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2012年6月29日 (金)

シェパード、ジーザス説

 前回の続きみたいなもんですが、個人的には結構気に入っている説です。

 当然へヴィーなネタバレありますので、「続きを読む」の下。

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「なんと。奴め、本当にやりおった」
 

 あんた信じとらんかったんかい、とかつっこみつつ、このハケット提督のつぶやきには、すまん、さすがにちょっとジンときた。ECのマイ・フェイヴァリット・シーンだ。

 オリジナルでも気がつけばよかったんですが、今回Null値エンディング(シェパードがなにもしない、できない場合の新しいエンディング)が追加され、またキャタリスト(スターチャイルド)がくどいくらいリーパーズとの戦いの背景を説明してくれるので、思いつきました。

 またしても見田宗介流のサイクリックな時間とリニアな時間のお話だ。P4Gもこれで考えると面白いし、本当に使いまわしのいい説で重宝します。

 Null値エンディングが示すのは、気が遠くなるような長い時間の「サイクル」を果てしなく繰り替えす破滅と再生の物語。円環的(サイクリック)な繰り返しの物語ですね。

 実は、「赤」のエンディングもまた、このサイクルを本当に食い止めることはできないのではないか、という説が濃厚である。キャタリスト自身がそう警告していますし、またしても繰り返しになることを予期させる(仄めかす)「証拠」がありますよね。わかります? 

 そう、「深呼吸」シーンですね。あれは赤だけに存在する。

(今回もギリギリ5000ポイント以上ではじめてしまったので、それ未満の場合と比べられませんが、未満でも発現するとコメントいただいてましたね。なんでだろうね、って、マルチプレイを強要するかのように毎日ガシガシ減っていくあのポイント(レディネスだっけ?)5000を維持するのは大変。私はiOSのMass Effect放置ゲームをしばらく放置してしまったので、ギリギリであった) 

 つまり、Null値と「赤」は、リーパーズとの戦いは終わらない、これからもきっと繰り返されることを予感させるエンディングです。サイクリックな破局と再生。 

 一方で、「青」あるいは「緑」はどうでしょうか。

 どちらもシンセティックは滅ばない。それどころか、リーパーズの収奪のサイクルは、シェパードの活躍したこのサイクルを最後に、二度と起きないと予感させる。

 サイクリックな時間は断ち切られ、ここで銀河は初めてリニアな時間を迎えることになります。「青」や「緑」の未来は、いったいどんなものになるのかわからないが、少なくとも過去とはちがう。銀河は円環の呪縛から解き放たれた、いいように解釈すれば、誰かから「与えられた」未来ではなく、オーガニックが(あるいはシンセティックも含め)「選んだ」未来といえる。 

 ECでは、銀河連合艦隊は全滅したわけではなく、マスリレーが再起不能と決まったわけでもなく、各種族の母星系には復旧・復興の糸口があるかのようなシーンも示されていますから、「青」、「緑」はオリジナルのそれらと比較しても、なにやらハッピー・エンディングのようにも考えられます。もちろんシェパードは(少なくとも肉体を有する存在としては)帰らぬヒューマンになってしまったわけですが。 

 サイクリックな破局と再生の物語と聞けば、誰もが想起するのが「ノアの方舟」伝説。それに代表されるように、古い神話の類型なのだそうです。

 そして世界各地に普通に見られるものであり、カレンダーが2012年までしかないので世界はその年に破局を迎えるのではないかとオカルト方面から騒がれたマヤ文明ですら、別にそこで世界が破局を向かえるなんて考えていた証拠はない。単にあの文明のカレンダーが期限切れになって使えなくなるというだけの話であったそうだ。もしマヤ文明が、まさに2012年を迎えた今日まで続いていたのであれば、単純にカレンダーを更新していただけの話だ。

 仏教的な輪廻転生の発想にしても、裁き(あちらでは神を規定していないのでそうは呼ばれなく、循環システムのメカニズムは「因果」なのですが)は何度も繰り返し下されているわけです。 

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 Null値エンディングが見せ付けるのは、サイクリックな時間感覚。進歩主義が骨の髄まで染み込んだわれわれ現代人にとっては、けだるい無力感、諦めを感じさせるシーンかな。

 各地の文明がサイクリックな時間感覚をごく自然に抱いていた、それが主流であった時代に、リニアな(後戻りしない)時間感覚を持ち込んだのは、ジーザスの信者たちである。

 ジーザスの信者たちの教えでいう「最後の審判の日」(doomsday)は一回こっきり。そこでこの世は終わり、ジーザスが再臨(advent)して、死者も含めたすべての人類を蘇らせ、最後の神の裁きを受けさせる。神の裁きはずっと続いてきたのだが、今度こそ本当の「最後」であり、後戻りも繰り返しもない、という意味だ。

 旧来の宗教のごく自然な発想であった、何度も繰り返されてきた破局(神の裁き)をここで否定して、一回こっきりの二度とやり直しのできない審判を下す。この世界の時間に「終点」を与えたことになるわけで、終点があるということは時間はサイクリックではなくなった、リニアになった、始点(もちろん神がこの世界を創造した日だ)と終点のある「線分」になったってことですね。

 そう考えれば、Mass Effectシリーズのシェパードは、「青」または「緑」のエンディングを選んだ場合に、サイクリックな時間を断ち切ってリニアな線分の時間を持ち込むジーザスの役割を担っている。
 それが開発サイドの意図したものかどうかわかりません。

 ただし、(テクノロジカル)シンギュラリティ(簡単な説明は、このブログの前記事参照)のテーマは、(一神教でいう)神に関する議論になっていくのは避けられない。(その時点での)人類の知性を超えた存在(あるいはシンセティック)が生まれる、というのだから、その存在が何を考えているかすら、もはや人類(あるいはオーガニック)には理解できない。その点で(一神教でいう)神となんら変わらない。 

 現に、リーパーズ(そしてキャタリスト)を創造した存在は、自ら望みもしなかったのに、一番最初に取り込まれてリーパーズとなってしまうわけですから。

 よって、シンギュラリティをテーマにしてリーパーズとの戦いを描いたMass Effectシリーズのシェパードの物語は、必然的にジーザスの物語に似てくるだけなのかもしれない。 

 

 ま、たあいもないお遊びではありますが、他にも関連しそうな点を指摘しておこう。 

 ジーザスは、パリサイ人などの当時の宗教的主流派、いわゆる律法派を目の敵にし、また同様に相手からも目の敵にされた。 
 シェパードの警告は、当時の指導者であるシタデルのカウンシルから徹底的に無視された。 

 ジーザスは磔刑の三日後、リザレクション(resurrection、復活)した。
 シェパードもまたMass Effect 2の冒頭シーンでリザレクションした。

 ジーザスの最後の晩餐に同席した使徒は12人であった。
 Mass Effect 2のスーサイド・ミッションに付き従うクルーは12人じゃなかったか。なんでもこじつけていくとオカルトと変わらんけどな。

 もちろん、シェパードとジーザスには似ても似つかない重大な点があるだろうという指摘もありそうだ。 

 ジーザスは、神であり、かつ人である。
 シェパードは、ただのヒューマンである。

 そうだっけ? 蘇生後はシンセティックでもあり、オーガニックでもあるんじゃなかったっけ? 両者とも相反する(矛盾する)二面性を同時に有しているという類似性を指摘するのはこじつけだろうか。 

 ジーザスは、すべての人類の身代わりとして磔刑(たっけい)に処された。だがそれによってすべての人類は贖罪された。
 「青」または「緑」のエンディングでは、シェパードが自らを滅ぼすことによって、すべてのオーガニックとシンセティックが破局を免れる。 

 ジーザスの言動から、キリスト教を興したのはもちろんジーザス本人ではない。(13人目の使徒とも言われる)パウロ他原初キリスト教の信者たちだ。

 だから、もしかしたら「青」、「緑」のエンディングの場合、後世のものたちはシェパードをジーザスのような立場に崇め奉ることが、あるのかもしれません。
 あんまし面白そうなお話にはならないだろうけどねえ・・・。

 その場合はMass Effect 3のヴェガあたりが、パウロ役なのかな。  

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