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2012年5月20日 (日)

Diablo IIIのリズム

 オリジナルのDiabloをプレイしたのは遥か昔の話。1996年大晦日発売だから、その次の年くらいかな。余談ですが、このブログ全体が余談ですが、大晦日リリースってのは異常に感じますよね。クリスマス・リリースにめっちゃ間に合わせたかったんだね。でもできなかった。

 一説によれば、その開発最後のラッシュのおかげでローカリゼーションが困難なつくりになってしまったそうな(当初は英語版以外が存在しなかった)。ツーバイトコード圏(日本語圏もそうだ)では間違いなくあきらめざるを得なかったのかもしれないが、アルファベット圏(欧州)でも英語版しか存在しないそうだ。
 とはいえ本邦の好事家たちは当時かなり盛り上がっていたような気がする。Windows95時代、若い子は知らんだろうが、インターネットが日本にようやく普及し始めた頃(ISDN?! テレホーダイ?!)。

 もっとも、1996年はポケモン誕生、バイオハザード誕生、任天堂はN64発売、プリクラ、コギャルブーム、翌年1997年はFFVIIが世に出た年であり、ヴィデオ・ゲームのミリオンセラーが続出した(主としてプレイステーション由来の)大ブーム時代、あとたまごっちとかハロキティ、マイメロとか、どんだけ天下泰平なんだよ!っていうこの島国で、わざわざロード・オヴ・デスと戦うため日夜ダンジョンに潜る勇気ある(暇な)輩は限られていた(だから「好事家」と言っている)。

 Diablo IIは2000年、欧州版もほぼ同時発売だった。日本語版も同年数ヶ月遅れてカプコンが販売した(そうだ、私は日本語版をプレイしたことがない)。

 さらに10年以上が経過してDiablo IIIがリリース。

 GameSpotなどのユーザーの書き込みを眺めていると、ゲーム本来とまったく関係なく、DRM、常時オンライン制に対するヘイトがダントツですね。それはBattle.net批判でもあるけど、DiabloIII固有の話じゃなくてどこにでもあるから省略。

 次に批判があるのがサーバー周り。ローンチ当初のサーバー・マネジメントがいまいちだったらしく、リワインドもなしの強制排便が多発したとか。現在では収まっているそうだが、私個人も含めレイテンシー問題がまだ残っているようだ。何時間かに一回くらい、結構排便されます。

 それ以外は、意外にもめぼしい批判がないんですよね・・・。

 まあ探せば「Diablo本来のおどろおどろしさが失われた、オカマ趣味のアートスタイルが許せない」ってのもあるけど、それに同意する人は少ないのではないか。確かに過去作の(あんまし絵柄がうまくないから逆にめっちゃ怖い)世界とは違いますが、十分雰囲気出てると思うけどね。
 最初の頃から登場するモブでは個人的には「グロテスク」なるモブがまじでグロテスク(笑)。DnDのオンラインゲーム、DDOに出てきたディーモンにもめちゃくちゃ気持ち悪いオーソンってのがいたんだが、それとタイ。

 あとは「温すぎ」批判。これも必ずあるねえ。「10時間でクリアしちまった、ぬるくてもうやってらない」。MMOでもなんでも必ず出てくる。最近は「映像で証明しろ」とか言われるからホラ・嘘ではないんだろうが。
 申し訳ないがNormal難易度は、おっさんにはちょうどいい湯加減です。いや、むしろ調整は絶妙じゃないのか。いやならNightmareでもHardcoreでも好きにすればいいじゃないか。

 今日のお題はこの調整に関するもの。今までは枕。

 10時間くらいのプレイの感想です。オリジナルは確かに猿のようにやった。長時間ぶっ続けでやった記憶がある。当然徹夜も何度もあった。

 いまやそんな気力も体力もなく、休みながらやっている。ひとつよい方法は、5つのクラスをロール(ってもキャラクター・ジェネレーションは性別・名前以外一切触れないが)して、代わりバンコに進めること。

 ディーモン・ハンターを長女にしてはじめたのですが、他のクラス専用アイテムでなんだか凄そうなのを拾うとやはり渡したくなる。専用スタッシュに放り込んでおけば別キャラ(妹たち)に簡単に切り替えて渡せるので、ポイポイ渡す。

 受け取ったほうは、お姉ちゃんの拾ったものはレベルが高すぎる。でも使いたいのでレベルアップにいそしむ。結果的に姉妹全員そこそこのレベルで進む。護送船団方式。ゆとり教育方式とかいうな。

 もちろんマンチにとって、それは阿呆のやることです。理屈上は一人目キャラをごんごんレベルアップさせて、結果としてルートの品質が格段に高まるから、それを二人目以降のキャラに配分するってのが鉄則、MMOでもなんでもマンチのおきて。
 マンチじゃないから関係ない。ソロプレイだし。

 で、5つのキャラをやっていると気がつくんですが、難易度調整だけじゃなく(二人目以降はもちろん理屈上多少温くなりますよね)、テンポ、もっというとリズムの調整が抜群なゲームであることがわかる。

 実は、Diablo IIIのシステムのコンセプトはDungeon Siege IIIと完璧に似ている。そこからDSIIIを開発したObsidianの連中がかなり賢いってことがわかる。つまり、デザインレベルではDiablo IIIが向かいそうな方向をドンピシャで当てているのだ。主流はここに行くだろう、と予測していたんですよ。

 でもやっぱり頭に手足がついていかないObsidianだった。実装が最悪。比べるとDiablo IIIの「強いところ」がわかる。DSIIIほどひどい実装ではないが、やはりDiablo IIIには足元にも及ばなかったTorchlightと比べてもいい。

 巷でよく言われている点もあげましょう。

・ルート・テーブルが絶妙。ランダムなはずの拾いゲームが神がかり的な営みになる。

・上にも書いたように(Normalの)難易度が適切。十分にテストされ、練られている。チート臭いくだらない関門でプレイヤーを足止めしたりしない。

・テンポがあまりによい。実はテンポだけではなく、重要なのはリズムなんです。

 ルート・システムについては、WoWのルート・マネジメントが「神がかり」だとのたまったのは私ではなくペニアケの彼。もちろんオリジナルの元型はDiabloのほう。Blizzardのノウハウはすべて共有されているだろうから、DiabloもWoWも「ランダムの魔法」を完璧にマスターしているということでしょう。残念ながらDSIIIもTorchlightも99%がゴミ拾い作業。

 難易度は本当に絶妙じゃないでしょうか。DSIIIは「開発者が実際にプレイしたとは思えない」ひどさ。温いところは極端に温く、関門地点ではチート臭いボスが邪魔をする。最後までNormalでがんばったが、苦痛以外の何ものでもなくなった。
 Torchlightも、最後のほうになるとただモブの数で押すだけで難易度を調節している。画面は入り乱れてわけわからん状態になって、致命的な一発を回避するには運に頼らざるを得ない局面もある。

 リズム。そう「クリック、クリック、クリック」のことを言っています。三つだから三拍子とか悲しいこというなよ。四拍子だろ。「クリック、クリック、クリック、(休符)」のことなんですよ。

 音楽レヴューの近田春夫氏がこんなことを書いていた。「昔はファンクとか凝ったリズムがよくて、そうじゃなきゃ物足りないって辛口で採点してたんだが、(年をとった)今はべたなフォービートでいいね。凝ったリズムは聴くのがめんどくさい」

 これだと思う。もちろん私個人がオリジナルDiabloの時代からえらい年をとったのもある。だから普遍化しようとは思わないが、きっと麻薬的な愉悦が得られる秘訣はこれ。
 DiabloIIIはベタなフォービートなんですよ。

 そういう演奏は普通「アマチュア」、「へたくそ」と言われる。そうならないためにアクセントをつけますよね。そうそう、そのアクセントもバッチリ(やっぱ白人が作ってるからちょっち過剰に)ついている。それがキャラクター・クラスごとのタレント、特殊技ですね。これはどのクラスでも意図的に映像も音響も「バスン」、「ドーン」とくるように仕組まれている。「クリック、クリック、クリック、バスン、クリック、クリック、クリック、ドーン」。これで気持ちよくならない人はあまりいない。(何も必ず四拍目にあるわけではない。何拍目だろうがお好きなように聴いてください)
 かたくなにベタな(スーパー・ジャストな)フォービートで、アクセントが過剰気味でついている。ヘビメタっすよね。メタリカだ。

 Torchlightもどちらかといえばベタなフォービート(エイトビートか16ビートかもしれん)といえるけど、アクセントが欠落している。そこはDiablo IIIと大きく違う。スラッシュメタルかな。

 DSIII(に求められるマウス・クリック、あるいはWASD方式を取っていればキーボード操作も)はある意味ファンクなんです。シンコペーションだらけで、もとのリズムがわからなくなるくらい凝っている。複雑。
 リズムが今どうなってるかわからなくなるってのは、ボスキャラ(モブ)の攻撃がリズムを管理してるってことだ。やらされ感爆発。逃げ回り感爆発。作業感爆発。そしてキャラが死ぬ。

 「スーマリは作業をアートにしてしまった」というアート専門家の評があると以前ご紹介しました。名言ですね。Diablo IIIもクリック作業を恍惚感を伴う一種の音楽にしてしまったんでしょう。

 (任天堂マシンを持っていないので)最近はわかりませんが、往年の「ゼルダ」の癖になり加減も、今思えばきっとこのプレイのリズムのおかげですね。ま、あっちは(BGMもそうだったけど)二拍子、マーチかもしれない。

 Diablo IIIは前作から十年の間テストばかりしてたとも思わないけど、シリーズの「売り」を再現してさらに上回ろうとすると、やっぱ大変だったんだろうと思います。

 最後に、Diablo IIIは「シリーズでも最高にストーリードリヴン」なんだそうだが、BioWare亡者としては、そこは鼻で「ふっ」とか笑っておきます。たしかにライティングは一流の水準だけど、ネタは見事に一本道。でもそんなところはDiabloの売りじゃない。

 この内容はさすがにプレイしない人には伝わらないので、ぜひ。デモでもあればお試しあれ。

 では、口開けてクリックの世界に戻ることにします(笑)。

 

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