上が、「物語のエンディングは、なぜ議論を呼ぶのか」という問題の本質の、少なくとも重要な一部である。
 まとめると、

 かつては作者という権威が、よかれ悪しかれ物語(のたとえば結末)とその価値規範を規定していた(だからこそ権威であった)。作者より大きな権威(超越的な他者、不正確だがざくっといえば広く共有可能な価値観の拠り所)が存在していたから、その存在の代行者として作者にはそれができた。より大きな権威とは、たとえば神に象徴される宗教観。たとえば自由と平等に象徴されるアメリカ的な価値観。たとえば父親に象徴される・家父長制。
 

 いまやそうした広く共有可能な価値観が喪われ(後退・磨耗し)、よって作者の権威も喪われた(後退・磨耗した)。作者は物語(のたとえば結末)とその価値規範を規定することはできず、物語(のたとえば結末)は受け手にとって正典でも決定版でもない、あり得た可能性のひとつとしか見なされないようになった。作者と受け手の相対的な位置関係は、かつての上下(贈与)から、水平(交換)へと変容してきたのである。

 受け手の中には、思い思いに自分だったらこうあればよいと望む物語(の結末)を口にする者たちもいるが、すでに彼ら彼女らの間でも広く共有可能な価値観が喪失されているので、そこに妥協可能な共通意見は存在しない。よって単に作者の物語(の結末)が気に食わないと不平不満を述べる者たちとの間でも見分けがつかない。
 これらがまとまって、単なる嫌悪や批判の怒号として鳴り響く。

(何かに似ていませんか? そう、権威を認めないという点ではティー・パーティーであり、それに加えて不平不満がみなてんでばらばらまで当てはまるのがオキュパイ・ザ・ウォール・ストリートである。詳しくは次回に書くつもりだが、日本におけるゲンパツ、核燃料発電問題も、消費税に関する議論もこれととても似てきている)
 

 最後に、この権威の問題は他のインタラクティヴなヴィデオゲームでも、あるいはアングラカルチャーの創作でも多かれ少なかれあるはずなのに、どうしてBioWare作品で強烈な騒動となって浮かび上がったのか。

 それはMass Effectが、そしてDragon Ageが、(先のDA@PAX EASTの記事で説明してあるように)キャラクター・エージェンシーとプレイヤー・エージェンシーという二つのエージェンシー(注)を重視する作品だからである。少なくともファンはそうであると期待していた作品であったからである。

 ゲーム世界を創造する開発側の「権威」や「特権」の一部を、すでにプレイヤーに分配している(ふりを巧妙にしている、そういう幻想を強く与えている)作品であったからだ。

(注)キャラクター・エージェンシーとは、自分のキャラクターが、自分の選択によって、ゲーム世界に積極的な影響をもたらす(と感じられる)こと。
 プレイヤー・エージェンシーとは、プレイヤーが自分のゲームプレイ体験をコントロールできる(と感じられる)こと。

 Call of Duty: Modern Warfare 3やBattlefield 3ではまず問題にはならない点だ。あちらへの批判はたとえば「前作の焼き直しなのに高い」、「リアリティがない」など、下等でどうでもいい(失礼)問題だ。

 そういう意味ではこれらのBioWare作品には(現代社会や時代に対する)批評性があるのだろう。それが広く愛されている理由でもあり、同時に憎悪を集める理由でもあるのだと思う。 愛と憎悪は同じものだから。

(一部書き残した点は次におまけとして書きます)

2012年4月14日 (土)

【ME3】幕引きの感覚、終わりなき繰り返し

 前から何度か書いていたが、Mass Effect 3のエンディング騒動があまりにドンピシャだったので、ぜひまとめておきたいと思っていたこのネタ。 

 以前書いたものの繰り返しになるかもしれない。

 また、こういうことに興味のない人(不幸だね)にとっては、意味不明で大変退屈な内容になるかもしれない。そういう向きはとっととお帰りください。お帰りはあちら。 

 元ネタは、社会学者・大沢真幸氏の「不可能性の時代」。特に「オタク」についての記述(多くは東浩紀氏の考察を参照している)が今回のテーマに気持ち悪いほどはまる。  

 Mass Effect 3のエンディング騒動について、読者諸氏に対しては改めて繰り返す必要もないでしょう。全うな論文を書こうとしているわけじゃないから、ここでくどくど書き記す必要もない。 

 私なりには、(これも大澤氏の受け売りの部分が多いのだが)ME3のエンディングそのものについて、どうしてあそこまでガイジン・オタクのヘイト、あるいは変更嘆願を集めたか考えてみた。 

 そのときの答えは、少なくとも物語として「英雄の登場によっても如何ともしがたい真の破局を見せてはいけない」というものであった。
 どのエンディングの場合であっても、地球は、そして銀河は目を背けたくなるような惨状で取り残される。それだけならまだしも、今まで関りあってきた者たちの運命、帰趨はほとんどがよくわからない。希望がなく、せつなく、やるせない。

 だが、リーパーズなる有機生命体皆殺し軍団が実際に到来しているわけであり、そもそもリーパーズが置き網として用意したシタデルとマス・リレー網なる絶大な力を(おそらくその意味も良くわからず)用いてきた生命体たちが、ただで済むわけはないのである。たとえ生命体の絶滅は免れたとはいえ、銀河文明は元通りになるまで一体どれだけかかるかまったく想像もつかない、いやシタデルとマス・リレーがリーパーズのテクノロジーであったのなら、そもそも残された有機生命体が元通りの文明を取り戻せるのかどうかすらわからない、途方に暮れるような状態のまま投げ出されてしまった。

 歴史上人類文明は一般の破局、自然災害である震災、津波、噴火、氾濫、旱魃などから何度も立ち直ってきた。必ず英雄が、英雄的行動(すなわち勇気、不屈、慈悲、相互扶助、犠牲などの美徳)を率先して実践する人たち、人類の叡智や尊厳を体現する人たちが少なからず出現した。簡単に言えば、破局の最中に希望があった。(もちろん、破局的状況が収束・終息した直後にはむき出しのエゴが発現するという説もある)

 ME3のエンディングが示したのは、こうした英雄的行動が無意味な世界であった。

 GameSpotのエディターたちが、彼ら自身のME3「思い出に残るシーン」を語るPodcastで、アンダーソンとシェパードがふたりで並んで座り込み、シタデルから地球を見下ろす、あのシーンを示して、あれで十分な「幕引きの感覚」は得られたのではないかと主張する者が多くいた。
 それはごく普通の、ある意味陳腐なエンディングではある。だが、(アンダーソンは息を引き取ってしまうのだが)、静寂の中でひとり地球を見つめるシェパードの姿で終わるというのは、ひとつの英雄譚の「幕引き」の形式として成立していたはずだし、過去の創作でもいくつもあっただろう。 

 だが、そのあり得たエンディングは選ばれなかった。

 進行中の話題をあまりしたくはないが、今回の震災自体は、多数の犠牲者を出した痛ましい事態であったとはいえ、上記の分類に含まれるのはお分かりいただけるだろう。政治・行政が混乱していようがなんだろうが、人間の尊厳が喪われたり、叡智が無意味であったわけではない。少なくとも不屈、相互扶助、そうした美徳が現に示されたことは間違いないし、それは世界中に発信された。元通りになるかどうかはともかく、コミュニティの生活はやがて取り戻される(そして、その過程でむき出しの資本や個人のエゴも散見されるのは想像に難くないが、それもまた人間らしい)。
 また今回の震災では日本人の不屈の精神が特に賞賛されたが、それは歴史上決して稀なことではないそうである。美徳の発露は過去破局に遭遇した世界中の人々の間で目撃されている。

 一方で核燃料発電事故の話は話題にすらしたくないのが私自身の率直な気持ちだ(自分自身が直接的に影響を受けていないという前提であるが、直接的な影響を受けた人たちの立場で真剣に考えることすらできない、不可能であるという意味だ)。
 なぜなら、そこでは英雄は「無意味」であり、美徳は「無意味」どころか大変「有害」なものに変容してしまう場合があるからだ。すでに生活圏を奪われ、いつ戻れるかもわからない者たちに対して、どうして、誰が、美徳を示せ、尊厳を保てといえるのだろうか。
 それ以上に希望がないことが重要である。いったい収束・終息するのかどうか、復旧・復興するのかどうか、できるとしていつなのかすら不明なことがその理由だ。 

 核燃料発電事故では「実は誰も死んでいない」という指摘があるが、ただ運がよかっただけだろう。そんな理屈に意味があるなら鉄道、飛行機、さらには自動車よりぜんぜん安全なことになる。そうではなく、もしかしたらあり得るべき真の破局を垣間見せたことが、今回の事故の最大の意義ではないか。

 もちろん今回の震災は、日本以外に「直接的な」影響を与えてはいない。だから、ME3の騒ぎが震災と直接的に関係しているはずはない。上ではあくまで、ふたつの破局を例示しているだけだ。
 「破局待望論」、「終末論」、「黙示録的世界観」はむしろ欧米の思想家が前世紀はじめ(第一次大戦直後)あたりから注目し始めたものだそうだ。人類文明が破局へと傾斜していくことに悲観し、警鐘を鳴らす言説は数多い。大澤氏に言わせれば破局的な現実への衝動は二十世紀の論者たちの通奏低音である。
 そして、テクノロジーに過度に依存した人類、テクノロジーに堕落した人類が、破局への道をひたすら転がり落ちていくという発想は、何も思想家の論をむさぼり読まなくても、(少なくとも)先進国の国民であれば漠然と抱いている感覚だろう。
 日本の核燃料発電事故はそうした発想をきれいになぞるひとつの事例である。

 そしてME3のエンディングが見せてしまった破局もそうである。

 「ME3のエンディングが、なぜ批判を呼んだのか」については、私なりの答えは上のとおりだ。そしてシェパードがひとりで静かに地球を見つめ、ひっそりと終わる「あり得た」エンディングの代わりに導入された三つのエンディングは、あまりに陳腐であった。

 具体的な話ならそうだ。

 だが、ガイジンのオタク連中が口々にいう、"closure"、幕引き・幕切れ、その感覚が不在であるという批判は、具体的なエンディングをさしているわけではない。

 もっと言えば、具体的な話だけで終わってしまうと、あの甚大な損害を日本に与えた、これからも与え続けるかもしれない核燃料発電事故のきっかけとなった震災を、私はくだらないただのヴィデオ・ゲームの与太話の「ネタ」に使ってしまったことになる。

 それでは誰がどうみても、血も涙もない非情な冷血漢である。 

 だからここで終わるわけにはいかない。幕引き・幕切れ騒ぎの本質を考えなければならないのだ。 

 上は、「ME3のエンディングが、なぜ批判を呼んだのか」という具体的な問いであった。

 今度の問いは、「物語のエンディングは、なぜ議論を呼ぶのか」だ。

【DA3】(フォロワー・アーマー)ゲイダーさんブログ

 公式にはまだ発表がないDragon Age 3。先のPAX EASTのDAパネルの記事でも、DAスタッフに対して質問するファンたちは、何度も「仮定の」(hypothetical)DA3についての質問、としつこく断っていました。わざとらしくて面白かったが。 

 とはいえ、もはや次回作(the Next Big Thing)が出ることは既成事実。

 そして、エクゼクティヴ・プロデューサーのダラー氏は、DA2エキスパンション・パック開発中止の発表に際し、DA3(仮称)に関するなんらかの原案ができたら、都度ファンのフィードバックを求めるようにすると約束していた。 

 このゲイダーさん(BioWareのシニア・ライター、DAシリーズのリード・ライター)のBioWareブログへの投稿はその一環でしょう。 

 http://blog.bioware.com/2012/04/13/dacustomization/

 内容はDA3(仮称)のコンパニオン・アーマーのカスタマイゼーションについて。
 そのさわりについては、PAX EASTのパネルでも軽く触れられていました。ゲイダーさんいわく、直接的にはそのPAX EASTでの応答で答え切れなかった疑問に答えるものになっているそうだ。  

 こんな感じでネタを出してもらえると、このブログ(私のね)も廃れずに済むんだが・・・。

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 先週末のPAX EASTにおけるDragon Ageのプレゼンテーションに対して、特にフォロワーのエクィプメント(装備)に関していくつかの質問がなされた。そのときのヴィデオ(訳:GameSpotで視聴できる、このブログの前記事リンクを参照)では、あのスライドは見にくくてわかりにくいかもしれないので、多少詳しく触れたほうがいいと考えた。もちろん、このシステムに対するファンのフィードバックをここで受けるつもりもある。 

 だが、まず最初に、元のプレゼンテーションでマイク(レイドロウ、BioWareのクリエイティヴ・ディレクター、DAシリーズのリード・デザイナー)が告げていたように、このシステムの開発もまだ仕掛かり中であることを警告しておく。この特定のトピックに対する我々の考え方を示しているとはいえ、(実装を)約束するものと受け取らないでいただきたい。関係するいくつかの技術システムの作動確認が済まなければ、このシステムが実現可能であるとさえ言えないのだ。

 とはいえ、これが我々が目指す方向性であることに違いはない。

 さて、マイクは何て言ったっけ? フォロワーがふたりいて、ひとりはグレイ・ウォーデンでもうひとりはシーカーということにしておこうか(注)。彼ら・彼女らの最初の見かけは次のとおりだ。

(訳注)「グレイ・ウォーデン」は原文"a Grey Warden"とあるのでDAOの主人公ではない。同じく「シーカー」も"a seeker"とあるので、カッサンドラ(私は偽装だと思っているのだがシーカーの装備を身に着けていたレリアナ)ではない。

Warden1_2
 

 そして、プレイト・アーマーを拾ったことにしよう。その名も「スターリング・ブレストプレイト」(上等な、高品質のブレストプレイト)だ。着用には通常のクラス制限が適用されるが、今回はふたりともウォーリアー・クラスであるので着用できる。胸部のスロットにこの鎧を入れてみると、彼らの全身の見かけが変えるのではなく、一部だけの見かけが変わる。ウォーデンのほうに装備させれば、こんな感じだ。

Warden2

 違いがおわかりだろうか? プレイトは着用できるフォロワーによって違う姿形にそれぞれ変わるが、その「見かけ」はその鎧固有のイメージに見えるようになる。だからスターリング・ブレストプレイトはどんなフォロワーが着用しても銀色をした胸部の鎧になり、それによってフォロワーの全身は銀系が強調されることになるが、フォロワー固有の見かけの趣き(ヴィジュアル・アイデンティティ)も喪わない。たとえばこの同じ鎧をシーカーのほうに着用させてみよう。するとこのようになる。

Seeker2

 多くの装備をこのように「部品」に分けることによって、こうしたヴァリエーションをほかの部位の装備にも拡張することができる。小手、下半身、肩、などなど。

Warden3_4

 鎧を部位ごとにわけることで、プレイヤーはそれらを組みあわせることで「見かけ」のヴァリエーションを数多く作り出すことができるが、それでもフォロワーの個性を損なわない。以下の例をごらんいただこう。どちらも「スターリング」アーマーの完全セットだが、ウォーデンとシーカーそれぞれまったく異なるような姿に見える。一方で、アーマー・タイプがとても同じには見えない、というわけでもない。

Warden4

 コンビネーションの効果を作り出すことができる例もお見せしよう。下は組み合わせ可能な別の「見かけ」であるが、グレイ・ウォーデンとシーカーではやや異なっている。

Warden5_2

 同じキャラクターであっても異なる見かけをさせることができることを示すため、もうひとつ別の例を下に掲げておく(同じ「セット」の装備ではなさそうだが)。

Warden6

 各部位の装備の色彩と素材のタイプを変えることによって、さらにヴァリエーションを増やすことができる。もしかしたらそれらはプレイヤーの手に委ねることになるかもしれない(自分の好みによって鎧をカスタマイズするという意味で)。だがそれが実現するかどうかは我々がこれから決めなければならないことだ。ある鎧の部位の「見かけ」と、色彩、素材を変更できるとなると、あるひとりのキャラクターについて、とたんに物凄い数の見かけのヴァリエーションが生まれることになる。キャラクターの全身モデルを変更するなんてことだけじゃとても追いつかないくらいの数だ。

 もちろん、これらから以下のようないくつかの疑問がわくだろう。

 Dragon Age: Originsのインヴェントリー・システムに何の問題があったのか? なぜあのまま用いない? 

 あのシステムそのものには何の問題もない。だが、理想的とはいえない程のリソースが必要になってしまったのだ。とりわけ、どのフォロワーも個性のない似たような見かけになってしまうことに加え、見かけのヴァリエーション自体が全体として減ってしまうことが問題だった。Originsではモリガンだけがユニークな見かけを有していたが、プレイヤーが彼女に違う装備をさせたとたんに、そのユニークさが喪われてしまった。他のフォロワーたちは顔以外にはほとんど見かけ上の個性がなく、同じ装備を着用している他の者たちと見分けがつかなくなってしまった。繰り返すが、それ自体とんでもなくひどいという話ではない(とどのつまり、キャラクターは見かけだけで規定されるわけじゃないから)。だが我々はできればより良くしたいと思っている。

DA2でより良くしたって? もしそうなら、なぜそれを繰り返さない? 

 Dragon Age 2のフォロワーたちの見かけに関するヴィジュアルの方向性について、我々は本当に気に入っているのだが、リソース上の制限により我々が求めていただけの数の見かけのヴァリエーションを実現することができなかった。だからフォロワーのアーマーはまったく変更できなくなり、プレイヤー・エージェンシーにネガティヴな影響を与えてしまった。ここでいうのはプレイヤーがゲームプレイをコントロールしていると感じられなくなったということだ。また、決して使うことのできないたくさんのアーマーが手に入るという問題もあったが、今回のシステム案ではその問題は発生しない。だから究極的には、ある面ではいいものだったが、別の面では大変悪いものであったということだ。

 この新システムになったって、まだありえないくらい開発コストを要するのではないのか?

 フォロワーひとりあたりで言えば、それぞれのキャラクターごとに鎧の部位の見かけを決めていかなければならないから、それなりの開発投資になる。だから、そう、その意味では高コストだ。だが、そういう見かけを部位によって切り分け、それぞれの色彩や素材をシステマティックに変更できるようにすることによって、最後にはずっと多くのヴァリエーションを手に入れることができる。だからエージェンシー(プレイヤーはキャラクターに実際に鎧を着用させて見かけの変化を得る)も、キャラクターの個性を維持することも両立できて元が取れる投資であると思う。我々は、よい投資だと思っている。

 なぜ我々に告げるのか? 

 我々はDA2のフィードバックを悪いものも良いものも読んできて、自分たちの意図するものをもう少し詳細に説明するべきだという方向に少しづつ考えが変わってきている。このアーマー・システムは我々が変更したいものの例であるし、まだフィードバックを受けて実際に開発に反映させることができる時期に公表している。もしこのシステムに関して自分の考えを披瀝したい人がいるなら、あるいは質問があるなら、もちろん喜んで拝聴するつもりだ。

 どうして[好きなトピックスをここに挿入]については教えてくれないのか?

 マーク(ダラー氏)がDA2の新しいコンテンツの開発中止を発表したフォーラムのスレッドで、我々は今後は可能な限り「しゃべるのではなくて見せる」方針を貫くと宣言した。コンバット、フォロワーとのかかわりあいや色々なテーマについて質問がある人がいることは知っている。だが我々の方向性を実際にお見せすることができるまでは、口をつぐんでおくことにしたい。

********** 

 アーマー・システムの変更自体は、私は「いいんじゃない?」というか、中立。
 ぶっちゃけあんまし興味がないが、DA2のホークしか着れないアーマーくらいのヴァリエーションがある(そしてフォロワーが着用できる)ならいいんじゃない? 

 素敵なデザインのアーマーはもちろん好きですよ。でも何種類もあったって全部着れるわけじゃないんだしねえ。
 Skyrimのアーマー・ヴァリエーションは(いつもながら)あまりに少なすぎたが、現に誰も文句は言っていない。Mod待ちだったからかな。

 「しゃべるのではなく見せる」。

"... we’re committing to show-not-tell whenever possible."

 DA2がヘイトを集めた理由には、レイドロウ氏が各所で延々とDA2ではなぜこうしたかの言い訳をしゃべり続けたこともあると思っています。

 (議論の対象となっている何かを)まだ変更できる段階でデザイナーが「こうであるべきだ」と延々としゃべっていると、我田引水。牽強付会。自説の押し売り。

 もう変更できない段階でデザイナーが「こうであるべきだった」と延々としゃべっていると、言い訳。責任転嫁。泣き言。 

 必ずそうなります。「デザイナー」を何かの責任・権限がある立場に置き換えてみなさいよ。当てはまるでしょ? 一番わかりやすいのは「政治家」。ほらね?

 それを戒めているのであれば、いいことかも。

 でも、実際に目で見せられてもバカは納得しないし、理解できないけどね。

 いや、実際に見てもわからない、納得しない者のことをバカ、と呼ぶのかもしれない。

2012年4月13日 (金)

【DA3】DA@PAX EAST

 いやいや、まぢで今日まで更新できなかったよ。

 Dragon Age @PAX EAST。このヴィデオは4月9日(現地)ですか。だいぶ時間がたった。

http://www.gamespot.com/events/pax-east-2012/video.html?sid=6370583

 冒頭いきなりホーク・コスプレのPRマネージャーがかみ倒して笑っちゃいますが、画面に写っている観客もみなコスプレ(笑)。

 10分くらいのヴィデオ、レイドロウ氏が喋ります。

 3:33くらいに、公式でフィードバックを受け付けたときの三大要求が示される。

 ・Stop Reusing Levels (マップ使いまわしをやめてくれ)

  ・Decisions That Matter (決断が影響するようにしてくれ)

  ・Equipment for Followers (フォロワーの装備をくれ)

 Stop Reusing Levels については実現するつもりとのこと。そして、4:43あたりで「もう少しフレンチなところに訪れるかもしれない」ということで、オーレイが舞台(のひとつ)になることはほぼ確実になった。

 Decisions That Matter についても「以前のゲーム(複数)の決断」を含めて、影響させるといっています。

 5:32あたりでは、二つのエージェンシーについて説明がある。

・Character Agency 

 "My character has an active effect on his or her world, determined by my choice."

・Player Agency

 "I have control over my gameplay experience." 

 キャラクター・エージェンシーとは、自分のキャラクターが、自分の選択によって、ゲーム世界に積極的な影響をもたらすこと。

 プレイヤー・エージェンシーとは、プレイヤーが自分のゲームプレイ体験をコントロールできること。

 Equipment for Followersも、やる。

 カメラにずっとちらちら写っていた人たちだけではなく、6:31あたりで会場全体をコスプレイヤーが埋め尽くしていることがわかる。できはともかく・・・。

 7:24あたりでは、「仮に」パーティーにグレイ・ウォーデン(DAOの主人公ではない)とシーカー(カッサンドラではない)がいた場合を例にとり、新しい装備をコンパニオン間で共有する方式を説明している。ウォーデン、あるいはシーカーのもつ固有の雰囲気を損なわずに、同一種類のよろいを着用できるが、よろいのデザインはそれぞれ若干異なることになる。

 また、アーマーなどの色彩や素材を変更できるようにする考えについても言及している。

 次のリンクの映像は30分くらいのQ&A。

http://www.gamespot.com/events/pax-east-2012/video.html?sid=6370991

 2:50あたりの質問がマルチCo-opプレイに関するもの。でもあまりまともには答えていない。ヴィデオの後ろのほうではMMOも今のところは考えていないとも答えている。

 6:00あたりか、訛りのきつい人の質問をレイドロウ氏が聞き取れずに聞きなおしているが、彼は「実際にスコットランドにあるほんもののカークウォールからやってきた」のだそうだ!

 スコティッシュ訛りはほんとにわかりにくいみたいだなあ。そして「どうしてDAにカークウォールを登場させたの?」という彼の質問に対する答えは「スコッチ!」

 13:40あたり、Mass Effect 3に対するレイドロウ氏の当てこすりが面白い(笑)。

 「DA2は、『喪失』の物語、主人公が色々なものを喪ってしまう話だった。BioWareゲームにしてはまれな展開だ。・・・ME3は除くけどね」 

 たまに質問者の顔が映るが、んー、ファン層がよくわかりますねえ。女性が多いし。

 

 

2012年4月 9日 (月)

【DA2】The Silent Grove #4

  ゲイダーさん原作、Dragon Ageのコミック、The Silent Grove #4。

 「続きを読む」の下。

続きを読む "【DA2】The Silent Grove #4" »

2012年4月 7日 (土)

【ME3】エクステンデド・カットFAQ、パッチ

 Mass Effect 3のパッチ。来週提供される予定。
 4月9日(現地) - PC、4月10日(現地) - X360、PS3。

 エンディング問題ですっかりかすんでしまっていたが、問題となっていたインポート・ファイルのシェパードのカスタマイズ・フェイスが反映されない件の修正など、主にバグフィックス。

http://social.bioware.com/forum/1/topic/324/index/11094955

 BioWareのMass Effect 3公式ホームに、BioWareのPRがエクステンデド・カットのFAQを掲載している。

http://blog.bioware.com/2012/04/05/mass-effect-3-extended-cut/

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 本日発表された公式プレスリリース(訳:前記事で紹介)にあるとおり、我々はファンの体験をより肉付けするために、Mass Effect 3に関する本編リリース後の開発優先順位を変更しました。ファンの多くの人たちにとって「エクステンデド・カット」はいくつかの謎に答えを出す手助けになるものであり、Mass Effectの歴史の中でこの章の幕引きを行うものです。そうそう、それから無料です。ファンであるあなたからお金はいただきません。

 

 以下に、ミニFAQを用意しました。Mass Effect 3のエクステンデド・カットがなんであり、なんでないか理解いただく手助けになると思います。

Q: エクステンデト・カットDLCにファンはなにを期待していいの?

A: このDLCは、Mass Effect 3によりいっそうの幕引きの感覚を求めるファンに対し、シェパード艦長の旅の結末に対する背景説明の追加とより深い洞察を提供するための拡張シーン(複数)を与えるものです。

Q: 追加の、あるいは異なるエンディング(複数)やエンディングDLC(複数)が将来出るの?

A: 出ません。BioWareはMass Effectシリーズのこの物語アークの終焉に関する開発チームのアーティスティックなヴィジョンの正当性を強く支持しています。エクステンデド・カットDLCは既存のエンディングを拡張するものですが、これ以外のエンディングに関するDLCの計画はありません。

Q: BioWareはエクステンデト・カットDLCで何を追加するの?

A: BioWareは、既存のエンディング・シークエンスにシネマティックとエピローグ・シーンを追加することにより、Mass Effect 3のエンディングを拡張します。これらの新しいシーンの目的は、明瞭さを追加し、Mass Effect 3の幕引きの感覚を提供することです。

Q: エクステンデト・カットDLCはいつ入手できるの?

A: 現在jのところ、エクステンデト・カットDLCは今夏に計画されていますが、現時点で明確な日時は示されていません。

Q: どうしてエクステンデト・カットDLCを出すの?

A: 我々は、本編で我々が行ったアーティスティックな選択を引き続き支持し、それらに対して誇りを感じていますが、Mass Effect 3によりいっそう幕引きの感覚を望む一部のファンがいることにも気がついています。このDLCの目的は、ゲームの新しいエンディングを提供することではなく、ファンに対してシェパード艦長の物語の結末に関しての背景説明を追加し、答えを与えることにあります。

Q: Mass Effect 3のDLCは他にも予定されているの?

A: 他のコンテンツも計画されており、後日情報を提供するつもりです。

 ま、こんなところです。我々が、我々の作ったゲームと、その開発チームを誇りに思っているかって? 決まっているじゃないですか。エンディングを変える気があるかって? それはない。我々が、我々のファンが注いだ情熱を受け止め、フィードバックを聞いているかって? まったくそのとおりであるし、だからこそ、こうして対応を行っているのです。

 夏はそこまで到来している・・・。

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 同じことを何度も繰り返して述べていますね。

・既存エンディングに解釈(背景説明、謎を解く手がかり)を与え、物語の結末に関する明瞭さを増し、シェパード艦長の物語に幕引きの感覚を与えるものである。

・新エンディングや既存エンディングの変更は将来にわたってない。

・エンディング以外のコンテンツは予定されている。

【ME3】BioWareは、最も熱心なファンの意見しか受け付けない。

 もうちょっと考えてから書けよ、と思うバッド・イグザンプルな発表文。

 EA/BiowareのMass Effect 3、エクステンデド・カット(無料)DLC発表文。

http://investor.ea.com/releasedetail.cfm?ReleaseID=662095

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 今夏、Mass Effect 3エンディングの追加シネマテイック・シーンを提供する無料(注)DLCパックを配布。

 レッドウッド・シティ、カリフォルニア(ビジネス・ワイア) Electronic Arts Inc. の一部門(ラベル)であるBioWareは、批評家から高い評価を得たアクションRPG本編のエンディング・イヴェントを拡張するダウンローダブル・コンテンツ・パック、Mass Effect™ 3:Extended Cut,の配布を発表した。

 Mass Effect 3: Extended Cut は、シネマティック・シークエンスとエピローグ・シーンを追加することによって、Mass Effect 3 のエンディングによりいっそうの明瞭さを求めるファンに対し、それぞれの個人的な旅がいかなる結末を迎えたのかについてより深い洞察を与えることを狙いとしている。  

 今夏、Mass Effect 3: Extended Cut はX360、PS3およびPC用にダウンロード可能となり、追加費用は不要である。

 「我々は皆Mass Effect 3およびケーシー・ハドソンと彼の開発チームの業績を心から誇りに思っている」と、BioWareの共同経営者でありEAのBioWareラベルのジェネラル・マネージャー、レイ・ムジカ博士は述べる。「ローンチ以来、我々のもっとも熱心なファン諸氏からのフィードバックの声を聞き、それに対応するため我々は時間をかけてきた。

 我々はMass Effect 3: Extended Cut によって、プレイヤー諸氏が求めている答えを提供しつつ、開発チームがMass Effect ユニヴァースにおける本ストーリーアークの結末として用いたアーティスティックなヴィジョンとの間で適切なバランスを確保できると考えている」

 Mass Effect シリーズのエクゼクティヴ・プロデューサーであるケーシー・ハドソンが補足する。「ローンチ後の開発優先順位を見直し、よりいっそうの幕引きの感覚を求めるファン諸氏に対し、プレイヤー各人にとって、より個人的に感じられるような形で、ゲームのエンディングに関する背景説明と明瞭性を提供することとした」

(以下略)

**********

「ローンチ以来、我々のもっとも熱心なファン諸氏からのフィードバックの声を聞き、それに対応するため我々は時間をかけてきた

Since launch, we have had time to listen to the feedback from our most passionate fans and we are responding. 

→ もっともうるさいファンの声だけ聞きます。

「よりいっそうの幕引きの感覚を求めるファン諸氏に対し、プレイヤー各人にとって、より個人的に感じられるような形で、ゲームのエンディングに関する背景説明と明瞭性を提供することとした」

"We have reprioritized our post-launch development efforts to provide the fans who want more closure with even more context and clarity to the ending of the game, in a way that will feel more personalized for each player."    

→ もっともあたまの鈍い、鈍感な種類のプレイヤー、ぶっちゃけて言ってしまえばもっとも馬鹿な連中のためにやります。

 下は仕方がないからいいんだが(馬鹿は死ななきゃなおりません)、上はだめだな。

 これを鮮明にするために、先に記事にしたValve/Steamの創設者であるニューウェルのインタヴュー(ペニアケ)を引用しておく。

"Q: How do you sit down and try to extract the data about which players are going to bring value into the game without almost embedding people into vent servers to listen to how they interact?

"A: Well, we all play games all the time. It’s not Valve who will be saying that somebody’s more or less valuable, right?

Q:不平不満はけ口サーヴァーなんて用いていないのに、カスタマーの声を聴く、実際のデータ解析方法は?

A:俺たちも四六時中ゲームで遊んでるよ。(訳:フォーラムで騒いでいる)どこかの誰かが他の誰かより重要だなんて、Valveの俺たちが言うと思う?

(この応答の中身が知りたければ、拙訳は次のリンクで)

http://vanitie3.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-af05.html

 ニューウェルが賢くて、ムジカ博士がどれだけ迂闊か、違いがおわかりであろうか?
 

 そしてニューウェルはファンの「声」を聞くなどと一言も言っていない(聞かないともいっていない)のに対し、BioWareムジカ博士は長い間延々とそう言い続けてきて、このありさまだ。

 もちろんBioWareとValveの製品は質(ジャンル)が違う。ゆえに一概には比べられない、Valveが必ずうまくいってBioWareが必ずしくじるとはいえないが、両者の基本スタンスの違いがポイントである。 

 この点に関しては、私は100%ニューウェルを支持する。

 DAのライターであるゲイダーさんが、「人間がなにをしたいか、何を望んでいるかは発言からではまったくわからない、わかるとしたらそれは行動からである」と述べていたと思うが、それが正解であると思う。今回の場合二つの意味で。

 ひとつは、ムジカ博士が実は言行一致していないこと。

 もうひとつは、ファンの「要望」というものは実際には千差万別、おそらくふたりとして同じことを言っていないし、自分でも何が欲しいかわかっていないのに、「要望」としてひとまとめにされていること。 

 ともあれ、この公式発表とFAQ(次回訳すつもり)を読む限り、「エンディングは変更されない」。「現行エンディングに解釈を与える」という予想は当たったわけだ。

 ダメージ・コントロールとしては正しいと思う。だが、それでもなお「熱心なファン」とやらが、BioWareがしてもいない約束(エンディングの変更または新エンディングの提供)を「破られた」と騒ぐのは目に見えている。 

 こちらはDAの騒ぎよりもずっと致命的なレベルでたちが悪いんじゃないかな。

 (DA、ME両者の問題とも、納期の制約が諸悪の根源であることはほぼ間違いないだろうけど)

2012年4月 5日 (木)

EA、ザ・パブリック・エネミー・No.1?

 時間さえあれば書けそうな面白いネタは見つけているのですが、今日は時間もないのでこれ。

http://www.gamespot.com/news/ea-named-worst-company-in-america-by-consumerist-6370000

 EAが「消費者」ブログの投票で、250,000票を集めて栄えあるゴールデン・プー賞を獲得した。アメリカ・サイアクの企業。

 なななんと、あのバンカメにも、ベストバイにもソニーにもAT&Tにもコムキャストにも、そしてシティ、チケットマスター、ウォルマート、チェイスなどの名だたる「悪徳大企業」にも勝った。

 EAの広報担当重役のステートメント。(大企業とはいかなるものか、よくわかりますよ?)

「銀行頭取諸氏をはじめ、石油、タバコ、武器製造企業などが今年選ばれずにほっとしていることは間違いない。私たちはこれからもアワード受賞レベルのゲームを作り続け、それらを遊ぶ世界中の3億人以上の人々のために尽くしていく」

"We're sure that bank presidents, oil, tobacco, and weapons companies are all relieved they weren't on the list this year.  We're going to continue making award-winning games and services played by more than 300 million people worldwide."

 趣旨は二点。

 ・てめえら、どこみとんじゃ、ボケ! 極悪企業ならほかに仰山あるやろうが! ゲームで環境破壊されんのか? 健康障害と医療費負担高騰起すんか? 戦争で人殺す道具に使うんか?

 ・25万人なんてクソです、それこそプーです。わが社が相手にしているのは3億人です。

 またEAの広報担当重役は、(EA傘下の)BioWareが古参著名ゲームサイトであるジ・エスカピストの「最優秀開発メーカー選手権」の決勝選まで勝ち残ったこと、 NCAA Football 13、NHL 13、Madden NFL 13といったEAのスポーツ・タイトルが23百万もの支持の投票を獲得していることも告げている。

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 日本のゲームサイトなどは「やはり、もういちどカスタマー・サービスの原点に立ち返るべきだろう」などという、それこそプーな思考停止言説で終わらせるだろう。
 予言しておく。もしどっかで記事になったら一字一句上のとおりだと思う。だって4Gamerとか真似して書いてるから!

 だが、それじゃあ面白くない。これもまた傍観者は誰でも気がつくように(投票している本人たちは知らんが)、一連の「中庸・平均」不在、好き・嫌い二極分化、という流れの延長線上にあるのだ。もちろん、「大企業であるがゆえに嫌い」ってのと「ネット世論はネットの中だけの世論」というのも根底にあります。

 だいいち、ネットユーザーが石油、タバコ、武器商人とかに関心持つと思う? (金融には関心持つ。第一投票してるのは失業・貧困者か、そのシンパかだから)

 私にとってはEAのくそったれぶりがいかにもアメリカ大企業的で心地よい。最初からゲーマーの方になんて顔向いてないし。株主・投資家にしか向いてないしー。

 だが、BioWareが被弾するのとは話は別だ。その点でEAに対して抑止効果があるなら、まあこの騒ぎもしゃあねえかとも思うが、まず100%ない。

 そんなことでビクビクするような連中はそもそもこういう大企業に入っていない。あるいは出世していない。 

 問題は、石油、タバコ、武器、金融などのように必然的に多国籍大企業でなければならない、存続できない業種と異なり、デジタル・コンテンツの世界でそういう古式ゆかしい大企業が本当に生き残るのかどうか、でしょうかね。  

 今のAAAタイトルは大企業でなければ開発資金が獲得できない。いや、そういう大規模開発のゲームしかAAAタイトルと呼ばない、というジレンマに陥っているともいえる。その点では、上のような古式ゆかしい企業群と一緒になってきた。

 わたしゃ、良質のシナリオとロープレがあれば、シネマティックもアニメーションもグラフィック・リアリティもほどほどでいいんだけどなあ。後戻りはできないんだろうなあ。

2012年4月 4日 (水)

王と魔王と以下略など、雑記

 埃をかぶっていたPSVitaが稼動できるゲームがようやくあった。「アンチャーテド」はVitaではちょっとちまちましすぎてたんで中座中。
 厳密に言うとVitaソフトではないが、「ペルソナ3」(P3P)をVitaに移して裏面(女性主人公版)ちょこっとやったのが一番の稼動率という情けなさ。

 「王と魔王となんとかかんとか」。コナミ。

 ぶっちゃけ、あの大名作と名高いピ(略)のパクリですか? 任天堂機ないから、そっちやったことないんでわからんけども。

 それこそ一杯つっこみたいところあるけど、そこそこいける。ただしVita用である必要があるんかねと聞かれると、うーんとなってしまうけど。もうちょっとなんとかなる可能性はありそう。ならない可能性のほうがたぶんずっと大きいけど。

 とにかく超絶に時間がないんで、ちょこっとずつ遊ぶしかない私には最適かも。 

 Vitaの「重力的なんとか」の大騒ぎに加わる気が起きないんだよなあ。ほめ過ぎじゃないのかなあ。あまりにソフトがなさ過ぎるから、Vitaユーザーの防衛的反応じゃないかなあ。万が一大当たりだったとしても一本だけじゃ話にならんし。 

 「ペルソナ4」待ち。
 「ペルソナ3」にもつっこみたいところこそいくつかあるけど、とってもいい感じ。あれでバトルがもうちょっちなんとかなったら文句ない。

 あの世界はガイジンにはわからん。わからんでええねん。(ガイジン・レヴュアーの評価は高いけどね)

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 Amazon.comとPSNのタイアップで数十万本ものタイトルの洋ドラ・洋画がインスタント・ヴィデオ上映。これください。日本でも使えるようにしてください。原語版見せてください、お願いします。

http://www.gamespot.com/news/ps3-gets-amazon-instant-video-6369706

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 多忙ゆえ完全に旬をはずしてしまったが、今年のエイプリールフール・ネタでは、やはり

MinecraftのNotchの新作、"Mars Effect"が一押しでしょうね。

http://au.gamespot.com/shows/start-select/?event=startselect20120402

Mars_effect1

Mars_effect

 もちろんMass Effectをおちょくる内容がたくさん書いてありますが、次のがひどい(笑)。

 "A game ending that makes sense."  

 「意味のわかるエンディング」 

 もちろんNotchがBethesdaともめまくったゲームタイトル訴訟問題も茶化している。秀逸。

 

2012年4月 3日 (火)

【DA3】ロマンスとコンパニオン

 今日こそ更新できると思ったが、暴風雨って何だよ・・・。

http://social.bioware.com/forum/1/topic/315/index/10889328/1

 DA3、ロマンス関係のウィッシュリスト。ゲイダーさん登場。

 OPのウィッシュリスト。内容からして女性だろうな、きっと。

 ストーリーとコンパニオンがゲームを愉しめる理由。これは女性に限らない。

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1.コンパニオンとのインタラクションをもっと。DA2のコンパニオンもすばらしかったが会話は「スケジュールどおり」感が・・・、あまりに強かったかも。

"Companions in DA2 were great, but I felt like it was very...scheduled. "

2.フレンドシップに関する場面と選択をもっと。特に女性主人公と女性コンパニオンの間で。イザベラと大親友になるのは大好きだったが、ロマンスがないのにまだいちゃついている感じがした。ガールズトークがあれば素敵。エッチした相手についての話題も一種類じゃなくていくつか。

3.コンパニオン間の関係をもっと。ロマンスも含む。イザベラとフェンリスの間とか、ちらとほのめかされているのが素敵。 

4.母問題、父問題、メイジ問題、奴隷問題、テンプラー問題、エッチ問題、兄弟姉妹問題、そういう抜きのロマンス対象を。そういう会話もすばらしかったが、普通の恋人がほしい。アヴェリンの男性版とか。アヴェリンとヴァリックだけが問題をほとんど抱えていないのに、ロマンス相手じゃない。

5.もっと長いロマンスを。少なくとも関係を築く期間や親密になる手順を長く。とりあえず振っておく(じらしておく?)選択ももっと多く。

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 ゲイダーさんは、1.について回答。

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 インタラクションをもっと。これは見せ方がどうなるか別にして望みがかなうと思うよ。(DAOとDA2のコンパニオンとのインタラクション総量は一緒だったんだよ)

 コンパニオンとの会話があると知らせるのを「クエスト」にしてしまったのは意図したのと逆の効果を産んでしまった。便利さを感じるのではなく、自分のエイジェンシーに影響を与えたと受け取った人たちがいた。コンパニオンと話をすることをプレイヤーが自分で選んだという感覚が失われ、コンパニオンが会話をすることを決めたような感覚、コンパニオンの都合だけによって会話ができると感じてしまう感覚。だから、君の言うとおりだよ。

 一番ありえるのは、プレイヤーがせりふをはじめる古い方法に戻すこと、そしてコンパニオンから「話しがある」という電報を受け取るのは、もっと繊細な方法、例えばアニメーションを変更する、などにすることだ。 

 またその一部には、場面と一切切り離されたインタラクションを追加することも含む。例えばフォロワーに質問する、恋人にキスする、冗談を言うなど。

 平均的なファンは、なんでも全部よこせという意見に投票するだろうが(「せりふを全部よこせ!」と叫ぶファンについてのネット・ジョークをここに挿入のこと)、そこにはトレードオフがあるんだ。コンパニオンとのインタラクションがDA2ほど深められないってことになるかもしれない。(DA2ではコンパニオンごとに三つのクエストがあって、関係性の発展がたくさん行われたが、DAOではよくて短いクエストがひとりにひとつだけだった)

 だから、この中間点にスイートスポットがあるといいんだが・・・。理想的には、プレゼンテーション(見せ方)についての必要な変更を行ったら、DAOのシステムに完全に戻してしまって、その固有の問題まで再発させることなく、一部の者が失ってしまったエイジェンシーの感覚を保持できるようにできればいいだろうね。

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 エイジェンシー(agency)は、ゲイダーさんがよく用いる用語で、行為者性のこと。行為者性じゃなんのことかわからん。

 本来は哲学的な意味であって、とても説明が難しい概念ですが、上記ゲイダーさん自身の説明でわかるかな。プレイヤーが自分の選択など行為によってゲームの物語への影響を及ぼしているという感覚(もちろん錯覚ですが)。

 それから、別のポストでゲイダーさんが次のように補足している。

「オプショナルなせりふを増やし、必ず通過しなければならないクリティカル・パスのようなせりふを減らすという意味だ」

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(DAシリーズの8つのロマンスはすべて異なる感じがして好きだ。だがそれは同時にあたりはずれがでかいともいえる、という別のポスターの意見にゲイダーさんは・・・)

 BG2からDA2までロマンスをたくさん書いてきた私の経験によれば、みなのご要望を全部引き受けられるキャッチ・オールな物語ってのは、ことロマンスに関しては、ない。
 ロマンスはそもそもからして、きわめて主観的なものであり、ある者が認められないと感じる内容はほかの者には完璧に受け入れられる。ある者がめそめそして独りよがりなやつと感じるキャラクターが、別の者の目にはとても魅力的なキャラクターと映る。かほどさように本質は任意である。 

 DA2のロマンスでいえば、私の個人的な問題は、フェンリスとアンダースのロマンスが基調としてちょっと似すぎていたというところにある。つまり、同じ種類の者がどちらの物語も好きになる傾向がある。(もちろんロマンスに関する話なので、はなから普遍的であるなどとは言っていない)

 将来の「ロマンスのかたち」はもうちょっと傾向のばらついたものにしたい。

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 DA2のコンパニオンとのインタラクティヴは「スケジュールどおり」感。

 これ、何度かリプレイするとよくわかる。私も感じました。
 DAOの会話が広い野原を用いるワンダーフォーゲルとかオリエンテーリングオリエンテーションなどの競技だとしたら、DA2は障害物のあるトラック競技って感じかな。同じ障害物に同じタイミングで必ず出くわす。コンパニオンとの関係を維持しようとしたら回避できない(クリティカルパスですから)。

 ちょっちリプレイを進めるのがきつい理由ではあった。 

 アンダースとのロマンスと、フェンリスとのロマンスは似ている。うーん。似てるか?
 すまん、ロマンス関係は、まじで専門外。 

 ひとつだけ言えることは、DA2のロマンスはあまりにヴィクトリア朝で、照れくさすぎるよ!
(私はヴィクトリア朝ロマンスが大好きですけどね)

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