フォト
無料ブログはココログ

« 【DA2】The Silent Grove #6 | トップページ | いくつかの「軸」に関する記事。 »

2012年5月 4日 (金)

ジョン・カーター・オヴ・ディズニー

 下調べなし映画鑑賞が快感になりつつあるのですが、この「ジョン・カーター」(John Carter, 1012)はトレイラーすら観ずに映画館に直行してしまい・・・。

 いきなりディズニーのロゴが出て、アイ・ハヴァ・バッド・フィーリング、いやーな予感がした。そしてやっぱり的中してしまった。 

 もちろん原作はライス・バロウズのデビュー作にして古今東西もっとも有名なサイファイ・ファンタジーのひとつである「火星のプリンセス」(A Princess of Mars、1912)。

 日本語版だけでも今まで20回近く翻訳出版されているみたい。そして、この物語のモチーフをパクった物語はそれこそ数知れず。ヴィデオ・ゲームで一番有名なのは「ウルティマ」のロード・ブリティッシュ、そして主人公アヴァターでしょうね。

 この作品から始まる「火星シリーズ」、あるいは「ジョン・カーター・シリーズ」は、個人的にどうしても好きでしょうがないというわけではないが、創元の新装版(合本版、1999-2002)が出るたびに集めて改めて読み直したくらいは好きでした。

Apom
 創元社がまたしても途中でくじけちゃったのではないか、と思われるくらい長い時間がかかった新装版シリーズ。

 これは、できればディズニーが手がけないでほしかったよ・・・。 

 結構隠秘でかつ、妖艶とまでいえそうな物語。武部本一郎画伯の日本語版表紙絵(上の合本版の表紙絵もそうである)につられて言っているのではなく、実際中身がそうだから。 

 ディズニーが原作無視のでたらめやっちゃったから不満なのではなく、そういうやらしい部分が全部削ぎ落とされてしまうだろうという諦観があたってしまったから。 

 むしろ(シリーズのいくつかのエピソードが混ざっているとはいえ)原作を比較的忠実になぞっている部分は多い。
 確かに、後に腐れ縁からカーターの大親友となるカントス・カンはさっぱり活躍しないし、ディズニーが追加した余計なメタ・プロット(なんでしょう、きっと、続編以降で使いまわす気でしょう)はあまりに陳腐ぽいのでうひゃひゃと思ったけど、そんな不満はマイナーだ。

 そうなると、デジャー・ソリス、姫おひとりで支えていただくしかないのだが。

 ・・・。 

 この女優さんはシェイクスピア系の人だそうだ。イメージとは違う・・・。
 どうしても「ハムナプトラ」(The Mummy、1999)あたりの印象になってしまう。ハムナプトラ・オン・マーズ。ジョン・カーペンターかっつの(Ghosts of Mars、2001)。

 相当な努力を強いられたが、私は映画の最後までには彼女のデジャーを無理やり好きになりました。きれいな人だし、でかくて豊満な体つきのようだし、それ自体は私の好みのストライクゾーンだし、陰秘なトーンの映画だったらぴったりなんだろうけどねー。 

 やっぱ原作のように、陰秘、陰惨、妖艶にして奇怪醜悪なイメージだからこそ、ジョンとデジャーのヴィクトリアン・ロマンスが逆に映えるわけなんで、ディズニーによって毒抜き、消毒された世界では、それじゃあ当たり前すぎてさっぱりです。

 ところで、映画ではどうして地球人である(あるいは、こっちのほうが重要なのかもしれないが地球で育った)ジョン・カーターが大跳躍力をはじめ、火星の生き物から見たら類まれなる身体能力を有しているか、特に説明がなされなかった気がするが、それだけ世界中の観客のサイファイ・リテラシーが向上してるということなのだろうか?(説明のシーンが実はあったことを見落としていたらごめん)
 

 原作でも、その身体能力がデジャーとのあっち関係ではどう反映されたのかは特に触れられていなかったし、っておいおい。まあ、彼の帰還を何年でも待っていたってことで表現されてるのかなあ。 

 CGもスタントも、ディズニーの大資金力を存分に活用した現在の最高水準の域なんだろうけど、もうそういう世界はみんなとっくに見飽きたので、大向こうをうならせることはできないだろう。
 3D化はあまりにおざなり、おそまつで必要ないくらい。 

 きっとシリーズ化するんだろうなあ。まずカーターは大元帥閣下にならんといかんし(「火星の大元帥カーター」(The Warlord of Mars、1913)、ディズニーのことだから「火星のチェス人間」(The Chessmen of Mars、1922)とかいかにもやりそう。「アリス・イン・ワンダーランド」(Alice in Wonderland、2010)あたりから連想。  

※ imdbによれば、すでに次回作"John Carter: Gods of Mars"が予定されているとのこと。原作では二冊目「火星の女神イサス」(Gods of Mars、1913)に相当する。

 映画本編とはまったく関係がないが、エンドロール前のクレジットで「ジョブズに捧げる」みたいなことが書いてあって、怒りがこみあげてきました。もちろんジョブズ(のピクサー)を窮地から救い上げたのがディズニーであるということ(そしてその流れでジョブズはディズニーの役員であったこと)は知っているが、「彼こそ創造力(あるいはイマジネーションだったかな)の権化」みたいなことが書いてあったことに腹を立て。

 ディズニーにしろジョブズにしろ、連中のコンテンツ管理の発想がある種のファシズムであることは、別に私が指摘しなくても誰でも言っている。

 ウォルト・ディズニーはなにしろ(アンタイ・セミティズムの関係から)第二次大戦開戦まではナチス・シンパであったし、死ぬまで性差別主義者、人種(黒人)差別主義者であった。
 それとはもちろん話のレベルがだいぶ違う(本当はあまり違わないのかもしれない)が、ジョブズがあらゆる面で「独裁者」であることはアップルの社員誰でもが口にする事実であった。

 んまあ、火星シリーズ自体が「君も独裁者になろう!」というお話であるのは間違いないんだけど。
 濁りの一切ない澄んだ清らかな水には生き物は住めないといいます。コンテンツ管理された、消毒済みの「クリーンな」火星のジョン・カーターてのは、どうなんだろうね。

 もし「イマジネーションの権化」というのであれば、エドガー・ライス・バロウズを言うべきでしょう。それであれば、もちろん文句なしです。

 

« 【DA2】The Silent Grove #6 | トップページ | いくつかの「軸」に関する記事。 »

ゲーム」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1586985/45126775

この記事へのトラックバック一覧です: ジョン・カーター・オヴ・ディズニー:

« 【DA2】The Silent Grove #6 | トップページ | いくつかの「軸」に関する記事。 »

2016年7月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31