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2012年6月18日 (月)

エヴリデイ♪ ヤングライフ♪

 
 ほんとに日常生活が、P4Gのように「朝」、「午前」、「放課後」とか一瞬で切り替わってほしいと思う今日この頃。
 とはいえ活動期である「放課後」と「夜」にめっちゃリアルの予定がはいりやがって、まとまった時間遊べるのは週末のみ。その週末にまで色々予定が押しかけてきている・・・。まあ、その点でもP4Gに似てるか。 
 
 PSVitaをネットワークにつなぐと「今自分の主人公が過ごそうとしているゲーム内日付・時間帯に他のプレイヤーは何をして過ごしたか」教えてくれる。どういうサンプリングをして表示しているか知らないけど、これが結構面白い。一種デモンズソウル、ダークソウルの非同期メッセージに通じる。ドラゴンズ・ドグマ(DD)のポーンの仕組みも生煮えとはいえ可能性は大きそうだし、こういう非同期の面白い試みはこれからもぜひ広がってほしいと思います。週末のみプレイヤーにとって非同期システムは大変ありがたいのだ(でも放置ゲームは嫌いだ)。

 一方で、リアルタイム・システムであるダンジョン内でのSOS発信は・・・。うーん、どうなんでしょ?
 当初ヘルプで駆けつけてくれる人が、誰も彼もみな「悠」君なのでのけぞったが、一瞬で理解した。アニメ版の主人公にはきちんと名前がついてんだね。 

 こっちのシステムはいまいちです。王と魔王とどうしたこうしたのユーザー同時クラフティングも人数なんて余り集まらなくて企画倒れでさっぱりダメだったし。あっちはあんまし数が売れていない+ネットに繋がない人が多いのが原因だったんだろうか。あれのDLCアリーナバトルにしたって、つい最近までこの週末プレイヤー、手なり凡プレイヤーである私ごときが成績上位にちゃっかり食い込んでいたことからみて、みんなまじめにやってねえな、と思った。世界を相手にしていたレッド・デッド・レデンプション(RDR)の成績なんてずーっと最下位のほうだったのに(笑)。

 「日本中のプレイヤーが協力してなんちゃらいうモンスターを10万匹倒そう!」とかいう、日本で50万本以上売れている「零式」の超簡単にクリアできそうな企画が達成できずにコケそうになったときも驚いたが、皆ネットにあまり繋がないんだねえ。DDだって「3万画像アップおめでとう!」って言ってるけどさ。日本で初週33万本売れたんだよ? 3万ってあまりに少なすぎ? PS3もネットに繋いでないんだろうか・・・?

 この間ブログにアップしてぶんなげたままのNew York Timesの記事にもありましたけど、世界のネットワーク最速都市の上位50のうち実に38都市が日本だそうだ。USは3都市。へぇー、インフラはてっきり負けてると思ったら半島国に勝っちゃったんだ(人口比率から見てもバカ勝ちだものね)。
 なのに、ハンドヘルド機周りのこのみっともない状況は一体なんだろう。Wi-Fiを目のかたきにしている行政に問題がある!とか簡単に切り捨てていいものだろうか。マイクロウェーヴ(電子レンジ)に問題がどうとか、この(かつては)技術立国(だった)日本で言うのはいい加減にしてほしい。つってる前に無線LANとWi-Fiの区別もついてない人もいる。
 うーん、結局キャリアー保護なんだろうかねえ。世界一ネットが早いけどコスト高くて管理が非効率なのかもしれない。

 ところで、P4Gに対する違和感が一個ある。
 ゲーム内のカレンダー、はじまりは2011年の4月なんだ。
 オリジナルP4ではどうだったんだろうか。調べたら同じだった。オリジナルでは「3年後の未来」である2011年4月。カレンダー中心のゲームだから変えるのは確かに大変だろうね。
 これはアトラス(今は社名違うか?)社内でもきっと議論になったんだと思うけど。2011年3月11日はいろいろな事柄に関する特異点、シンギュラリティであるから。
 つまりそれを考えた瞬間に、P4Gの物語の舞台はこの「日本」ではない、別な「日本」のお話になってしまう。
 2008年時点のデザイナー/プレイヤーたちが思っていた、やがて来る未来の2011年とは意味が違う。すでに確定した2011年があるのだが、それとは違う2011年なのだ。
 不可抗力とはいえ、そこがちょっと惜しい。
 いや、この(私たちがいる)日本には時価ネットとかないから、元々別な日本だろうって?

 それも含め、リメイクものを遊んでいてわかるのが、つくづくヴィデオゲームは旬に遊ばなきゃならんのだよなあ、ということ。
 ペルソナ・シリーズだけ例にとっても、それぞれの時代背景が映し出されているわけですよね。
 とりあえずメインのコンソール機、ハンドヘルド機のPRGだけ列記すると以下のとおり。
 (ご承知のとおりモバイル用、別ジャンルのマヨナカアリーナなど入れれば、シリーズはこれだけじゃない)
 
 1996 女神異聞録ペルソナ (PS、Win)
 1999 ペルソナ2 罪 (PS)
 2000 ペルソナ2 罰 (PS)
 2006 ペルソナ3 (PS2)
 2007 ペルソナ3フェス (PS2)
 2008 ペルソナ4 (PS2)
 2009 Persona (PSP)
 2009 ペルソナ3ポータブル (PSP)
 2011 PERSONA2 罪 (PSP)
 2012 PERSONA2 罰 (PSP)
 2012 ペルソナ4 ザ・ゴールデン (PSVita)

 でもシリーズの基底にあるのはユニヴァーサル(普遍的)なテーマだろ、というかも知れない。
 作り手も意識しているだろうし、プレイヤーでもしっかりと認識している人も多いだろうが、少なくとも上に列記した作品の根底に流れるのは、社会学で言う「郊外(化)」。それが隠しテーマ。隠してもいないか。
 P3Pは確かにずっと「ユニヴァーサル」寄りなテーマであった。中身はファンタジー・サイファイ定番の物語といってもいい。
 とはいえ、神は細部に宿ったりするんですよ?

 ちゅうか、コミックやRPGなどの物語の舞台が「とある中核都市」になったのっていつごろだっけ?
 こういう話って真剣に探せば誰かがまじめに研究してどこかに間違いなく書いているはずだが、少なくとも昭和アニメの多くは都心、都内住宅地が舞台であった。「女神転生」(1987-1997、派生作品は依然継続中)は誰でも知っているとおり、最初は新宿副都心が舞台であった。あと渋谷とか行ったんだっけ? 
 何時ごろなのかなあ。連想で浮かぶジョジョの世界の杜王町がちょっと微妙だよな。連載は1992-1995。ペルソナ・シリーズの前にあたる。
 モデルとなった仙台市は「とある地方中核都市」ではあったろうが、「郊外」と呼ぶには微妙な気がしないでもない。作者の「おらが街」であるし。
 
 P4Gのお話に戻せば、オリジナルP4もそうらしいんだけど舞台は地方中核都市ですらない、ほのぼのとした地方田舎町(前後脈絡から明らかに山梨県のどこかとわかる)。ところがそこでも大規模小売店舗法(大店法)の規制緩和の影響を受けている。郊外型メガストアが出店し、あおりをくらった地元商店街はなすすべもなくシャッター街への道を突き進むことを余儀なくされている、まさにその途上にある時代。

 大店法(1973年、翌年施行)は、一定売り場床面積以上の小売店舗の出店には、事実上地元の同意が必要であるという規制があって、とても厳しい運用がされていた。トイザらス一号店日本上陸でこの規制問題に火がつき、1990年には日米非関税障壁協議の一環でUS商務省から「規制を撤廃せんかい」と対応を突きつけられた。翌1991年に地元の出店同意が廃止となる。いわゆるバブル末期、日本の産業がバカ勝ちしすぎて、対外的には日本ベタオリの時代だ。

 その後、(今はなき)コダック対フジフィルムのWTOバトルなどもあって、1998年には売り場面積規制を撤廃する大規模小売店舗立地法(大店立地法)が制定される。これによって出店規制がほぼ取り払われた(大店法自体は2000年に廃止)。すなわち日本全国津々浦々シャッター街化の道が開かれた。
 余談であるが、余談でもないが、これを書いている2012年当時には、与党民主党(1998~)最高顧問・内閣副総理にジュネス、じゃねえやジャスコ(イオン)創業者一族の者が就任している。

 シャッター街は別段日本だけの問題ではない。USだってあの”エヴリデイ、ロウ・プライス”ウォルマート対”ジャスティス”サンデル教授の戦いという面白い(切実な)話題があったのだ。大規模小売店舗のためローカル・コミュニティが崩壊していくのはどこでも一緒。規制もあって日本はUSの少しあとから追いかけていただけ。

 P4オリジナルは2008年リリースであるから、企画段階から考えてもすでに「大店法」後の世界である。P3オリジナル(2006年)は舞台も大都市郊外の学園都市(私鉄沿線?)であり、まだ駅前地元商店街は健在であった。
 このシリーズのゲーム上「街の商店」の役割は非常に大きいのだが、何ゆえP4で舞台を地方の田舎に移し、さらにシャッター街問題まで背景に含めたのか。なにがきっかけなのかわからないけど、余りにセンスが良過ぎますよね・・・。 

 P3Pは、深夜日付が変わるときに訪れる「境界」のお話であった。この境界にはもっと深い意味があるんだけど。
 P4Gは、ペルソナ本来の意味に回帰したともいえる内面的な意識・無意識の間の境界(エゴ)を一方に、田舎町まで侵食している都市の境界(郊外化)を一方に据えているようだ。もちろん表面上のメインテーマもそうした境界線上で起きる不気味な変死事件だ。

 面白い物語にはだいたいこういう「境界」がどこかにあるという。そして都会からここに訪れたP4Gの主人公や友人は「マレビト」。シティ・ボーイたちとトモダチになるジモ(地元)の女の子達は彼らをマレビトとして、つまり一種の神、「来訪者」として歓待しているんです。さらに言えば、歓待する地元の女子連というのが現地のコミュニティとはあまりしっくり行っていない、仲間はずれの境界人である。
 これってもう、日本の民俗風習そのものじゃないですか? (いやいや、日本になんて限らないんですよ。ユニヴァーサル。)

 そしておこちゃま以外の皆様は当然気がついてますよね? このマレビト・境界人にかかわるお話は、とってもエッチなお話なんですね。だって、生物はできるだけ自分と異なる遺伝子を有する相手を求めるんだそうですよ? (おこちゃまはここのブログ読まないでくれ)

 これで面白くならないわけがない。ある意味ずるい。コケるはずもない王道なんです。

 ただし、2012年にこれを遊びなさいといわれてもしっくりこない感じがぬぐえない。

 ひとつには前述のとおり、大震災が確定した過去の出来事になっている2011年を知っているから。これは「別の日本の2011年」だ。
 それから、オリジナルのリリースからわずか4年経過しただけとはいえ、シャッター街問題はゲーム・デザイナー/ライターが考えていたよりずっと早く進んでしまっていると思われるから。ま、これは山梨県にヒアリングに行ったわけでもないけど、シャッター街自体がもう話題にもならない(普遍化してしまった)悲しい現実があるから。
 そして、その大規模店舗とも密接に関係するのだが、大型デジタルテレビが「過去のもの」だから。
 もっというとテレビそのものが「過去のもの」だから。テレビという「神話」も何重もの意味で終わってるから。
 
 もしかしたら(企画開発当時は)「もう都会の人、テレビなんてだれも見てないっしょ、つか持ってないっしょ、サッカーとかワンセグだし」という議論があって、ど田舎(失礼)に舞台を移したのかしら。
(田舎町のほうが余計なコンテンツを用意する必要が少なくて済む、などというくだらない理由ではないと思う)

 2008年当時ですら、ちょっとズレていそうな「テレビの中に飛び込む」という発想は、その時代(すでに終わった、終わりかけていた神話の時代)との微妙なズレさ加減がよかったんだろうか。

 2012年ではもうズレまくってしまって(神話は終わっていて)、何かの味わいが出たりはしない気がするんだけど。
 私がズレてるのか?

 ジャス・・・、もとい2011年のジュネスに並んでいる大画面デジタルテレビはどこ製なんだろうか。
 
 つことで、ずっとマヨナカ・テレビでよかったんだと思うけどねえ。いまやゴールデン・タイムですら二桁いかない、下手するとドラマですら3%とかだよ? 深夜番組と変わらんもの。

 

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コメント

 「テレビに入る」というコンセプトは、オリジナルの時点でも古いと思いましたね。でも、制作者の意図はそういうことじゃなかったみたいです。
 P4における「テレビ」という小道具の意味は、「テレビ番組」というよりは、「どこにあってもおかしくなく、注意を払わないもの」だと思います。つまり、神話崩壊後のテレビの存在そのものですね。ゲーム内で熱心にテレビを見てるのは小学生の菜々子くらいですしね。菜々子がチャンネル権を握ってますしw
 「終わったもの、旬を過ぎたもの」が物語のキーアイテムになる事って結構ありますよね。パッと思い付かないけど、最近だと「シュタインズゲート」とか。(vanityさんはやってないと思われますが…)

 しかし話は変わりますがP4Gはかなり力入れてますね。親会社が潰れそうなんで手を抜いてくるかと思ったら、良い意味で誤算でした。今の御時世、アトラスほどの制作会社でも、次の親会社の意向でソーシャルゲーを作らされる可能性はありますからね。比較的自由に作れる内に最高のものを作ってやるという鬼気迫るものを感じました。
 女神転生4のために3DS買わなきゃ。

 シュタゲ。遊んでるわけないやん、だってX360しかないやん、と書こうとして罠の予感がして調べたら、PS3も出たの? まぢかよ。ご指摘どおり遊んでません。X360しかないと思ってたからね。
 なるほど、オワコン(という表現は大嫌いだが)を逆手に取る趣向。うーん。P4Gもある意味、演歌、柔道、釣り、演劇、旅館、染物、ビフテキ、コロッケ! かなり意図的に(都会では)ずーっと前に終わってしまった「昭和」を描いているのですよねえ。
 昭和の男子は弁当なんて作らんし、家庭菜園などせんけどな、とかつっこみたくなるけど、実はこれもね。地方では成立する場合がある。たぶん私の感覚がズレているのだ。実はこういうのありなんだと確信もしてる。
 
 以前ラノベを生齧りしてわか(ったつもりにな)りましたが、旬を過ぎたネタを敢えて今更出すってのは、狙いとしてありますね。P4Gはおっさんが書いた精一杯のラノベなんかもしれない。  
 
 それからアトラスが命がけ、必死の件。同感です。P4G有り得ない位真剣ですよね。足元、日本のRPGのほぼトップに躍り出たと言っても過言ではないのではないか。
 もうすぐドラクエXにあっさりパスされるのか、そうではないのか、それは知らんけど。

 3DSも買うのかあ。うーん。次にWii U買ったら人間として終わりだと思ってるんだけどねえ・・・。
  

 P4Gプロデューサーのコメント。
http://p-atlus.jp/kouhou/2012/06/20/p4g_3.html
 やはり今となっては古いテーマではありますね。でも、田舎町を舞台にしたことで妙にしっくりくるところもあります。

 シュタゲはPSP版、iOS版も出てますよ。

 遅ればせながらWiiの「ゼノブレイド」を本体ごと借りてやってるんですが、すごいですよ。スクウェアは高橋氏を放出せずにこの路線でRPG作ってれば、JRPGが蔑称じゃなくて敬称になってたかもしんないですね。しかし、これだけの作品が20万本くらいしか売れてないというのが悲しすぎる。任天堂だから完成させられたが、Wiiでしか出なかったから売れなかった。任天堂の功罪ですね。

 リンク先読みました。

「ペルソナ4は、テレビ番組のデマ情報が何かと問題になっていた時期に、『情報を無防備に鵜呑みにしてしまうこと』の危険性を扱った作品です。ありふれたテーマかもしれないですが、だからこそ大事かな...と思いました」

 このように、プロデューサーご本人が言語レベルで伝えようとすると、あまりに陳腐でどーしようもないくだらないレベルの話になってしまう。
 でも完成品はそんなワイドショー的なレベルをはるかに超越したものになっているんですね。社会を、いや世界そのものを実感させる内容になった。
 無意識で根源的なテーマを扱ってるんですよ。言語で表現なんてできなくていいんです。だったらヴィデオゲームなんて作る意味すらない。
 
 ゼノブレイドの話題はやめてください(笑)。名作の誉れ高いということはとっくに承知しております。Wii Uを買ったらもうこっちの人生は終わるんです。
 過去記事にも書きましたがGameSpotの評価を読んで、読まなかったことにしようと心に決めているんです。

 The Last Story 9.0
 Xenoblade Chronicles 9.0

 任天堂の(昔からの)囲い込み政策がダメで、なぜAppleのそれは許容されるのか。理由なんかないんですね。しいて言えば勝ち負けはハードウェアの売り上げ依存でしかない。
 ダイア会、初心会なんて、もうみな知らねえんだろなあ。企画から流通までを完璧に掌握した任天堂は、かつて向かうところ敵なし、破竹の進軍だったんですよね。
 諸行無常ですねえ。

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