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2012年9月

2012年9月30日 (日)

【DA3】お客さまはネ(略)さまです?!

 先の記事で「物語から親の姿を消し去るのは容易なこと」という話がありました。

 そういったことに気がついたのは昔、確かアニメ「スラムダンク」を観ていたときかな。

 あそこでは、よその家庭でもあまり(ほとんど)親が出てこないが、主人公の家庭も一箇所だけ、父親が倒れた?ところでしか登場しない。しかも顔は出なかったはず。

 逆にその「倒れた父親」のシーンで、あの物語は(兄妹の関係にある登場人物などは別にして)「家族」をきれいに除いて構成されていることに気がついた。

 そういう目でアニメやドラマなどを見始めると、ある時期から「家族不在」の物語が支配的になってくることがわかる。いつ頃からか、それはなぜか、そういう考察は陳腐な結論に向かって爆走するしかないので省略します。皆様お気づきのとおりです。

(もちろんコミックは作者自身の志向性によって表現が違ってくるものですから、作品で濃淡はありますが、「家族不在」は流れとして間違いなくある)

 かつては若いカップルだけで一つ屋根の下で長期間一緒に暮らす、という物語は「ありえない世界」、「異常事態」、「ファンタジー」、ぶっちゃけ「妄想」であったわけで、せめて「全寮制」などの設定を持ち込まないとリアリティはなかった。

 「エヴァ」の世界(両親というテーマががんがん前面に出てくる一方で、保護者つきだが男女一つ屋根の下に住む)が過渡的な存在としてあって、今だと「Fate/Stay Night」などはこの世界の一種の完成形でしょうね。

 もちろん今だってリアルではそういう状況はめったにないでしょうが、物語世界では若い男女がふたり(付録ありの場合も含め)で暮らすのは「もはや普通の、むしろ陳腐な設定」になった。
 (「ソードアート・オンライン」ではヴァーチャル・リアリティで実現しているという風に、作者側に「照れくささ」があるほうがまだ受けるようだが)

 その「普通の陳腐な設定」を、リアルで実現しようとしたカップルの忌まわしい親族殺人事件について大澤真幸氏が書いていたが、どっぷり気分が暗くなるので紹介するのはやめましょうね。

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http://social.bioware.com/forum/1/topic/371/index/14286782&lf=8

 さて、"dead mom"のスレッドから、今度は「BioWareはファンを大事にするべきだ」スレッド。

 OPの主張は、BSNで声をあげるファンはあくまでファンなのだからBioWare大切に扱え、というものである。BioWareはん、この頃つれなく、皮肉っぽく、辛辣で、無視しはるし、うちらのことがきらいにならはったのどすか?

 先の"dead mom"スレッドのゲイダーさんの皮肉めいたコメント群が念頭にあるようだが、あちらの話はすでに決着していたはずである。

(ゲイダーなら、ぶしつけな発言について、dead momスレッドでOPに謝っていたよ)

"そして、OPひとりに対するレスではなく、だいたい2ページ分のスレッド全部に対するレスであるとも断ってあったはずだ。彼女は個人的レスだと受け取ったようでそこに行き違いがあった。私が無神経なやつだと思わせる意図なんてなかったんだよな。でもこういうフォーラムに登場する開発者は、ある種の「無神経さ」を持ち合わせてなくてはいけない、なんて思うこともよくあるよ。あるいは魂そのものの欠如が必要か。どちらでも好きなのを選んでくれ(ウインク)"

(BioWareのやっていることがもう自分の好みに合わなくなったのなら、世の中の他のことでお好みのものでも探したらどうだ。世界の創造は創造主にまかせようぜ)

"君の言っている意味はわかるが、謹んで反論申し上げる。ある点までは、君の言うとおりだ。もし誰かがわれわれが今作っているようなゲーム、われわれの書いているストーリーを(以前は好きだったが)あまり好きでなくなったとしたら、その時点で自分の好きなものに興味を移すべきだろう。 

 しかし「そのまま飲み込め、好きになれ」という態度を今まで容認してきたことも、これからすることもない。そんなことを許したらファンと交流しているなんてとても言えない。そんな態度ならME3のExtended  Cutのようなものを作ることにはならなかった。あのECはわれわれの創作物を守ろうとしたあげく作ることになったものだ。われわれがどうしてそんなことをするかと言えば、それらのゲームはわれわれの創作物であるからだ。

 そして同時に作品はファンのものでもあると言いたい。われわれの作った世界に没頭してもらいたいと思ってファンを招待しているわけだから。われわれにとって都合のいいようにファンを無視し、ファンは自分たちの都合がいいようにわれわれを無視するとしたら、お互い不遜な態度を続けているだけだ。理想的なのは、われわれが望むものを作ることと、ここで礼儀正しく提供されたファンの声をできるだけ聴くこと、その両方を満足させる際どい線上をうまく歩くことだろう。

(ME1のMakoを使うミッションは多くの者が嫌ったので、ME2では廃止された。それだけが(BioWareの)過剰反応の例でもない)

"フォーラムで不満の声が上がったものが変更されたからと言って、フォーラムの不満の声のみの力でそうなったと思いこむのは注意したほうがいい。それはめったにない。ファンと同じくらいMakoミッションを嫌いな開発者がいたら、自分がなぜ嫌いなのか、その理由をハッキリ認識できるはずだからだ。

 実際、開発者の誰もが支持しない内容の変更がもたらされることはめったにない。開発者みんなの意見がいつも合意に達するわけではないが、ほかの誰かが望むことだけに基づいて決定するなら、ひどいお粗末なやり方と言うしかないね"

(誰も開発者たちの態度を「好き」になれなんて言っていない。だがうまく「付き合う」ことはできる。合理的かつ理性的な方法で)

"ファンは資格(entitlement)の話になるととたんにタッチーになりがち(ピリピリしがち)だ。おそらくその話題がネガティヴな含意とともに持ち出されるとき、どんなことにでも当てはまるように解釈してしまうからだろう。実際そうかもしれないが、しかし、それはすべて個人の行動に拠るのだ。

 自分には、とても気に入って没頭してる作品に対する危惧や意見を表明する「資格」があると感じることがひとつある。その没頭ゆえに、その作品が自分が望むようにあるべきだと指図できる「資格」があると思いこむこととはまったく別のことだ。他の色々なことと同様に一般にはそれは良いことなんだが、やはり行き過ぎの危険がある。

 個人的には、よく考え抜かれた節度あるポストにはもっと頻繁にレスできればいいと思っている。私は「それはいいアイデアだ!」というだけのようなコメントは陳腐だったり誠実ぶっているだけだと考えがちであり、もっと多くのポストに同じようなコメントをよこせという要求が増えるだけで、群集整理が必要になってしまうと思っている。よく考え抜かれたポストはたまたまそれを読んだ開発者を説得するのにより効果的であると思うし、たとえわれわれが本来書き込むべきかもしれない量より少ないコメントしか書き込んでいないとしても、それが効果的だという事実が変わることはない"

 そんなことはみんなわかっているはずだと思うかもしれないが、ここで支配的なのは、大声で耳障りなほうが、実際には誰かの心を変えることができないにもかかわらず、自分の望むものを手に入れることができると考えている意見なのだ。「ファンの態度がぶしつけで、聞くに堪えない不愉快な声があがっている。そんなファンのみんなを幸せにするため、彼らの要求しているようなゲームを作らなくちゃ」と考える開発者なんていないと思うのだが、ファンの中にはどうやらそれを期待している者がいるようだ。

 たぶん、たまにその怒号だけのおかげで何かを手に入れることができた、そういう風に感じられる局面があったから、怒号が何かをもたらすという発想が強化されたのだろうか。だとしたら気の毒なことだ。 

 個人的には、ここの開発者の誰もがフォーラムの議論の質のレヴェルを上げてくれるポストを歓迎しているのは間違いないと思っている。特定のポスターのアイデアに感銘を受けて会話をすることだってある(その後同じ人のポストには特に注意を払っていることだってある)。だからみんなは、自分のリーズナブルな意見がフォーラムのいつものゴタゴタした喧騒に埋もれて無視されてしまうのではないかと心配するべきではない。

 埋もれる可能性がないとは言ってないが。われわれだって、全部を読むなんてどの道無理なんだから"

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 ME3のECこそ、「たまにその怒号だけのおかげで何かを手に入れることができた、そういう風に感じられる局面」であったのではないでしょうか。

 実際にはゲイダーさんが言っているように、ファンの怒号だけではECは生まれなかった。ケーシーはじめ開発陣と責任者であるムジカ氏の決断が(正しかったのかどうかはともかく)必要であった。

 でも客観的に見てECが「怒号の中で実現された」のは事実だ。「怒号」と「実現」の間になんら関係がないとしても、無関係だと冷静に考えることは、その事態に没頭してる人ほど難しい。

 ゲイダーさんの言葉を借りれば、「その上をうまく歩くべき細いギリギリの一線」を踏み外しちゃったという懸念は拭い去れないのです。

【DA3】トロウプ、ありがちな展開

 タイトルとエンジンしか発表されていないのに、BSNのDragon Age 3のスレッドは、わけわからない数になってきている。もっとも、コメントを書いているのはかなりの部分「常連さん」に偏っている。

 全部眺めるなんて不可能なので、ゲイダーさんが登場するスレッドだけピックアップしているのですが、ポスターたちには全部のスレッドに目を通している者も多いらしく、あるスレッドは過去のスレッドのネタを引用していたりして、オリジナル・スレッドを探すのも一苦労である。

 つまり、このブログ記事はまだ本題の「前処理」、「前段」、「序」、「助走」にあたる部分である。

 「死んだ母親のプロットはもうたくさん」というスレッドから。別名"dead mom"スレッド。

http://social.bioware.com/forum/1/topic/371/index/14241265&lf=8 

 DA2のことだけを言っているのかと思ったら、DAOのオリジンストーリーでも、親が死んでしまうケースが多数であると主張している。本当だろうか?
 もしかしたらCODEXを丹念に読めば記述があるのかもしれないが、それは時間がたっぷりあるときのために後回し。作中でわかる範囲で、記憶に頼ってリストアップしてみよう。 

ヒューマン・ノーブル: 兄嫁、甥が非業の死を遂げ、その他屋敷の多くの者が殺される。母親は瀕死の重症を負った父親のそばを離れない決心をする。おそらくあの後死んでしまったのだろう。主人公と犬だけがグレイ・ウォーデン・コマンダー(ダンカン)とともに脱出。

シティ・エルフ: 父親がやもめ。母親は早くに亡くしたことになっているが、実はオリジンから数年前の物語であるDLC「レリアナズ・ソング」に奴隷の身として登場する(オリジンの時点では生きていないのだろうか)。
 集団結婚式の花嫁のひとりと、それから主人公女性の場合、花婿が殺される。

タワー・メイジ: 幼少の頃メイジの素養を見出された主人公は、両親から引き離されてタワーで生活している。よって最初から消息不明かな。

デーリッシュ・エルフ: 両親のことは確かメンションされてませんね。デーリッシュの社会では、「親子」という点を強調する話がそもそもあまりない。キーパーを中心として構成される部族(あるいはハンター、メイジなどの役割で分かれた小集団)が家族に優先する社会かな。
 幼馴染の青年が行方不明となる。ブライトにテイントされてしまった主人公を、ダンカンが珍しく「慈悲」の心でリクルート。

ドワーフ・コモナー: 父親はいない(誰かもわからないのだろう)。母親は(おそらく娼婦だったのだが)重度のアル中となってしまっている。犯罪組織のボスを始末するが、ここでは珍しく身内に手が及ばない(身体的苦痛を味あわない、という意味だけである)。

ドワーフ・ノーブル: 母親はすでにいない。長兄が策略で惨殺され、主人公がその濡れ衣を着る。父親は息子をいっぺんにふたり喪った衝撃で病床に伏す。後にそのまま他界してしまったことがわかる。

 む、言われてみれば確かに。親族、友人を喪う話は悲劇の「定番」とはいえ、ちょっと多いな。

 OPは、DAIIIではぜひ避けてほしいと嘆願する。

 ゲイダーさん登場。

"よし、わかった。合点承知だ。

 メモ:次回は母親を一人じゃなくて二人殺そう。ありがちな展開を避けること"

 これによって、「レズビアンの両親のことを言っているのか」などと、話がずれてしまうのですが。

"レズビアンかどうか? そんなことはわからないが、言いたいことは、両親は(物語に登場する場合に死亡率が高い)危険な職業なんだよ。性的嗜好は関係ない"

(気にするな、デヴィッド。謝罪する必要はないよ。両親について書くのは大変だし、「物語の見地から」親を追い出してしまうのは容易なことだ)

"なるほど。許しをもらったことに感謝するよ" 

(良い書き手は、登場人物全部に気を配る。でも確かに、ある場面が受け手に対してある種の感情をかきたてることになるんだろうなと気がついたとき、なんと言えばいいのか、「歓喜」(glee)とは呼びたくはないが、そういう気持ちを抱くことは間違いなくある)

"「歓喜」ってのはいいね。

 そうだとしても、どうしてみんなわれわれが同じ物語要素を繰り返し用いるという前提を置くのか不思議だ。そう、「英雄の旅」の物語からは両親が姿を消しがちであるのは確かだが、ライターのわれわれだって同じところばかり殴り続けてそこがボロボロになったら、ほかの体の部位を殴るようにするよ。だから「同じ話ばかり書かないでくれ」という要望はだいたい「・・・いいよ?」という答えしか引き出さない。
 「もう腹を殴らないでくれ」といわれたら、われわれは今度は「わかったよ、おばかさん」と言って頭を軽く叩くわけだ"

(腹を殴る必要ができたら、もうちょっと頭を使ってほしい。レリアナの死は頭を使ってなかった結果だ。殺し屋が彼女(母親)を思い通りにできる夜まで待つべきだとのボウダンの発言は間抜けすぎる。デュプイの元に向かうほうがずっと賢い。だがどうやってもいつも「手遅れ」なタイミングでしか現場に到着しないことになったのは利口とはいえないし、良い書き物でもない。
 あれはBioWareに対して怒りを抱くしかない、悲しみすら呼ばない無意味で愚かな種類の暴力だ)

"フィードバックをありがとう。次回は、露骨に愚かなものを書くのはできるだけやめるようにしよう。「やることリスト」に書いておく"

(和解があったらいいと思う。それか幸福な家庭。ヴァラエティ。その全部とか)

"そうね、ヴァラエティはいいね。君の腹はもう痛みでいっぱいだろうから、今度は肩に・・・"

(子猫には手を出さないで!)

"子猫一匹くらいは殺すかも・・・、それで君は、トラウマを負ったその子の兄弟を育てるんだ。その子猫が将来バットマンになる。復讐を心に秘めて" 

(言いにくいけど、主人公とその家族に関することなんて、一年くらい前にはもう決まっているのではないのかな)

"そのとおり。われわれが変更できないからじゃなく、物語の根底にかかわる部分があれば、変えたくても簡単にはいかなくなるから"

(でもその一方で、ポップコーンを抱えてBSNの議論を見物しておこう。一部の人はBioWareはまだストーリーを書いていなくて、ファンが何を書けばいいか教えてくれるのを待ってると思っているようだから)

"BSNを読むといつもそんな感じがするね。手にメモ帳を持って、ファンの指図を待っている。それはファンの声を「聴いている」ことにはならない。明らかにぜんぜん違うんだが、そう思われているようだ"

(結局、DA3のようなゲームの開発プロセスには透明性がないからだろう。フィードバックを聴くといいながら、DA3に関することについてうんともすんとも言わない。だから今ゲーム開発がどの局面にあるか何の手がかりもなく、その局面はどういうものかも知らない)

"どれだけ透明性を求めるかによる。開発者ダイアリーくらいのものであれば、可能だ。だが、もちろん何か見せるものができたらの話だ。この方針はしつこく繰り返すし、われわれが何か見せることができるまで、対話の量は限られている。

 われわれが考えていることについての透明性をいっているのであれば、カットや変更があるから、逐一情報をアップデートしなければならなくなる。それはありえないだろう。DA2リリース以降の一年以上にわたってフィードバックを収集し、われわれの決定に多くの影響を与えてきた。つまり多くの決定がすでになされたのだ。まだ変更が可能ではあるが、根本的な部分の変更はどうだろうか。DA2だけを念頭に置いた憶測(スペキュレーション)や思い込み(アサンプション)に多くを拠ったフィードバックを聴いて欲しいとねだっても、何の意味もないよ。 

 だから見せるものができるまで、我慢が肝心だ。それが難しいならフォーラムからしばらく離れるべきだ。それすら難しいなら、突拍子もない憶測を許容しなくちゃならない。だが、そういう憶測にわれわれが重きを置いているとは考えないことだ"

(ここでOPが再登場: ゲイダーさん、一言言わせてください。OPである私がこのスレッドを作った狙いはあなたたちを侮辱するためではありません。私の意見を行儀よく、上品に表明しただけです。どんな批判も簡単に一線を越えて辛辣になってしまうし、インターネットでは特にそうです。だから私の意見を読んで楽しいわけはないのでしょう。そのことは心から謝ります)

"謝る必要なんてないよ。侮蔑されたなんて思っていない。むしろ、君だけじゃなくこれまでも何度となく出されてきた「ありがちな展開の多用」(the overused trope)への批判コメントにちょっとふざけてみたくなって反応したんだ。われわれはあるタイトルから次のタイトルに移るときゲーム内容を変更することが多いので、特定要素がまったく繰り返されないとか、これまでに比べて突然重要な(重要じゃない)要素になるとか、そういうことは完璧に可能だ。

 また、われわれが書くどんなことでも、受け手の誰かの個人的琴線に触れてしまうことがありうる。たとえば親の死であるとか、病気の友人の死であるとか(MEのテインのこと)、その他もろもろ。その喪失には同情するが、受け手の感受性に考慮してそういった話題を避けることはできないことを理解して欲しい。そうでなければ、すべて避けなければならなくなるわけだから。

 もしかして、私のおふざけが理解しにくいという意味なら、それはわかるよ!(point taken!) 気に触ったら済まんね。 自分で時たまやってそうだと思うんだが、ここの膨大な量のコメントを読むときは皮肉っぽい態度を保つようにしている。私が誰かに直接反応するときには、あるひとつのコメントではなくて、集合的なコメント全体に反応することにしている(だからここでの最初のレスは、二ページ分のコメント・スレッドへの反応ということになっているのだが、それが実際にはどう解釈されているかも予想がつくけどね)"

********** 

 皮肉が通じにくいってことはあるんでしょうね。ゲイダーさんのコメントはほとんどが皮肉なんだけどなあ。 

 DA2のリアンドラのくだりは、やはり怒っている人がいるようですね。

 私もDA2はマップ使いまわしの問題を除けば、あそこが納得いかない。上で指摘しているとおりだ。「悲しみ」など生まれず、「怒り」しかこみ上げてこない。

 弟、妹(順序は違う場合もある)、母親と喪っていくことがあるわけで、ホークの物語は、「獲得(立身出世)」と「喪失」が裏腹であるという物語でもあるわけだから、実際にはあの展開は最初から意図したものであったのでしょう。

 そうであるとはわかっていても、あまりに露骨な展開だとの印象は拭い去れませんね。

 ○F7のあの問題と同じ。MEのヴァーミア問題と同じ。

 「そのほうが感動的だから」登場人物を殺すのは、手塚治虫氏が多用した手口だが、その手の内はもうばれているんですね。

 正直もういいよって感じですが、さすがに繰り返すことはしないんだろうな。

2012年9月29日 (土)

記事数を水増しするんじゃない。

 または、「日本発あほなもの」。

 先のTorchlight IIの記事は、四倍くらいの長さのものをカットした。 

 他愛もないくだらないことがいっぱい書いてあって自分で恥ずかしくなったのもあるが、ちょっとうずもれるのは惜しいネタもあった(前の記事だって他愛もなくくだらないじゃないか、という指摘があるかもしれない)。

 文脈としては、「完成された『レシピ』はこのように模倣に非常に弱い」ってところに続くのかな。それも今思いついたのですが。

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 とかく「わけのわからないもの」を創りたがる日本人の文化にはあまり心配していない。なによりMSほど遊ぶ金のない任天堂もSonyも、諸行無常の世界観は十分心得ているはずだ。(もちろんMSだって、高い企業価値に見合った高レベルの投資リターンという重責を負っている)

 ネットワーク周りで見れば、依然としてインターネット・サーヴァー群の巨大インフラに負っているAAAタイトルやMMOとは違って、「アドホック」は今や普通のことになっちゃったが、「すれちがい」はやっぱ不思議な発想だし、「デモンズソウル」の「他プレイヤーの伝言」の発想には正直ぶっとんだし、「ドラゴンズドグマ」の「ポーン」制度は大化けするかもしれない。

 いずれも、なんだか「こちゃこちゃ」していて「よそよそしい」のがあまりに日本的。だからガラパゴス諸島でしか通用しない、かどうかもわからないよ? 先日もTVで、「アニソンが南米で盛り上がりすぎ」という話をやっていたけど、何がどう転ぶかわからないよね。

 他にも私はネットの記事で読み、画像を眺めるだけだが「あほやなあ・・・」としか言いようのないゲームを至極まじめに創ってる人たちがたくさんいる。古くは「アダルトゲーム」はその最たるものであった。恋愛ゲームとかやっぱ「あほ」だったんですよ。いまの「アイドルなんちゃら」もキャバクラ・ゲーもそうだけどね。高度なモーション・キャプチャー技術を駆使して、「プリキュア」OP/EDのCG作っちゃうんだもん。初めて観たときは腰を抜かしました。しかもその出来が抜群にいいというのが・・・。

 ゲームに限らず「日本発あほなもの」は世界中のギーク(オタク)の注目の的だそうだ。
 こんなこと、あんまりダラダラ書いているとイグ・ノーベル賞(受賞者には日本人が常連、「たまごっち」も受賞)のあのジャマー・デヴァイスで「黙れ!」とか撃たれそうだけどな(笑)。

 そう書いて、あんまし面白くないよなと。実例に乏しいしとボツにしようと思ってたのだが、この「あほやなあ」な3DSゲームをIGNで見かけて驚いた。そして実例として使えると思った。 

 http://www.ign.com/videos/2012/09/11/code-of-princess-versus-trailer

 "Code of  Princess"、邦題はなんじゃろう。なんだ一緒か。日本じゃもうとっくに出ていたのか。 

 IGNのユーザー・コメントが面白い。この種のゲームのコメントで必ず出てくる「日本じゃ、女性の肌は鋼鉄より硬い」とか、「もっと薄着のアーマーはないのか」(ないだろう!)ってやつはいいとして、「もう日本製ゲームを理解しようとするのは諦めた」という声がいい(笑)。理解しなくていい、これは。だって私にだってわからんもの。

 結局絵描きさんのイラストから生まれた期待だけ大きくて、ゲームはあまり話題にならなかったみたい。

 そもそも、どうして今このとき出す必要があったのか、まったくわからない。3DSがなぜ必要なのかもわからないし。

 でも「わけわからん」ものは強いですよね。なにしろ誰も真似する気が起きない。理解できないものは真似できない。

 「儲かってないから何やってもいいんだ」(by高信太郎)は真実だよなあ。

 

 絶対英語版になりそうにない? TGSのゲーム群(笑)。

http://www.gamespot.com/events/tgs-2012/video.html?sid=6397032

 「すばらしきこのせかい」(The World Ends with You)がやばそうですね。

Torchlight II、破壊的イノヴェーションになりうるか。

 Torchlight IIをしばらくプレイして。

 Diablo IIIも、中盤くらいまでで、まだクリアしていない。
 
 両者ともストーリー性には特に「売り」がないという前提で話をします。前者はまだプレイ10時間以内、つまみ食い程度なんで、エンディングを見なくても何か言いたい、その言い訳。

 ビジネス書籍を薦めてくれといわれたら、「ドラッカーをちゃんと読もう、以上」で済ませてもいいのいだけど。
 「歎異抄」しか読まずに仏教を語ってるみたいに思われるとシャクなんで(いや、それで十分という説もある)色々紹介はします。

 なんでもありのダボハゼ主義の私でも、なかなか万人に勧めにくい名著がある。
 しばらく前に出た、クレイトン・クリスチャンセンの著作で、邦題は「イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき」(2001)というもの。原題は"The Innovator's Dilemma"。(1997)

 Amazon.co.jpの惹句。

「顧客の意見に熱心に耳を傾け、新技術への投資を積極的に行い、常に高品質の製品やサービスを提供している業界トップの優良企業。ところが、その優れた経営のために失敗を招き、トップの地位を失ってしまう――」

 ハーヴァード・ビジネス・スクール教授の著書であるが、アメリカ市場のハードディスク・ドライヴ(HDD)の広告をつぶさに調べ上げ、業界の価格破壊、テクノロジーの世代交代、そして業界大手の「滅び」がいかにして進行していったかを丹念になぞった調査論文(こちらは著作から先行してハーヴァード・ビジネス・レヴュー(HBR)に掲載されていたはず)に基づく、きわめてオタクな、オタク経営学のはしり的研究。

 ところがこれは、なかなかすんなり腑に落ちない議論なんですよね。当時(10年以上前かあ)、この手の本が好きなおっさんたちにも「なんだかよくわからんな」という人が結構いた。言ってしまえば、そういうおっさんたちが大手企業(あるいは事業)を滅ぼしていった(座して死を待つばかりに追いやった)のが今の日本で「やばい」と言われている一部企業の姿でしょうかね。お、時期的に喪われたなんとかに合致するかな。
(逆にAmazon.co.jpでレヴュアーが絶賛しているのが不思議なのだが、わざわざ評価・レヴューなど載せるのは世代も志向も偏った人たちであると理解すればいいんだろうか)

 つまり、「滅び」は身中にビルドインされている。勝者は勝者であるが故に滅ぶ。盛者必衰、諸行無常の響きあり。

 続編である"The Innovator's Solution" 「イノベーションへの解、利益ある成長に向けて」(どちらも2003)のほうがとっつきやすいという説もあるそうなので紹介しておく。

 原本が手元にないのでWikipedia(en)を参照すると、論旨はこうだ。一旦成功した大手企業(その製品、事業)は「既存顧客ニーズのあまりに過度な重視」によって、「顧客の語らないニーズ、または将来ニーズの軽視」という態度が生まれる。著者は後者のニーズを実現するイノヴェーションを「破壊的イノヴェーション」(disruptive innovation)と呼び、それはまず主流市場(セグメント)とは異なる目的・用途を求める新しい顧客層の市場で成立し、やがて価格破壊をもたらしつつ主流市場を席巻するとしている。実際、「主役」が目まぐるしく交代することとなったHDD市場は見事なまでにこの繰り返しであった。

 
 これが正しいとすると、例えば「モバゲー、スマホゲーは『ゲーム』じゃない、既存ゲーマーとはまったく異なる人々の時間つぶしの嗜みである、ゆえにコア・ゲーム商売には影響は少ない」という説がもろくも崩れ去りかねない。TGS2012では40%がスマホゲーなどの、いわゆるノン・コアゲームの出展であったそうだ。品揃えを眺めると、まだコアゲーム・サイド(いわゆる「主流」ゲーム)もかなり善戦はしているようだが、生き残っているメーカーの数がどんどん減っている気がする。すでに死傷者が出まくってるのかもしれない。

 任天堂がやばい、Sonyがやばいと日本のメディアが嬉しそうに騒いでいるのもあながち根拠なしでもない(どこまで考えて言っているのかは不明だが)。3DSにしろ、Vitaにしろデヴァイス・メーカーとして「イノヴェーション」を生もうという試みであることには違いないのだが、いかんせん「破壊的なイノヴェーション」ではないところが味噌。

 新型の価格は旧型より「高く」設定され、グレードアップ版であるのを「売り」にして、基本的には旧型と同じ市場を目指している。「カニヴァリズム」(元は人肉食い、共食いの意味。ビジネスでは新商品が既存自社商品のシェアを食ってしまって元も子もなくなってしまうこと、その危険があること)を恐れて値段を下げることが出来ず、DSもPSPも「まだまだ健在ですよ」と触れ込んだりする。結局、3DSの場合は大幅値下げ前にはカニヴァリズムの心配すらいらなかった。新型が売れなかったからね。

 先行者としてのカルマも背負っていて、過去ゲームとの互換性維持(バックワード・コンパチビリティ)に縛られてしまうきらいが無きにしもあらず。過去の莫大なゲーム・ライブラリー(アーカイヴ)の存在は使い道によっては有利な点ではあるが、高額な新機種で遊ばざるを得ないという矛盾もある。
 MSのキネクトにしたって、どんだけ開発費かけたか聴きたくもないが(少なくともMSにしかできないオーダー)同じ。今と同じ相手に、より高く売ろうとする目論見であって、「破壊的なイノヴェーション」ではない。

 まとめると、任天堂とSonyは、既存顧客の意見に熱心に耳を傾け(過去ユーザーを見捨て切れず、自社製品とのカニヴァリズムを恐れ)、新技術への投資を積極的に行い、常に高品質の製品やサービスを提供しようとしている点で、クリスチャンセンの業界トップの優良企業のモデルに当てはまってしまう(MSもそうなのだが)。

 Steam/Valveが開発を狙っているという漸次進化型ゲーミングPCもイノヴェーションであるのは間違いないだろうが、高価格がネックになる可能性が高く、「破壊的イノヴェーション」ではない。

(PCエンジンやセガのマシンはなぜ滅んだか。ワンダースワンはどこへ行ったのか(あちらでも過去のものとなったマシンが数多くある)。クラウド準拠型ゲーム機ビジネスONLiveは案の定しくじったが、G-Clusterはどうか。Android OSのゲーム機OUYA(これもKickstarter案件であった)は「破壊的イノヴェーション」になりうるのか。色々考えると面白いのだが、話が果てしなく広がるのでやめておく)
 

 ハードウェアよりずっと危なそうなのがソフトウェア。大艦巨砲主義(は古いので原子力空母艦隊の打撃力重視主義)、高開発コスト・大量販売を前提としたAAAタイトルに依存したあちら(欧米)のメガパブリッシャー・ディヴェロッパーである。

 これは(和製に対して)後発参入であったからとっても仕方のないことだが、こなれたゲーム・エンジンという開発者フレンドリーなツールを所与のものとしてスタートし、(だからこそ)取り敢えずの成功を手に入れたところがほとんどであり、根源的なノウハウ部分の蓄積が少ない。DNAが似通っているから滅ぶときは恐竜みたいに全部いっぺんに滅ぶ可能性もある(ウィルス説。そんなことはあるわけない、という生物学的知見も最近はあるそうですが)。

 もちろん、やつら(メガ・パブリッシャー)は極めて賢いし、そんなことにはとっくに気がついている。気がついているが成功体験の呪縛から逃れるのは容易ではない。特に大企業はそうだ。

 
 
 本題は、Torchlight II。そしてDiablo III。

 前作Torchlightは「ま、こんなものかな」と言う程度の評価で、個人的にはそこそこ遊べました。安かったし、ペットの犬猫の発想は面白いし、釣りにはなぜかはまったし、ヴィジュアルのバタ臭さは許容範囲内だし、時間つぶしにはもってこいだし、でもルート・テーブル管理から何から、色々な面でクリックゲー(ハクスラ)としてはまだまだ未完成だよね、と感じていました。

 Torchlight IIはやばいかもしれない。個人的にはDiablo IIIから劣後である部分があまり探せていない。あのBlizzardの「神がかり」とまで言われたルート・テーブル管理も今度はうまく模しているようで、IGNによれば「非常に良い」できばえだそうだ。ダンジョン・オンリーと批判されたワールドも「オープン」フィールド化して、マルチプレイはCo-opがついた。形式上はさほど遜色ないレベルになってしまったのだ。(Diablo IIIの、あの音響とシンクロしたクリック連打時のリズミカルで麻薬的な快感まではさすがに追いついていない気がするけど。そことマルチプレイの質の差がDiablo IIIのヴァリューとして残るんだろうか?)

 それでもって狙いは価格破壊(20USD)だし、市場はSteamユーザー中心だし(Diablo IIIはもちろんBattle.netオンリー)、どうしてもクリスチャンセンの「破壊的イノヴェーション」の罠の話を思い出してしまう。

 ましてや、何年もかけて作った分だけ期待が大きすぎて、当初から「えっ?」という失望の声があがっていたDiablo IIIと比較して喪うものがないTorchlight IIは有利である。いまや前者が「そこそこの出来」で、後者が「上出来」っていう評価が一般的。判官びいきももちろん込み。

 GameSpotのレヴューは、Torchlight IIをDiablo II(Diablo IIIではない)との比較において、「まったく遜色ない」と評価している。そのこと自体が批判されているが、これは商業サイトとしてどうしようもない。

 http://www.gamespot.com/torchlight-ii/

 つまり、GameSpotですら「Diablo IIIと比べて遜色ない」とは書けないのだ。Blizzardがおっかないから。だからといって、もう十年以上前に出たゲームと比べるってのはどうなんだろう。

 だから、きっと20USDのTorchlight IIは、60USDのDiablo IIIと遜色ないという評価なのだろう。少なくとも三分の一という価格差見合いで考えて。 

 GameSpotのレヴュアー、キャロラインによれば、「Torchlight IIにはDiabloがさきがけとなったハクスラ分野にイノヴェーションを持ち込んだわけでもなく、サプライズももたらさないが、拾いゲーの魅力的なレシピに忠実に従い、成功した」そうです。

"Torchlight II doesn't innovate and it doesn't surprise, and the genre may need an infusion of new ideas if it's going to stay vital. But Torchlight II serves up the old, irresistible recipe about as well as it's ever been done." 

 60USDに対し、20USDで出している時点でイノヴェーションじゃないのか、あちら前作から十年以上かかってリリースされたのに対し、前作から一年半で出してる時点でサプライズじゃないのか。 

 キャロラインは「ハクスラ分野には新しいアイデアの注入が必要」と述べているが、それがDiablo IIIの「オークション・ハウス」というのはどうなんだろうか。

 Torchlight IIIが仮に来年リリースされたら、さすがのGameSpotもDiablo IIIと比較せざるを得ない(そうしない理由がなくなるから)。そのとき「両者もはや遜色ない」と書くしかなくなるかもしれない。ならば価格が三分の一のままであれば、勝者は誰の目にもハッキリしてしまう。 

 完成された「レシピ」はこのように模倣に非常に弱い、ということもいえるわけですよね。

【ME3】噂の真相

 やっぱ、そうなのかなあ。

 BioWareのコ・ファウンダーふたりの引退は、ME3とSWTORに対するインターネットの大変なヘイトのためであったという説。 BioWareに長く働いていた(一説にはコ・ファウンダーの一人であったという)トレント・オスター(Trent Oster)氏の言による。

 オスター氏は、あのBGEEの販売サイトでもあるBeamdogを創設している。

 事の真相はもちろんわからない。少なくとも、私を含めてみなそういう説に乗っかりやすいんだな、ということがわかる。

http://www.ign.com/articles/2012/09/28/fan-negativity-behind-bioware-founders-departure

 オスター氏は、ME3やSWTORの騒ぎの際、ゼスチャック氏が大変疲弊していたことから、「脱出」を勧めたことは認めているが、EAに一生を捧げるつもりだろうと思っていたムジカ氏まで辞めることになるとは、思ってもいなかったようだ。オスター氏は、ムジカ氏が最後はEAのCEOの地位まで狙っていたのではないかと考えている。

「もちろん、SWTORのF2P化はEAの内部の政治の世界では『失敗』の烙印を押されたから、ムジカ氏の出世にはマイナスの要素であろう。だが彼はさらに激しく戦うタイプのはずだ。EAの上層部は自分(オスター氏)が考えているより、さらに腐っていたのかな」

 いや、長年の友人だからでしょう? ゼスチャック氏は本当に神経を消耗していた。辞める決意をしたのも先でしょう。ムジカ氏はその友の決断にあっさりお付き合いしたんではないのでしょうか。私の単なる推測ですが。 

 DA2のことがすっかり忘れ去られて、なかったことになっているのが悲しいですが、「ファン」の「暴動」が目に付き始めた、事の発端はDA2の騒ぎからであった。

 そしてBioWareは、ファンの騒ぎを一部正当化する、是認する流れをいっぺん作ってしまったから、もうとまらない。Mass Effect 3のExtended Cutは、BioWareの汚点、ヴィデオ・ゲーム史に残るバッド・ムーヴ(悪手)であったと語り継がれるのではないでしょうか。

 だからSWTORを担当していたゼスチャック氏はとばっちりを受けたに等しいので、同情の余地はあるのだが。
 ご自分でMMOやったことないのに、MMO作っちゃだめじゃないのか、と思ってたけどねえ。周りにだまされてWoWそっくりなの作っちゃった。

みんなの国家

 日本語版Mass Effect(一作目オリジナル)はとっくにあったということを失念していました。

 よってPS3のME一作目の翻訳ソースもあるっちゃあるんだね。なら話が早い。
 くだらない版権問題でもめなければ。
 
 偉そうに知ったかぶりのブログを書いているからといって、Dragon AgeシリーズやMass Effect三部作の、膨大なCODEXの記述を隅々まで熟知しているわけじゃない。というか、年をとるとそういう能力も気力も減っていく。 

 昨今日本で騒がれている生々しい話について書いても読者は引くだろうし、私自身もこんなところ(場末のゲームブログ)でイデオロギー(アイデオロジー)問題をやるもんじゃないとわかっているし、なにかもっともらしい「意見」を表明したところで、なんにもなるわけじゃない。

 
 むしろサイファイ(SF)やヒロイック・ファンタジーは、そういった世の中の問題を間接的に扱う「寓話」であるから、人気を博してきたわけで。むき出しの(みもふたもない)議論なんて、本来政治家がやるべきなんだ。そのために税金で食わせているのだから。一般国民は「そんな政治みたいな、しょーもない、どーしようもない事柄をそっくり他人に押し付けることができる」幸福をかみ締めていればいい。

 だから、DAやMEのCODEXなどにひも付けて、昨今の政治状況でも茶化そうかと思ったが、さすがに無理だった。自分自身、相当肩に力が入ってしまっていることがわかった。

 あまりに最近の世の中がケイオティックで面白いので、ここのところ新聞各紙を読むようにしている。「バランスを取る」なんて、格好のいい理由ではなく(お気づきのとおり私はアイデオロジー的にはかなり偏っている)、「やつらメディア連中は、今度はどんな感じで騒いでるのかな、煽動しようとしてるのかな」という100%興味本位の態度である。

 例えば某マルタイナショナルな日本の自動車メーカーのVIPが大陸国における会合に参加しなかった。「大陸国がフライトの許可を出さずに嫌がらせした」(産経)のか、「専用ジェットの離陸が間に合わなかった」(朝日)だけなのか、本当はどっちか知らないが、かほどさように出来事はどっちにでも取れる。「編集」とか「紙面づくり」というものは、そのように「読者をいかに自説に有利な議論(右左)に誘導するか」と言う意味であって、「わかりやすい、親しみやすい」ニュースを提供するものでは断じてない。

 「編集」は悪である。
 

 ひとつ気になったエッセイがあった。「日本人は国を思わなくなった、『国民』というよりみんな仲間になった」というもので、検索すれば出てくるだろう。金払え言われるかもしれんが。

 エッセイの本旨はこんな感じ。

 「『みんな』の結集はワンテーマの場合のみ起き、みんなにリーダーはいない。みんなが結集してできることもあるが、(リーダー不在であるから)おのずと限界もある。その先に政治家がやらなければならないことがあるのだが、みんなの時代、リーダーに求められる資質は(パワー・権力重視の「自分についてこい」といった)過去のものから変わってきている。必要なのは決断力と、同時にみんなの声を拾い上げる力であり、みんなと喧嘩をしても平気な信念を持つことである。そのような、みんなの時代を理解できない政治は大丈夫か?」

(「ワンテーマ」とは政治的なワン・イシュー、一般に意見表明に白黒つけやすい事柄で、古くは安保から、核燃料発電、島嶼問題、格差貧困、社会保険・税などのこと。「みんなが結集してできること」とは、例えば震災後のボランティア)
 

 ま、このエッセイを意識的に「誤読」した掲載新聞のサブタイトルが「『上から』のリーダーは終わり」というのもあからさま過ぎて笑っちゃう(もちろん「誤読」することが読者の自由であることはわかっている)。今一番誰が「上から」ものを言っているのか、誰が一番「みんな」から遊離しているのか、誰が「オピニオン・リーダー」という地位を詐称しているのか。系列テレビ局のニュース・キャスターがダントツで「嫌われ者」ナンバーワンなのはなぜか。自らを振り返りもできずに、その物言いは笑止である。

 「上から目線」でものを言い、既にあらかた喪われた社会の木鐸としての「権威」とやらに如何ほどの意味が残っていようとも、 それはすでに形骸である。敢えて言おう! (略

 でも、気になるところはそんなところではない。そんな話題はもう世の中に何十万とおられる他の方々に任せる。

(このように自分で書いてみるとわかるけど、朝日新聞批判なんて、誰だって、それこそいつまでも、どれだけ長くもできちゃうんだよな。だからこそ自重しなければならん、やすきに流れてはならない。いくら愉しいからといってその快楽に耽ってはならない。たかがどーでもいいゲームブログでも最低限の矜持は守ろう)
 
 気になるのは、「国民」でなくなった理由、本文では「国民という括りが日本人の中から遠くなっているように思う」と触れられている部分だ。

 その理由は、なんとここ数十年の日本人には「敵」がいなくなったからである、と私は理解している(もちろん受け売りだ)。
 「国民」は「国家」にしか存在しない。「国家」は他の国家が存在しなければ存在しない。いや、敢えて言おう!(くどいな)、「国家」は「敵」が存在しなければ存在しないのだ。
 「国家」というものは、そうやって発祥した。
 

 だから、大陸国・半島国がケイオティックな状態になっている今の状況を見て、日本人の多くは、かの国の者たちは「なんであんなに怒っているんだろう?」と「そのメンタリティを不思議に思う」のである。 
 「敵」のいない人々にとって、そう思うことがごく自然で「普通」なのだ。(もちろん、「敵」がいないと考えている人々は世界中にもそんなに多くないので、その点では「普通」ではない) 

 筆者は「日本の『ナショナリスト』と言われるような人たちは、まず同朋である日本人の不甲斐なさに対して怒る」と述べている。
 
 これもごく自然なことである。「ナショナリスト」が「ナショナリスト」たるゆえんだ。いや、狭義の「ナショナリスト」とは、「同朋の不甲斐なさを糾弾し非国民扱いする者」とまで定義しちゃってもなんの問題もないだろう。
 筆者がずるいのは(意図的であるとすればだが)、「日本の」とくっつけているところだが、これすらも万国共通である。

 これは、この手の議論と距離をおきたい理由のひとつでもある(くりかえすが、私自身ノンポリではない)。
 なぜなら、そういう議論は、まず「敵」を作ることからはじめることになるから。

 そして、ゲイダーさんの説ではないが、インターネットは本当に簡単に「敵」を作ることができる仕掛けだ。
 WoWなどのMMOが仲間を容易に見つけることができる「お友達月額レンタルシステム」(Byペニアケ)であるなら、インターネット全般は「仇敵発見・殲滅(Search and Destroy)システム」として非常に有効な手段なのである。何を指して言っているか、そこらへんの状況は某掲示板を決して見ない私なんぞよか、皆さまのほうがずっと詳しいだろう。
 

 「アラブの春」も(これは欧米の?)メディアの捏造であったことがハッキリしてきたが、やっぱりTwitterはあくまで通信手段であった。インターネットは「善」のシステムであるともてはやし、一時は例えば悪の企業の代名詞であるGoogleが「世界平和」は自分たちの手柄のようにいいたてていたが、昨今のイスラームの騒ぎを見れば道具は遣い方でいかようにでもなることがわかる。そんなわかりきったこと、わざわざ言うほどのことでもないが、私がどうしても「ほらみたことか!」と言いたいのは人間の性(さが)であるから仕方がない。
 

 エッセイの筆者は作家の橋本治氏である。別段彼の著作に興味は沸かないが、このエッセイはまあまあ読んで得した気分であった。金出して朝日買ったんだから、すこしは回収しないとね。

 紙面構成上そのすぐ下にあるこどもニュース出身の池上なんとかの「なんか揉めてますね、でも、とりあえず関係ありそうなコネタ、雑学たくさん仕入れていればOK」みたいなのはどんなに時間があっても読みはしないけど。雑学では人の心は動かない。読むだけ時間の無駄である。
 
 

2012年9月28日 (金)

【ME3】Mass Effectフルセット・オンPS3!

 待て待て待て待て!

 http://blog.bioware.com/2012/09/26/mass-effect-trilogy-coming-this-holiday/

 

 待て待て待て待て!

 http://www.ign.com/articles/2012/09/26/mass-effect-trilogy-set-announced

 Mass Effect三部作、フルセット発売(X360とPC)。それはまあいいっしょ。

 PS3も三部作?! オリジナルMEがPS3に? 

"This marks the first time Mass Effect, which was published by Microsoft Studios originally, will make its way to Sony’s console. IGN has learned that the standalone version will include Trophy support." 

 やるなMS。やるなSony。Appleたーおーせっ、おーっ! (ってことだろう、結局)

 予約じゃーっ! 

 PC版オリジナルMEはクオリティ変わらないだろうけど。(でも買っちゃうの。11月発売)

 PS3版MEならもしかして期待の品質向上、リダックスがあるかも?? (買っちゃうなあ、こちら発売日は未定?)

 日本語版情報はまだわからないのか。

 あーっ。 

 でもこれで、DLCの"Omega"が最終コンテンツってことか? 

 あと半年はサポートするって言ってなかったか?

 それはマルチプレイだけの話であったのか。

 

 

 

 

 

 

 

2012年9月27日 (木)

【DA3】悪のロマンス・ライター衆

 フォーラムのロマンスねたは、基本スルー(読まずに飛ばす)なんですが、ゲイダーさん登場ときたら読んでしまう。最近暇みたいね。

http://social.bioware.com/forum/1/topic/371/index/14235800&lf=8

 かなり長くて、ゲイダーさんも頻繁に登場し、かつライター衆も次々登場してきて盛り上がってるので、超々訳で。

 OPが久々にBSNのフォーラムを覗いてみたら、ロマンス関係スレッドに占拠されていて驚愕する。

(ロマンスはBG2くらいでちょうどいい。ロマンス以外に他にやることあるんちゃうの?) 

 確かに、スレッドの数だけで言えば、まるでこのゲームはロマンス一色みたいだね。
 もちろん違う。ロマンスは熱心なファンが延々と議論したがる。今まで同様、ひとつの分野が支配的になると、まるで他の分野が存在していないみたいに見えてしまうのはよくあること。私もBioWareも特段驚かない。

 DA3は、最近の他の作品と同じくらいの比重をロマンスに置く。これは言っても問題ないであろう。

(過去と同じくらいというなら何も改善しない? できれば過去の倍くらいにはしてほしい) 

 コンテンツを倍にするってことは、ゲームの中でそれだけ重要な地位を占めるということだ。ヴォリュームが増えたら「良くなる」と考えているようだが、ヴォリュームは増えたりしない。内容の改善はこれまでもしてきたし、これからもするつもり。

(ロマンススレッドばかりでバカみたい。公式ロマンス・フォーラムでも作ったら?)

【メアリー・カーヴィー】タイトルとエンジンしか発表されていないし、フォーラムでやることといったら、ウィッシュリストを掲載するくらい。中身が公表されたら、ちゃんと色々なトピックスにバラけると思う。

(じゃあ、それまでリンボ界で彷徨っていろと)

 そのとおり。われわれがゲームの中身を公表するまで、ここの話題の95%はスペキュレーション(推測)だよ。

 いやいや、どう致しまして。

(ファンがスペキュってるスレッドを喜んでいると?) 

 目を向きそうなことが書いてありそうなスレッドは読まずに避けることができる特殊能力があるんだよ。まあ、その日どれだけマゾヒスティックな気分かによるが。

(スペキュってる内容は本当のことからどのくらい外れてるの?) 

 ときたま正しいものもいくつかある。でも止まったままの時計だって、一日に二回は正しい時を指すんだぜ?

(ロマンスはアイシング(糖衣)と考えるべきなのに、ケーキそのものと考える人がたくさんいる。フォーラムを読んでいると、ファンタジーRPGであるべきDAシリーズをデートゲームにしたがっている人たちに少しづつ乗っ取られているみたいだ) 

 開発者だって良いアイデアを見極められることを信用しないのかね? 正直、自分の意見とあわないものは即座に切り捨てるのと同種のパニック症状みたいだね。「だって、開発者が妙な考えを起こしちゃったら?!」 

 ロマンスに人気があることはわかっている。それを嫌ったからといってその人気が減るわけじゃない。同じ連中が何個も別のロマンス・スレッドを立ち上げているからといって、開発者が恋愛シミュレーションを作っちゃおうと考えるわけはない。フォーラムがでかい金魚鉢であることは百も承知だし、そこで語られていることはすべて眉に唾して読む類のものなんだよ。

(Planescape: Tormentを書いたクリス(Chris Avellon)は「悲恋」のほうが「その後幸せに暮らしましたとさ」エンディングより好きみたいだ) 

 Planescape: Tormentがクリスのファンタジー的なノリに対する嫌悪から生まれたのだと考えると、彼のロマンスに対する嫌悪から何が生まれるか興味をそそるね。Project Eternityのフォーラムをロマンスのスレッドで洪水にしてやったら、さすがに彼も屈服して、心の中に嫌悪をくすぶらせながら書くんだろうね。 

 そいつは面白そうだ。

(ゲイダーとクリスの抱えているライター陣はぜんぜん違う趣向を有している。デヴィッド(ゲイダー)はクリスに似ていてアンチ・ロマンスに寄っているようだけど、自分自身がハッピーエンド・ロマンスが嫌いだからといって、他のライターたちの趣味を曲げることはないだろう)

 こいつは本気で笑ってしまうんだが、「ハッピー・ロマンス・エンディング」と「やだなにやだこれうそどうしてぇっ!エンディング」のものさしで考えたら、他のライターたちに比べて私自身は前者のほうにずっと寄っているよ。誰と論議するときも大抵ハッピー寄りの意見の肩を持つ。

 ルーク(クリスチャンソン)を見てごらんよ。散々に切り刻まれるぜ。しかも彼はそいつが大好きときてる。メアリー(カーヴィー)なんてニコニコしながらファンの頭上から地獄の業火を降り注がせるし、ファンも彼女のもたらす絶望が大好きだ。ジェニファー(ヘプラー)は確固たる信念を持っておぞましい結末を追い求めているし、シェリル(チー)はまるでライター版のハーレクインのようにプロットをハンマー並みにブンブン振り回す。

 彼ら彼女ら全員と話をして、最後には「おいおい、頼むから両足とももぎとるのはやめてくれよ、勘弁しろよ」といった感じで会話が終わることを考えて、私はほとんど毎日怯えてなくちゃならない。我ながら奇怪至極なところにいるもんだよ。 

 ありがたいことに、シルヴィア(フェケテクティ)が参加してからこのかたライト・サイド(the Light Side)に押し戻してくれている。彼女は子犬が好きで、野の花が好きで、お日様が好きだ。でもそれも、ルークが彼女の耳元で何事か囁くまでの、つかの間のことに過ぎないんだが・・・。

【シェリル】 そうよ。だって苦しまないキャラクターを創って、一体なんの意味があるの?

(ああ、誰かシルヴィアをダークサイドに堕ちないように救って!)

 いや、黙って見ているのが楽しい。ルークの絶望のマントを奪いあうため、最後にはシェリルとシルヴィアがライトセイバーで斬りあうんだ。お見通しさ。

(トニア(レアード)は? 彼女はダークサイドなの? フォースの遣い手なの?)

【トニア】 他のライターと同じ。人が惨めな目にあうのは愉快よね。

【メアリー】 ファンのみんながみんなロマンスが好きじゃないってことはわかっているから、「オプショナル」なのよ。ロマンスがコア・ゲームプレイに影響するなんて心配しなくていいし。外からじゃわからないだろうけど、開発サイドからみれば分担によって役割がぜんぜん違うの。

 ロマンスのコンテンツはライターとシネマティク・デザインの連中だけが携わる仕事だし、そのうちの誰一人も、コンバット・ルールとかエンカウンター・デザインとかマップ(level)デザインとかに一切関係しない。ライター連中はマップ・アーチスト連中とは違うし、システム・デザインの連中とも違う。他の担当の荷を軽くするため肩代わりすることはあるけど、ロマンスについては違う。

**********

 さてこの後は、またしてもバカが登場したらしくてキナ臭くなってきているようだ。保安官ゲイダーさんが、バッジをちらつかせはじめている。ひとり「バン」しちまったら、あと何人「バン」したって同じだぜ(笑)。って、これはゲイダーさんではなく私(ブログ主)のせりふ。

 この辺が潮時だろう。

 んまあ・・・。ロマンスねえ。あたしゃどっちかってと特になきゃなくたっていいんだけど、DAのコンテンツは全部意地でも見たいというカルマを背負っているから、「オプショナル」でも見ちゃうんだよね。

 DAやMEの「すべてのパターン」を見るというのはかなり無理筋ですけどね。ME2を28周したというつわものだって、あたしの予想じゃロマンスなんてガン無視で爆走したんだろう。

 ロマンスそのものより、あたしゃDAOのレリアナ(シェリル担当)のキャンプでの歌声で終わってますからね・・・。あれはやられた。

 ロマンスほぼ抜きのレリアナズ・ソング(ルーク担当)でも十分面白かったしね。

 もちろんモリガン(デヴィッド・ゲイダー担当)は別格であるのだが。

2012年9月26日 (水)

マクガフィン

※ 以下の記述は、一部の引用作品の核心部分、ネタバレに触れていることがあります、っつうか、核心部分になぜか触れようとしないので、何が核心部分かわかってしまう恐れがあります(ナチュラル・ウィズダムの高い読者は特に注意)。
 
 でも、一部を除いては著名作品ばかりなんでご容赦下さい。 

 先日の記事の「薔薇の名前」に関するコメントで、「マクガフィン」(McGuffin)なる言葉を思い出しました。 あの映画では、主人公が巻き込まれる論争であるとか、極めてレアな伝説の書籍であるとか、著者の膨大な知識・薀蓄が披瀝される様々な仕掛けが用意されていますが、いずれも本筋に特に関係がない。 

 ヒッチコック監督の映画「サイコ」では、冒頭に登場人物の女性が横領する「現ナマの袋」が「マクガフィン」ですね。ご承知のとおり本筋にまったく関係ない。別に他のものでもいい。でも、おかげで物語がぐいぐい進む。

 そのように、登場人物にとっては非常に重要であるが、読者・観客にとってそれ自体はどうでもよく(置き換え可能)、物語構造に関係ないが、物語を推進する仕掛け・小道具の類をヒッチコックは「マクガフィン」と呼び、盗賊ものなら「宝石」、スパイものなら「書類」が一般的であると説明した。語源は、ある小説家(キプリング)が多用した「軍人が敵の地図を盗むプロット」であるそうだが、その語源自体にすら特に意味はなく「置き換え可能」であった(素晴らしいなあ)。

 お気づきですか?

 RPGのクエストなんて、ぶっちゃければほとんど全部が「マクガフィン」(McGuffin)によって推進されているのである。

 「レッド・ヘリング」red herringと混同しがち。
 「レッド・ヘリング」、燻製いわし(に限らない燻製魚)は「人(読者・観客)の注意を他に逸らすもの」で、元はハウンド(猟犬)に狩りの訓練をするため強烈な匂いを放つ燻製で気を逸らしたと言われていたが、これすら「偽り」で、実際に用いられた訓練手法ではなかったそうだ(素晴らしいなあ)。

 一般にはミスディレクション(見当違い)というミステリーの手法を呼ぶために用いられ、燻製魚のように強烈な印象を与えないと意味がない。アメフトのクォーターバックがミスディレクション・オプションなどのプレイで行うフェイク(欺瞞行為)のように、ワイドレシーヴァーがディフェンス・セカンダリーを引き付けて味方の誰かをフリーにするように、敵にわかりやすく、派手に見せつける必要がある。

 「マクガフィン」は、逆の意味で読者・観客に注意を向けさせるものだが、特段強烈な印象を与える必要がない。一般的な読者・観客が素直に考えて「なるほどそうかな」と納得すればいいだけ。アメフトに喩えると何かわかります? そう、「ボール」そのものがそう。ビーチボールでも、家宝の壺でも、ピカチュウのぬいぐるみでも、あのゲームは成立する(誰もプレイしたがらないだろうが、つか壺は蹴れないだろうし!)。

 
 ある映画のシナリオを読んだ映画会社の偉いさんから「原爆を連想させるウラニウムを映画に出すのはまずかろう」と難色を示されたヒッチコックは、「じゃあ、ダイアモンドで。つか、なんでもいいっすよ」と平気で答えたそうである。

 RPGのジェネリックなクエスト目的のほとんどがカンペキにそれにあたることを説明する必要はないですよね? あれとってこい、何してこい、誰連れて来い、敵いわしてこい。
 実のところ、DAOならアンドラステの遺灰もそう、ドワーフの虚空のカナトコもそう。「もの」である必要すらなくて、ウェアウルフ襲撃の謎探索もそうだし、サークルタワーがディーモンに占拠された理由探しもそう。
 ボスキャラもそうなんですよね。下手するとラスボスまでそうである。アーチディーモンがアーチディーモンである必要はなく、リーパーズがリーパーズでなくても構わない。

 ようはセダスを、銀河を、危機から救えばいい。

 物語づくりとは、そういう、みもふたもないむき出しの構造を見せないように工夫するってことでしょう。
(ME3のエンディング騒動の発端の一部に、みもふたもなく構造自体を見せてしまったことがあるのは否定しない)

 「マクガフィン」と「レッドへリング」を混同してしまいそうな応用編で特に印象深いのは、SF作家フィリップ・K・ディックの作品 「ユービック」。こんな話だ(ネタバレだ)。 

 プレコグ(予知能力者)ら超能力者が人々のプライヴァシーを侵食している未来(といっても作中では1992年・・・)。反超能力者連合を組織して超能力者たちに対抗する企業の社長は、月に結集しているとの情報を得た超能力者らを打倒べく、討伐パーティーを編成して地球を旅たつ。

 超能力者たちとの一大決戦の火蓋が今まさに切られようとしている!
 ところが月に到着した彼らは、プレコグたちの爆弾によって大半が爆死してしまう(なにしろ敵はプレコグだからね・・・)。

 無残にも瀕死の重傷を負った社長の遺体を抱え、ほうほうの体で地球に逃げ帰った(はずの)討伐隊の生き残りは、身の回りで起きる驚愕すべき現象を目の当たりにする・・・。 

 ま、あとはお読みくださいですが、冒頭のスリリングなアドヴェンチャーは「え、一体なんだったの?!」と誰しも疑問を抱かざるをえないくらい意味不明。その後の展開と一体なんの関係があったのか? 

 ここまで過激な用法はさすがに珍しいでしょう。ユービックではないが、「使用上の注意」を誤ると、ただの物忘れの激しい作者の中途半端なプロットに受け止められかねないマクガフィン。

 でもジェネリック品は、さがせばそこらじゅうに転がっている。

 たとえば、先日観た映画「アヴェンジャーズ」の青いキューブがそう。あれも別になんでもいいんだよな。あの物体に意味を無理やりこじつければこじつけるほど、どんどんあれが「どうでもいいもの」であることがハッキリしてくる、わかりやすい展開。

 映画「アバター」にも、なんだか似たようなものがあった。鉱物資源? あれも最後はどうでもよくなっちゃったよね。だって私もよく覚えていないもの。 

 実は、映画「プロメテウス」の「創造主を探せ」という、一見もっともらしいメインテーマも、マクガフィンじゃないのかな、と私は疑っている。あの映画でも、創造主を探すかどうかなんて、最後はどうでもよくなっちゃったしね・・・。続編を作りたいから無理矢理ひっぱったんじゃないか、と思うくらいです。

 

 

2012年9月23日 (日)

DDDA ダーク・アリズン

 DDDA(笑)。

 育ってるみたいですねえ、カプコン新IPのドラゴンズ・ドグマ。 

 自分もDDのDLCはビシバシ買った。 ほぼ全部かな。

 http://www.capcom.co.jp/DD-DA/

 ちゅうか、DDのDLCもまだ出すんですね。

 http://www.4gamer.net/games/131/G013151/20120921065/ 

 これらは無料DLCのギヴアウェイだそうですが(ということは、かなり儲かったみたいだね)、それ以外にもまだ出すのか?

 ”さらに『ドラゴンズドグマ』では、今後も様々なコンテンツを追加予定。” 

 コ、コイン探しはもういいっすよ・・・。 

 どうも日本語のニュースだとはっきりわからないんだが、GameSpotによれば、DDDAのほうは本編DDの「エキスパンション扱い」で、2013年発売。

 http://www.gamespot.com/news/dragons-dogma-getting-major-expansion-in-2013-6396945 

 「エキスパンション扱い」ってことは、コア部分は今のままで、活動する地図が広がったりするんでしょうね。ストーリーは特に期待してないから(最初からほとんどないし)、地図を目いっぱい広げて新モブでもたくさん並べてほしいね。

 ミスター・イナフネは自分がカプコン追い出されてから古巣がバリバリ儲けちゃってるのを苦々しく見ているのかな。 

「TGSには何も見るべきものはない、全部続編じゃないか」 

 http://www.gamespot.com/news/theres-nothing-brand-new-here-in-tgs-2012-keiji-inafune-6397023 

 まあ、こういう態度になると人間よろしくないですねえ。最初から「見てない」わけだしね。

 ご自分の「ソウル・サクリファイス」(2013発売予定)が新IPだといいたいのだろうけど、それ言ったらDDもそうだから。
 DS周りなんかみても、「続編」じゃなくてもなかなか面白そうなものありますね。

http://www.gamespot.com/events/tgs-2012/video.html?sid=6397032&category=highlights 

 頼む、こういうクリップに出すのは可愛い子を選んでくれ(このクリップはまだOKだが)。トウキョウのイメージ維持に必要なんだ。

 でもVitaは確かにきつい。「ソウル・サクリファイス」があれだと、ほんときつい。PSPゲームやって時間つぶすかってことだ。

 そんなつぶさなきゃないような時間ないけど。

 Torchlight IIも、FFIII(PSP)もバカだから買うだけ買っちゃった。どんだけ積んでるゲームあると思ってるんだ。

 

 

 

 

【DA3】ケトル、ポットを笑う。ん、逆?

 こんな言い回しがあるんですね。「目○、鼻○を笑う」という日本語のこ汚い言い回しがありますが。「猿の尻笑い」。

 クリーンなのがお好みなら「五十歩百歩」とか。「ドングリの背比べ」とか。

 "The pot calling the kettle black" 

 ポット(なべ)が、お前は煤で真っ黒だとケトル(やかん)のことを非難する。なべやかん?

 BioWareはファンの意見を聞くべきなのかどうなのか?

http://social.bioware.com/forum/1/topic/371/index/14203808/1

 OPは、「ストーリーはライター衆に任せろ」というご意見。

 一発目のレスが"preaching to the choir"、このスレッドは「釈迦に説法」になりそうだね。(詳しい相手にわかりきったことをくどくと教えようとする)

 二発目が、上の"The pot calling the kettle black"、いいえ、「目○、鼻○を笑う」になるね。
(どの道大差ない連中が、どちらがより劣ってるかを無為に競い合う)

 ゲイダーさんのレス。

 へっ、ファンの声を聴くべきじゃないという意見が出たのは、このフォーラムはじまって以来じゃないかな(ウインク)。 

 われわれはもちろんファンとの会話を望んでいる、と言うにとどめておこう。「声を聞く」(listening)というのは、われわれが四六時中フォーラムに張り付いて、ファンの声を待っていて、出てきたアイデアを片っ端からメモって、自分たちでどんなゲームにしたいかまったく考えていない、という意味ではない。どうやらわれわれがそうすることがlisteningだと考えている者がいるようだが、そういう人たちはコミュニケーションの概念自体を理解することに苦労しそうだね。
 われわれ開発者の考え方に影響を与える能力は、ほかの誰であってもその考え方に影響を与える能力と同じであるのだから、原理は一緒だ。わめきちらして周りに不快な雰囲気を垂れ流していたら、ここでも、どこでも通用しない。まあ実世界で彼らのコミュニケーションがうまく行っているのかどうか、私にわかるわけないんだけど。

 そう、声を聞きすぎるのも危険である。だがあまりに声を聞かないのもそうだ。ファンが望んでいることが、われわれのやりたいことと100%食い違ってるなんてことは十分考えられるし、そうならそれでおしまい。また一方では、われわれ開発サイドが考慮しなければならない開発リソースの制約やビジネスの現実を一顧だにせずに意見を主張しているということも考えられ(むしろ、よくありがちである)、その場合も実現範囲は限られる。もちろん、とても興味深いアイデア、思考の糧が与えられることだってありうるわけだ。もし彼らがそういった制約条件があることを承知の上で交流しようというなら、われわれだってそうするにやぶさかじゃない。

【DA3】セダス無神論(3)

 そういえば、ハリポタの物語に「神」はお出ましになったのだろうか?
 

 予想としては「不在」。むしろ表層的には無神論的な物語だったのかな?

 作者ローリングス女史自身、あのシリーズは「死」を描くために書いたそうなので、そういう予想が確からしいと思って調べてみた。 

 やはり、あちらのキリスト教社会では一時期大変な騒ぎになっていたようである。子供たちは読まずに済まないと騒ぎ、親・保護者は読ませてよいのか悩む。そのものズバリ、「ハリー・ポッターに神を探す」なる著作まであったようだ。形式的にはオカルトであり、魔術を取り扱っているという批判がある。だが実質的には倫理観、道徳観、キリスト教的価値観を体現しているという擁護説もある。 

 残念ながら、神がいるかいないかという視点であのシリーズを見てこなかったが、明示的にはいなかったですよね。

 DA3無神論についての新しいほうのスレッド。

 いやあ、日本人で本当によかったよねえ、とまた喜びをかみ締めてしまうような、きな臭い内容になってますなあ。

 http://social.bioware.com/forum/1/topic/371/index/14199484&lf=8 

 前記事で紹介した古いほうのスレッドの内容をOPが引用していますし、ゲイダーさんもあの後じっくりライターたちと話をしたようだ。

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(古いスレッドのほうで、DA3の主人公が「信仰に関する疑問」について口にする可能性についてゲイダーさんがほのめかした。ロールプレイングを実現するための一歩を勝ち取った。皆これを無駄にするな) 

 私はこれだけ言うことにしよう。最初のスレッドで話題になったとき、私はライターのチームメンバーと一緒にDAOについての記憶をたどったが、主人公の視点に「無神論」を持ち込むような発想はなかったと全員の意見が一致した。またすでに言明したとおり、今後機会があれば、そういう選択肢を用意するつもりだが、その場合はゲーム全体の整合性を維持することが優先である。われわれデザイン・チームは整合性についてとても真剣に考えているのだ。 

 たしかに、DAOには無神論的発想を仄めかすような台詞の選択肢があったのだろう。そういうことについてはファンのほうがわれわれより良く覚えているものだ。こっちは六年間も続けて書いているわけだから。その頃はそういう台詞が適切だと思っていたのだろう。今でも特に問題とは思わない。

 前のスレッドで伝えられなかったこと、私の意見を支持するためには伝え方が明らかに下手だったことは、「無神論」とはどの範囲までを言うのかという点である。「メイカーが本当にいるかどうか疑わしい」というところまでなのか、あるいは無神論というのは現代社会の概念であるから、何か政治的視点を持ち込んだところまでなのか。脱宗教(無宗教)なのか無神論なのかの違いだ。フォーラムには強烈なアンチ宗教論者のグループがいて、議論の風向きが変わったら「すべての宗教に対する十字軍遠征を認めるべきだ」という話になりかねないし、それはゲームの設定からあまりに外れている。ときたま疑問を呈するのは、まあありだろうが、そういう立場を支えるためにはゲームの全体的な流れを考えて作らなければならない。 

 フォーラムはそういうものだ。あることが認められなければ、それと極端に対立したものだけが正しいと自動的に解釈されるものだ。私はアンチ宗教について何ひとつ言明していない。故に私は信心深いわけだ、そんなバカな!
 そんなはずがあるわけないんだが、まあそうしたいなら好きなだけ騒げばいいと思う。

 このトピックについて言えることはそれだけだ。

(救いがたい組織を作っておきながら、何も対処させないとでも? メイカー・カルトは一般に下品で、差別主義で、拡大主義で、弾圧的である。テンプラーは単にその最悪部分を代表しているだけだ)

 「何か対処させる」かどうかは、物語の文脈が許すかどうかによる。ケース・バイ・ケースで何ができるか考えることになるだろう。四六時中そういった視点を表明できるようになるかと言うと、それはない。 

 そして、もしこのスレッドを現実社会の宗教問題を論じる場にしようとしているなら、それはやめてくれ。

(つまり、Inquisitionではチャントリーに反抗することはできないということ? ただちょっとした疑問を口にするだけしかできないということ?) 

 そんなことは言っていない。DA3についてはこれ以上言わない。

(おい、BioWare。「宗教/無神論」スレッドと、「ロールプレイとは何か?」スレッドのどっちがより忌まわしいんだい?) 

 「ロールプレイとは何か?」という文章を読まされること自体だな。それだけで吐き気がしてくるよ。 

 皆そろそろ誹謗中傷や攻撃的なポストをやめないと、バンするぞ。私にはその権限もあるし、行使するつもりもある。

(モリガンは高次の存在を信じないと明言していたので、ここの議論の意味がわからない。モリガンはメイカーもそのほかどんな超越的存在も信じないし、その理由も含めてレリアナに話していた。モリガンが自分の視点を明示できるなら、なぜモリガンの視点から議論を始めないのか?)

 モリガンの発言を、そのまま純粋な事実と解釈することについては、注意を怠らないほうがいいかもしれない。でも君がそうしたいのなら止める理由もない。どっちにしろ、君の解釈は決して正しいわけじゃないとだけ言っておく。

(モリガンはよく自分の意見を述べていた。例えばサークル・メイジがテンプラーに服従している様子についてなど。ゲイダーさんがセダスに無神論が存在しないと主張したからこのスレッドが立ち上がったのに、モリガンが何度も無神論的態度を明言していることを持ち出すべきではないのかが解せない。ライターたちはモリガンの視点を、(訳:DAOのラストで与えられる)メイジへの恩恵やデーリッシュへの恩恵、あるいはレリアナの死、オーグレンの死、アンダース・ジャスティスの死と同様に軽くあしらっているようにしか思えない。 

 ああ、そうだね。モリガンが実際にどう感じているかについての私の視点が、君の彼女の発言の解釈と違うとしたら、過去に遡って継続性を維持することが必要になるわけだ。
 いつものことだが、そうやってトピックから議論がどんどん逸脱していくんだよ。

(お前たち、まだデヴィッド・ゲイダーに自分の書いたキャラクターや世界観のことなんて何にもわかってないとわからせようとしてるのか。いったい何年続けてるんだよ?)

 DAに関するどんな有益な議論であっても、やがてある種類のポスターたちが現れてスレッド全部を自分の解釈だけに染め上げて、私も含めたすべての人々が、単に間違っていると宣言する。 

 このスレッドもついにその域に達したわけだ。残念なことだが。

 私は無神論について考えているところを、私の狙いも含めてできるだけ正直に、漏れなく説明したつもりだ。もしそんな話が関係ないという人たちがいるであれば、そういう人々の視点がライター・チームに優越していると考えているわけだ。「へ、自分の書いた台詞忘れてんじゃないよ」といってわれわれを否定する。良いゲームを作ろうとして実際に物語を書いているのが誰か忘れてしまっているのだろう。
 まあ、せいぜいがんばってくれ。 

 最初の頃、優れたアイデアを出すことで貢献してくれた人たちには感謝する。

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 大統領選間近で全米が発情しているということもあるのだろうか。
 

 Inquisitionがまだ影も形もないのに、フォーラムではもう「宗教審問」がはじまっているわけですね。ゲイダーさんがなにをどう弁明しても、最初から「悪魔憑き」であることは確定しているようだ。

 DAもKickstarter並みに事前投資制にして、わけのわからない連中をフォーラムから締め出したらどうなんだろうか。
 そんなことはできないし、なんも変わらないのだろうな。 

 ゲイダーさんの考えはほぼ前記事で予想したとおりですね。無神論の定義。どの範囲までを言うのか。特に無神論は「現代社会」に特有な発想である点も指摘している。

 ゲイダーさんがフォーラムに登場するのはうれしいのであるが、そろそろ「ファンへの迎合」はやめたほうがいいと思う。

 EA/BioWareがホモ・セクシャル問題はじめ、市民権利問題で散々槍玉にあがっていることから、このトピックにも敏感に反応したのでしょうが、正直最初から相手する必要なかったかも。 

 記事三つも書いたが、結局役立つような情報がなかった気がしてしょうがありません(笑)。

 ん、神も仏もないのは、このフォーラムだって? うまいねえ。

 DA3がリリースされたときのユーザーのメタスコア、3.8と予想していましたが、ファンの荒れっぷりを目の当たりにしたので3.5まで下げておきたいと思います(ムーディーズかい!)。

 

 

【DA3】セダス無神論(2)

 まず、過去(2、3ヶ月くらい前)のスレッド。

http://social.bioware.com/forum/1/topic/315/index/12890819&lf=8 

 OPの主張は、DA2のホークは信心深いので性に会わない、DAOのウォーデンのように無神論者(atheist)として振舞う選択肢が欲しいというもの。

・ホークはセバスチャンやメリルとの会話でアンドラスティアン(アンドラステの信奉者)振りを発揮していた。
・DAOのウォーデンには無神論者として振舞う選択肢があった。
・モリガンとアヴェリンは無神論者である。DA3の主人公も無神論者として振舞う選択肢があっていい。

 モリガンはともかく、前夫がテンプラーであったアヴェリンが無神論者?
 ほんまかいな。
 おそらく、次のような台詞があったからなんですね。Act1の"The Way It Should Be"の最後あたり。

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アヴェリン「ウェズリーはメイカーの傍にいるのかどうかわからないけど、いずれにしろ安らかに眠ってる」

ホーク「メイカーの傍にいないかも? どういう意味なんだ?」

アヴェリン「ウェズリーは信心深かった。もし彼が正しかったのなら、メイカーの傍にいるのでしょう。でも、メイカーが手を差し伸べられなかったからこそ、メイカーの存在が明らかになる? それがどうにも信じる気になれなくて」

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 めたくそ大事なこと言ってますが、これについては後ほど。

 というか、このアヴェリンの台詞でわかるように、ゲイダーさんをはじめとした、BioWareの誇る悪のライター軍団は、こういうことについてそこらのファンじゃ勝てないくらい、ずーーーーーーーーーーっと前から真剣に考えてんだよな。

 ゲイダーさんのレス。

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 セダスに無神論者なんていない。DAOにそんな選択肢があったなんて考える人がいる理由もわからない。ホークが敬虔な信者であることを「強制された」というのと同じ種類の解釈かな。どっちみち、そういう選択肢を入れることはしないよ。

(メイカーの存在に疑問を抱く人がセダス大陸にひとりもいないとでも?) 

 ヒューマン社会では、ごく特定の人を除いてそう。一般的なことではない。
 どっちにしろ、DAOにそんな選択肢入れていないし、これからも入れないよ。

(DAOのヒューマン・ノーブル・オリジンに「前も言ったけど私はメイカーを信じてないんだ」というような台詞が用意されていた) 

 そういう台詞があったというなら、そうなのだろう。だがそれが無神論を表明しているわけでもないし、これからそういう台詞が用意されることはないよ。

(ゲームの物語の中心に、ゲーム内神学を拒絶するかしないかという命題をひとたび配置したら、信仰の有無という問題を丸ごと避けるのはほぼ不可能に近い) 

 ゲーム内神学を拒絶するかしないかが問題じゃない。プレイヤーが取り組むべき問題はたくさんあるが、これはそのひとつですらない。自分のキャラクターに関するあらゆる側面を決定しなければ気が済まない種類の人々がいるようだが、単純な真理は、すべての選択肢を提供する必要もなければ、そうすることができるわけでもないということだ。もしそのことで「唖然」とするような衝撃を受けるのであれば、何をかいわんやであるし、もとよりわれわれのアプローチを変えるつもりはさらさらないんだ。

(「レガシー」の後で、宗教がゲームの中で大きな部分を占めることははっきりしたし、チェイシンドやアヴァーでもなければ、あるいは一生洞窟の中で過ごすのでもなければ、メイカーのこを伝え聞くのは間違いない。だが・・・、だからといって皆がみな狂信者としてプレイしなければならないようなことにはして欲しくない) 

 そんなわけはないよ。われわれが「無神論の選択肢はない」と言ったからといって、敬虔な信仰を抱けと強制するようなことにはならない。言い換えれば、ひとつの事柄を否定したからといって、とたんに完璧にもう一方の対極にある事柄が正しいわけじゃない。 

 「なぜ、そうすることが可能ではいけないのか?」と自動的に問う人々がいることは承知しているが、われわれの向かうべき道はそっちじゃないだけだ(except  that we have other hills to die on.)。同じ質問は以前にもあったが、答えは一緒だ。だからこれ以上議論する話題でもないと思う。

(最初に「セダスに無神論はない」、と言っていながら、次には「一般的ではない」というのはまったく違う話ではないか。以前、神々は明示的に実在も不在もしていないから、この現実の地球におけるのと似たよう形でセダスの信仰の形はいろいろあり得ると語っていたが、今度は何らかの理由で信仰の欠如が存在しないと言っているわけだ。意味が通じないのでは?) 

 ふーん、ここまでくると、コメカミをなでながら、これ以上付き合う必要があるのか悩んでしまうね。 

 神の「証明」なんてものはないんだが、中世ヨーロッパでは主の存在は疑う余地のないものであった。誰かが主を嫌ったり、拒絶したりするとしても、それによって神が存在しないという意味にはならない。確かに、極端な発想の者たちはいたのだろうが、それが論点じゃない。

 セダスでもそうだ。モリガンやクナリについての議論は、プレイヤーにどんな影響を与えるかという議論の文脈では、ライター・チームの視点から言えば、まったく無関係だ。われわれが提供する視点には含まれないし、それを変えるつもりもない。 

 だからこの辺にしようと思う。もし誰かが「ライターたちが何を言おうが、(信仰の有無が)全体のストーリーにとってのまごうかたなきテーマであり、そのアプローチを変えないと言っていながら変えるのであれば、すべてが破滅だ!」とでも言いたいのであれば、ま、好きなだけどうぞ。(ウインク)

(DAOはさまざまな事柄に曖昧さが残っているところが好きだった。真実を明らかにすることによって、それらの曖昧さが消えて欲しくない)

 つまり、私のコメントを、メイカーが実在すると解釈したわけ? プレイヤーに無神論的発想を許さないことが、神性の真実(the truth of divinity)に冠する曖昧さを喪わせるというわけ?
 そうだとすると、もはや何を言っていいかわからないな。

(あなたの語っていることは、主人公や他のキャラクターたちがチャントリー解釈版のメイカーをそのまま信じない可能性までは否定していないように読み取れる。DAのキャラクターたちは、自らより高次の存在が一切存在しないという発想を抱くことはまずあり得ないというのがあなたの主張だと解釈して正しいか。もしそうなら、完璧に理解できるのだが)

 まさにそうだ。チャントリーやメイカーを信じないのは無神論ではない。だがそうではない定義をしている人もいるのだろう。DAOはドワーフやデーリッシュ・エルフの(主人公)キャラクターにメイカーを公然と嘲ることを許していたはずだが、それは彼ら自身に別の信仰があるからだ。モリガンは特別なケースなのは間違いないが、無神論者ではない。誰かがそう呼びたがるとしても、彼女の場合は典型例にはならない。

 そして、そう、主人公キャラクターも特別なケースになりうる。言ったように、プレイヤーがある宗教的見地を是認しなければならないなんてことをするつもりはなく、単に無神論を主張する選択を持ち込まないだけだ。DAOのヒューマン主人公でそういうケースがあったと主張するプレイヤーがいるのであれば、それは正しいんだろう。今となっては私よりも皆の記憶のほうが確かだろうから。 

 もしファンが本当にハッピーになるなら、私の言明を「しかるべきタイミングで(信仰への)疑問を提示するような選択を与える」という風に変更しても良い。つまり、信仰そのものが直接的な問題となっているときの話だ。それ以外の場合は、前から言っているように、われわれが持ち込もうとは思わない視点のひとつである。今のところ言えるのはこんなところだ。  

 このくらいでいいかな?

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 まず、ボタンの掛け違えがあった。ゲイダーさんは、「なんでもプレイヤーに決めさせろ!」という馬鹿馬鹿しいファンの声のひとつであると解釈したようだ。ちょっち過剰防衛気味なスタートなのはそのせいだろう。

 それから、ハッキリは述べていないが、中世ヨーロッパに言及しているところからみて、「無神論」の定義が他の者たちよりも厳密なのだと思う。いわゆる「無神論」は近代以降の流行であるから、ゲイダーさんの念頭にはそれがあるのだろう。つまり、啓蒙思想の影も形もないセダスの民に、なんで無神論なんて流行するの?ということかな。

 「無神論」の定義などといった複雑怪奇な話を、こんな場末のゲームブログでやるもんじゃないが、まず日本人にありがちな「私は無神論者です」という、ガイジンが聞いたら誤解を招きかねない物言いについて触れておく。

 いや、これはまじでイスラームとかと話すときは気をつけたほうがいい。もしあなたも私と同じ、神式の儀式でも仏式でも構わない、教会の結婚式でも平気で行っちゃう人であれば、 実際には「無宗教である」と言いたいわけなんですね。そんときは、例えば「出産とか結婚とかは神前、葬式は仏式、なんか文句あるか」と言えばいい。少なくとも神をも畏れぬ「無神論者」という扱いにはならない。(インテリ相手だと仏教は宗教ではなく哲学であるという論争を吹っかけられるかもね)

 (あなたが本当の無神論者なら、どうぞお好きなように。お任せします)

 神道も仏教も実は「汎神論」とされるんですね。ところが「汎神論」も「無神論」の一種とされる場合があるからややこしい。汎神論では森羅万象に神(神性)が宿るとされるから、神と人の区別がつかない場合が生じ、ゆえに無神論と扱われてしまうことがある。

 無神論にも、人や自然を超越した高次の存在をすべて認めない(狭義)か、一神教の神の存在を認めない(広義)かなどの類型がある。 

 上でゲイダーさんが述べているのは、前者、狭義の発想を持ち込むことはしないということであって、後者、広義の発想についてはぼやかしている。

 さて、ようやくアヴェリンの台詞に戻ることができる。というか、それが書きたかったがゆえにここまでひっぱった。

「メイカーが手を差し伸べられなかったからこそ、メイカーの存在が明らかになる? それがどうにも信じる気になれなくて」

 こういう重たい台詞がさらっと出てくる。BioWare偉い!と私なんか思ってしまうわけですが。 

 これこそ、不在の神に関する不朽のテーマですね。
 神はどうしてユダヤ人の災難を黙ってみていたのか。
 神はわが子ジーザスが磔刑に処せられるのをどうして許したのか。 

 容易に答えの出る問いではないのでしょうが、ひとつの手引きはあるようです。 

 それは、人の罪は人が自ら購わなければならないから。
 神は人を、自らの罪を購い、自ら救うことができるようにお造りになられたから。 

 なかなかわからないですよね・・・。そう、アヴェリン同様、私も、どうにもね・・・。

2012年9月22日 (土)

【DA3】セダス無神論

 本心をお話しますと、DA3: Inquisitionと銘打つのであれば、このくらい重いテーマを拾いあげて、掘り下げてほしいものだと思っています。
 もちろんフォーラムなどではなくて、メインゲームの中で、である。

 アダルトRPGだからといって、ロマンス、4P、ホモ・セクシャル、アルコールばかり取り扱う必要はない。別に取り扱ってもいいけど。

 今回ばかりは、「宗教」をテーマの中心に据えていると思われるので(そうじゃなければ、なぜ"Inquisition"などという多シラブルの読みにくい表題にする?)、いっぺんやってみてはどうなんだろうと思っている。  

 フォーラムでのネタ。
 OPの主張は「DA3の主人公(PC)は無神論者として振舞うことができるようにしろ」というものである。

http://social.bioware.com/forum/1/topic/371/index/14199484&lf=8

 OPが触れているゲイダーさんのかつての発言というのはここ。

http://social.bioware.com/forum/1/topic/315/index/12890819&lf=8

 だいぶ前置きが長くなりそうなので、このスレッドそのものの内容については次の記事にまわします。し、心配しなくても書きます書きます。

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 DA:Oで一番最初にセダスの世界観に触れたとき、「一神教(monotheism)かよ」と驚いた記憶がある。しかも、メイカーは「不在の神」である。

 例えば、TRPGなどでも、DnDのほとんどのキャンペーン・セッティングでも、deities、pantheon(こっちは集合名詞かな)と呼ばれる多神教(polytheism)の「神々」を並べあげている。ファンタジー文学がギリシャ・ローマ時代のヒロイックな叙事詩を手本にして生まれたことにも関係があるのでしょう。

 注意しなければならないのは、一神教、多神教という分類そのものであって、ここではお気づきのとおり、セム族の啓示宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)との対比においての「多神教」について言っている。
 (上述の三宗教以外にも、ゾロアスター教のように一神教とみなされることがある宗教もあったようだ。とってもくどくなるからご興味がある場合は調べて)

 一神教優位の視点から、それ以外の「劣後の」宗教をまとめてペイガニズム(Paganism)という蔑称を用いることがある。異教徒、野蛮人、教化されていない者という語源だそうだ。大陸思想でいうところの毛外(けがい、かがい)の民かな。やがて異端、不信心者、あるいは無神論者をさすようになった。

 ハイ・ファンタジー分野の作品が、これまであまり一神教を用いてこなかった、という理由をいくつか考えてみると、まず、すでに書いたとおり、

(1)ギリシャ・ローマ神話など多神教文明にルーツを有するから。

 愛を司る神、戦を司る神という発想はあまりに馴染み深いですね。
 多くのファンタジー・セッティングが、いくばくかずつ影響を受けていますね。最近では映画「タイタンの戦い」(ギリシャ神話)、「マイティ・ソー」(北欧神話)
などが有名でしょうか。  
 ん? 「アクエリオン」? すまん、パチンコはしないのだ。
 「ペルソナ」シリーズなんかも日本神話を用いて同趣旨の設定をしてます。 

 
(2)究極の善悪の対立がなければ物語として面白くない、と考えられたから。

 別に一神教でも可能なはずなんですがね。
 うまいことやったのは映画「スターウォーズ」ですね。ルーカスによれば、ザ・フォースは「神」と呼ばれることもある存在・概念であり、もっと単純に言えば「生命力」、「生の躍動」(life force)のことだそうだ。

(3)生々しすぎるから。

 これが最大の理由じゃないんですかね。
 一部のサイファイでは、そういう批評性のある作品はあったかもしれないが、エンターテイメントの世界でリアルの宗教を批判的に描くことは避けられていたのではないかな。別にユダヤ資本の陰謀とかそういうことではなく、端的に白ける、つまらない、抹香くさい。
 仮にやったとして「薔薇の名前」ほどの素晴らしいレベルになるってケースは非常にまれだったでしょうし。あれは、なんであんなに面白いのかね? というかInquisitionは、あの世界と伍していく気なのかね?

 DnDなどTRPGの世界では、逆にシャーマニズムやトーテミズムが醸し出す
オカルティズムの味わいが欲しかったのかもしれません。実際にDnDのセッションは悪魔崇拝の集会と誤解されたりしていたので、後ろめたい、疚しい(やましい)気持ちを抱きつつ、こっそり集まって遊ぶものだったようです。うらやましすぎる(笑)。 

 さて、お題は「無神論」。

 このネタはゲイダーさんがかなり真面目にレスしているので、DA3本編に間接的にしっかり関係あるんじゃないかな。

 

 

2012年9月21日 (金)

【DA3】戦慄のオールドスクール派

 BioWareコ・ファウンダーのドクターたちのデパーチャーについて、口さがない(ノン・アメリカンの)UKメディア(Metro)は私とまったく同じ発想にたっていますね。

"Although the natural assumption is that the two doctors (the pair met while  getting their medical degrees) had become frustrated at the corporate culture at  EA, they had nothing but praise for the publisher in their leaving messages."

 生き馬の目を抜いちゃう輩の目も抜いちゃおうとするカットスロート・アイランドな輩が徘徊蟠踞、跳梁跋扈する典型的な「アメリカン大企業」のEA。カナダの片田舎(失礼)、エドモントン出身の素直なおふたりは、その邪悪なコーポレート・カルチャーと折り合いがつかず、表面上はSWTORの「失敗」などの責任を取らされ、あっさり追い出されちゃったんだろうなあ。 

 期せずして、SWTORのいくつかのサーヴァーも近く電源が落とされるようです。

 おふたりともEAへの売却益を含め、お金はうなるほど持っているから悠々自適だろうけど、ムジカ氏の「もうゲームビジネスには手を染めない」という訣別の決意からそんな推測をしてしまいます。(ゼスチャック氏のほうはたぶん相棒に引きずられたんだろうかね。フェアウェル・ノートも未練たらたらであったが。それともゼスチャックが嫌気をさしてムジカ氏が付き合ったのか、わかりませんけどね)

 それとも関係するのが、Frostbite2エンジンの話だと思うのですよ。あらゆるプラットフォームをつなぐというEAの画期的な商品戦略(笑)、少なくともコンソール・マシンとPCの世界ではその実現の尖兵となるゲーム・エンジンである(Wii Uまでカヴァーしちゃった)。
 つまり、今後EAでヴィデオゲームを作るのであれば、当面このエンジンを用いることから逃れられない。
 さらに、Frostbite2エンジンを用いるということは、本格的マルチプレイ化の話にもつながる。

 ME3の開発者(オーディオ担当)によれば、ME3開発の時点ですでにDICEのBattlefield 3の開発者と協業は行われていて、例えば銃撃戦における音響のリアリティについてDICEが有している知見を取り込んでいると言っていました。 
 ME2とME3を続けて遊ぶと(そんな奇特な輩は私の他に余りいないだろうが)、私のPCにくっついてるごく普通のサウンド・デヴァイス(ステレオ・スピーカーです)でさえ、音響まわりの品質が違うことがわかります。というかME3のウェポニーは、そういう高度な音響設計を前提にして仕様が設定されていることがわかる。どちらかというと「どれも一緒」だったME2の武器に対して、ME3の多くの銃器類のサウンドには明らかな特徴がある。
(ME3はUnreal Engine 3を用いている)

 
 ME3のマルチプレイ化は、開発がだいぶ終盤に差し掛かったところでどたばたと決まったような印象があります。発売を半年延期したのもその影響があるでしょう。EAのCOOムーアが打ち出した「全プラットフォームを繋いじゃう計画」に即したものと考えるとタイミングも合っている。
 
 DA3にそのDICEのFrostbite2エンジンを持ち込むということは・・・。 

 被害者意識の強い(むしろ被害妄想とまで言えるレベルに到達した)オールドスクール派は、「DA3マルチプレイ化ゼッタイ反対! ダメなものはダメ! セダス大陸は某国固有の領土!(おいおい)」とわめきちらしているのではないでしょうか。
 BioWareフォーラムにDA3のコーナーができて、すでにものすごい数のスレッドが立っていますが、まだじっくり眺める時間がありません。でも「マルチプレイ絶対反対」のスレッドはきっとたくさんあると思う。

 オールドスクール派のどうしても譲れない「こだわり」はいくつもあるので、最近のどんな新作CRPGも「けしからん!」という評価を受けるのは避けられないのです。
 

 すでにゲイダーさん(リード・ライター)が、フォーラムで「ソロ・プレイのストーリー上のクリティカル・パスにマルチプレイが必須なんてことはしない」と断言していますから、ME3のように「マルチプレイをやりたくない人はやらなくて結構」というスタイルは踏襲するはず。

※ ME3の全てのエンディングを観るためには本当にマルチプレイ(あるいはiOSソフト)が必要なかったのか。その点については疑問があるのですが、Extended Cut(EC)では発現条件が大幅に緩和されたので、それ(無料)をダウンロードで入手すれば問題はない。

 
 だから議論は、「DA3にはどのような形で、どの程度、マルチプレイが組み込まれるのか」になると思うのですが・・・。

 「マルチプレイをやりたくない人はやらなくて結構」というスタイルであるとの前提を置いても、「マルチプレイ絶対反対」という主張はなぜ行われるのか。

 オールドスクール派の「こだわり」のひとつに、ソロ・プレイ=ストーリー・ドリブン・キャンペーンという前提を置いているというものがあります。
 それに関連して考えられる主張のひとつはこんなのですね。

1.マルチプレイ化によって、開発リソースが分散されてしまうわけだから、ストーリーが薄まる、水増しされる、水っぽくなる(ウォーターダウン)、ダムダウンされる。

 この前半を、「コンソールマシンとのマルチプラットフォーム化によって、カジュアルに媚びてしまうわけだから」と書き直しても通用しますが、それはまた別の話。

 Bethesdaのトッド・ハワード氏は、Skyrimのマルチプレイ化という「ファンの要望」を締め出しました。その理由こそ「開発リソースが分断され、ソロプレイが満足に開発できなくなる」というものでした。Skyrimリリース後、The Elder ScrollsのMMOが発表されていますが、別の開発チーム構築が必要だったということでしょう。
 

 この開発リソースの問題は、ソロ・キャンペーンとマルチプレイの両立化を実現したME3のリリースによって「確かに開発現場に混乱を招いたような節はあるが、致命的な問題にはならなかった」ということができるかもしれない。これには「あの(出来損ないの)エンディングこそ、マルチプレイ化の被害者である」という反論があるのかな。

 私もリソース不足の弊害がまったく「なかった」とは言いません。ECで追加されたいくつかの「物語の穴埋め」シーンにはやっぱ最初からあったほうがよかったと思われるものがあるから。それとBioWare伝統の「物語のその後」、アフターマスの紙芝居は欲しいですよね。
 でもリソース不足はマルチプレイ化によるものだけではないと思う。リーパーズの物語をあそこまで風呂敷広げちゃったのだから、オチの付け方は非常に狭まりますしね・・・。

 
 それから「消費者」の立場の議論では、こんなのがあるかな。

 
2.ME3にユーザーが支払った60USDのうち、結構な部分がマルチプレイ・ポーションである。故にマルチプレイに興味のないユーザーは正当な対価以上の金額を支払わされている。つまり、いらないものの分まで買わされている。

 
 この議論は難しいですよね。まず60USDが正当な対価かどうかなんてわかりゃせんのだ。
 ソロ・キャンペーン部分で60USD支払うのが仮に「正当」なら、マルチプレイ・ポーションは余分に支払わないといけないはず。実際には、ME3のマルチプレイは今のところほぼ無料で遊べる(少なくとも入り口で締め出されない)ので、この論法だとBioWareからユーザーへの「ギヴアウェイ」(おみやげ)ということになる。

 正当な価格はそもそも60USDではない、ソロプレイ部分なら例えば40USDであるべきだ、となると議論は根底から破綻しますよね。第一その架空の金額は何に基づいてそうなのか?
 ゲームの価格はそのようには(コスト・マークアップ方式では)決められていない。

 ゲームのコンテンツは、60USDというAAAタイトルの場合の一般的な出口価格(いわゆる業界慣行)と、目標とする販売本数と、開発期間(すなわち開発コストの大部分を占める人件費)と、どのレベルのテクノロジーを駆使しなければならないか(AAAタイトルなのかそうではないのか)、そういった縛りから逆算しておのずと決められてしまう。
 その制約条件(縛り)の中で、「Co-opマルチプレイ」というフィーチャーの導入がME3の販売政策上「有益である」という判断が下されたのでしょう。あるいは将来展開に向けた「実験的試み」なのかもしれない。

※ ObsidianのProject Eternity、その最初の作品をひとりのリード・プログラマーが中心となって、ジェネリックな開発ツールのみ用いてほとんど書いてしまうのなら(おそらくそのつもりじゃないかな)、目標開発コストはKickstarterに提示したように1.1百万USD(うち0.1百万USDはKichstarterとAmazonの取り分なので、実質投資額は1百万USD)で済んでしまう。

 販売価格は50USDで、開発期間は1年半(2014年4月リリース予定)。販売本数はもちろんわかりませんが、既にダウンロードするつもりのユーザー(Kickstarterの投資家)が4万人くらいいる。コスト見積もりが正しいならブレイクイーヴンを実現していることになり、Kickstarterの投資家以外のユーザーが購入した分は(ユーザー増加に伴って上昇するオーヴァーヘッド・コストを一部除いて)すべてObsidianの儲けになる。収穫逓増の法則。ま、あくまで見積もりが正しいという前提。世の中そううまくはいかないのが常だけどね。

 Kickstarterに集まった金額は現時点で1.7百万USDを超過していますが(締め切りまであと25日)、予定を超過して集まった投資金額はストレッチ・ゴールのスケジュールに従って開発にぶちこまれます。すでにMac版が追加され、プレイアブル種族がひとつ追加され、シナリオが拡充され、アドオンが企画され・・・。2.2百万USD(実質投資額2百万USD)を超えたらLinux版が追加? それはいらんのだけどなあ・・・)

 Project  Eternityについての次のTIME誌の記事は面白いかもしれない。

http://techland.time.com/2012/09/18/kickstarted-old-school-project-eternity-rpg-gets-funded-could-it-raise-10-million/

※ Project Eternityの話はここまでで終わり。 ※

 感覚的にはもちろん、ケーシーたちが相当の開発努力を投入したME3マルチプレイ部分をまったく見ないのは、なんとなく損だなあとは思いますよ。ただしこちら(ユーザー側)のオポチュニティ・コストの問題もあるからねえ。私の場合はマルチプレイに時間を費やすことは「ペイしない」と思ったわけです。

3.どんなマルチプレイにも必ず汗臭いガキが出没する。許せない。

 
 これもためにする議論で、言っている本人はマルチプレイをしないのだから汗臭いガキと出会うことはないわけだ。問題なし。
 類似したものに「どのようなマルチプレイも莫大な時間を投入できるハイ・プレイヤーには勝てない。自分はハイ・プレイヤーではない。だから勝てない。許せない」ってのもあるかな。

 結局自分はマルチプレイそのものが嫌いなのだから、DA3にマルチプレイが導入されるのは気に食わない、と言っているわけですね。

 でもマルチプレイは誰からも強制されないんですよね。またマルチプレイ空間にはなにも汗臭いガキやハイ・プレイヤーだけが出没するわけではない。というかそういうのは少数派ですよ。この手の議論にはやはり傲慢さが感じられる。

 
 発展系としては、「自分が心から愛しているDAやMEの高尚な世界を、わけわからん連中がマルチプレイで台無しにしている」というものがあるかな。
 これはわからんでもない。自分もかつて、DDOでD&Dの世界が一部メチャクチャな扱いを受けていると感じて憤慨したことは確かにあった。開発サイドがチョンボを仕様と言い切ったことに端を発するのだが。

 でも、これも結局上の議論と一緒で傲慢でもあるのだ。「わけのわかる奴」が必ずいるから、そういう人たちとつるんでいればよいだけの話。
 

4.マルチプレイ・ポーションの開発に時間がかかって、DA3のリリースが遅れる。

 
 明日をも知れないレミングスとしては、この意見にはアグリーしたい(笑)。

 つっても、BioWareくらいのスタジオであれば同時並行開発であることは間違いないし、すでに2013年末リリースと公表されているので、それが守られるなら何も言うことはないですが。

 気になる次世代コンソール・マシンは・・・、2012年末には出なくて(Windows 8に合わせるのは無理?)、2013年末に発売なのでしょうか。タイミング的にやばいか? 次世代コンソール向けに開発期間延長?

 
 日本語版については・・・。翻訳・アテレコ自体はコンカレントなローカリゼーションが期待できるなら(わかりませんが)そうは遅れないと思いますが、うーん、マルチプレイ・サーバーかあ。ハードルあがっちゃうね、スパイク・チュンさん。これはネックになりかねないな。うまいことやってほしいけど。

 
 どのようなマルチプレイがどの程度導入されるのか。それはまったく別の議論なのですが、Frostbite2エンジンを持ち込むことが明言されたので、iOSやらブラウザゲーやらとのタイアップというお茶濁し程度ではなく、ME3と同じくパッケージに同梱であることは間違いないと考えていいでしょう。

 素直に考えると、ダンジョン・オンリーの少人数パーティー探索もの(Co-op)かな?
 DDOなどの類似MMO/MOでも、そういう趣向が一番面白い(かつ、たぶんステージを量産するのも簡単)と思ったもので。 
 残念ながらストーリー性はあまり醸し出せないでしょうけど、凶悪な罠とか、複雑な迷路とか、面倒な仕掛けとか、そんな「オールドスクール派」も喜びそうな趣向てんこもりでしょうかね。 

 ま、「オールドスクール派」はそれにすらケチをつけるだろうが。だって「オールドスクール派」だから。
 
 

 

2012年9月20日 (木)

【ME3】Omega待ち。

 強烈なニュース二発で、細部見失っていましたが、IGNの記事で「はっ!」と自分を取り戻した。

http://www.ign.com/articles/2012/09/19/tgs-red-blue-vita-headed-to-japan

 そそそ、Vitaのレッドがリリースされるのは過去記事で触れたとおり、予想どおりだねー、でもブルーまで出るのは予想外だったねー、ってちがーう。

http://www.ign.com/articles/2012/09/18/bioware-hints-at-new-mass-effect-game-names-dlc

 まず、ME3のDLCである"Omega"。今秋リリース。
 先のフリン氏のブログ記事の記述からして、ストーリーDLCであることは間違いなさそうだ。

 Dark HorseのME関連コミックスをなめるように読んでいる私のように奇特な人たちはお気づきのとおり、開発サイドのオメガ、そしてアリア様への思い入れは相当に強い。(ライターのウォルタース氏の趣味かな)

 シャドウブロウカー絡みの"Mass Effect: Redemption"の舞台がそうだし、"Mass Effect: Invasion"はアリア様が主役みたいなものだし、それ以外にもオメガ関連のミニコミックがいくつかある。"Mass Effect: Incursion"がそうか。

 それから、(こちらは読んでるふりをするとボロが出るのでペーパーバックを持っているだけと正直に言うが、つか時間がないのよ、老後の愉しみなのよ)ノヴェライゼーションの"Mass Effect: Ascension"の舞台もオメガであった。  

 ME3では、アリア様と三つのマーシナリー集団(つか、ゴロツキ集団)は、サーベラスの手によってオメガから追い出されていたはず。そのあたりの経緯に関連するのがコミックス"Mass Effect: Invasion"であった。

 DLC"Omega"。ME3でシタデルのダンスハウス「パーガトリー」で管巻いているだけだったアリア様も当然絡んでくるんでしょうね・・・。

 もしかしてサーベラスからオメガ奪還?

 コミックスでは、バターン・コレヒドールの戦いで日本軍にフィリピンから叩き出されたマッカーサー中将(当時)のことに触れられている。名誉ある撤退? いやいや、兵を皆見捨てて、ほうほうの体で逃げ出したんだぜ。
 その情けない歴史は勝者によって改ざんされたんだけど。日本軍はバターンの死の行進の汚名まで着せられたけどな。精神年齢12歳の将軍だから、屈辱に対する報復は容赦なく怖かったわけだ。

 となると、アリア様が「アイ・シャル・リターン」ってことですかね?

 アリア様が、スコード・メンバーになるのかな。  

 すごい不安なのが、自分は決してME2でリクルートしたことのないモリンスの絡みがあるのではないかということです。オメガだけに。

 それから、遠い先の話だろうけど、ケーシーのチームが企画に関与するという新タイトル・プロジェクトってあるじゃないですか。次は前記事からコピペ。

"ケーシーは引き続きMEの新しいプロジェクトを監督することになりますが、彼と彼のチーム・リーダーたちのヴィジョンを結集し、空想上の宇宙(a fictional universe)における新しいゲームの舞台設定を紡ぎ出すことになります。
 ゲーミング・テクノロジーも一から刷新されることになります。"

 空想上の宇宙(a fictional universe)ってのは、やっぱサイファイってことですよね?

 MEシリーズとは別のサイファイものなのかな。

(ちなみに、BioWareによれば、ME3をしたセーヴファイルは大事に取っておくように、とのことです。これはMEの次のポスト・シェパード作品に引き継がれるということだ。)

 新ゲーミング・テクノロジーって、まさかキネクトじゃないですよね?

 それとも、MSとの間で次世代X720のテクノロジーの開発内容を共有しているのだろうか? 

 MSのウェアラブル・コントローラー?

http://www.ign.com/articles/2012/09/19/is-microsoft-working-on-wearable-xbox-controllers

 どっちみちSonyは置き去りにされそうだなあ。

2012年9月19日 (水)

【DA3】ノーバディ・エクスペクツ(もうええちゅうねん)

 "Nobody Expects Dragon Age 3: Inquisition! "

 いや、まだかまだかと皆待ってたんだって。

 

 Dragonage3logowhite1

http://dragonage.bioware.com/inquisition/

 お、もう先を越されてるかなあ・・・。(ちら)越されてるな。

 マーク・ダラー氏のブログ(つかレター)、「もう15年もBioWareにいるんだぜ!」に、「古すぎ!」と自分でつっこんでますが、ま、あちらだとそんなもんですよね。 

 翌日に共同創業者ふたりのリタイアメントがアナウンスされることを念頭に置いたのか、あるいはこのBioWareブログ初登場だからか、自己紹介からはじまってますね。プログラマーの訓練を受けており、BiowareのBaldur's GateでAI、スクリプト、コンバットシステムを担当していた、Tales of the Sword Coast、BG2、Throne of Bhaalではリード・プログラマーということ以外省略します。(あのワイルドメイジは彼の責任で生まれたのだそうだ!)

**********

 DA3については、(すでにご承知のとおり)開発中である。プロジェクトはすでに2年間動いており、ここ1年半くらい前に形をなしていた。

 具体的にお見せるものができるまで、待ってほしいといい続けてきたが、お見せしたいものは実際、山ほどある。だが、あとしばらく待ってほしい。

 ここで確かにいえることは、次のとおりだ。

・題名は、"Dragon Age III: Inquisition"である。

・ストーリーについては今日はお話しない。タイトルから推測はできると思うが。

・DA:OとDA2を開発したメンバーの多くが開発に参画している。

・より広大な世界、より優れたヴィジュアル表現、プレイヤーの選択に対するより良い応答性、より多くのカスタマイゼーションなどを実現するため、ゲーム・エンジンを刷新する。DICEのFrostbite 2エンジンを元に構築している。

**********

 レターの中に「2013年末発売予定」ってのは、見つからなかったので別のところに書いてあったかな。GameSpotのニュースでもその時期であるといっているので間違いないでしょう。

 ところで、ダラー氏のレターの最後には受けた。

"I know this is going to be hard to believe, but it is just as hard for me not to tell you stuff as it is for you to wait."

「まだ何も言えないなんてことは信じられないのは百も承知だが、君たちに何も言えず、ただ待ってくれと言うしかないこちらも辛いんだぜ」

 まー、ここまでくると、完全に太宰治の世界ですなあ。 

 「待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね」 

 これ、「走れメロス」じゃないよ。太宰治の実生活でのせりふである。

 でも2013年末なんて・・・。

 明日をも知れないレミングスの私たちは(古すぎて誰もわからんて!)

アデュー。

 BioWareに関する強烈なニュースがふたつ続いてました。

 時間軸的には前後しますが、まずこちらから。

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 噂は前から流れていましたが、やはりEA全体の変革の流れからしても避けられなかったようです。

 レイ・ムジカ氏と、グレッグ・ゼスチャック氏、ご存知のとおりBioWareの共同創業者のおふたりですが、BioWareからリタイアすると発表されました。 

 おふたりのあいさつ文@BioWareのBlog。

http://blog.bioware.com/2012/09/18/ray-muzyka-greg-zeschuk-retire/

 ムジカ氏については、20年間のBioWare時代(ヴィデオゲーム・ビジネス時代)に区切りをつけ、(ソーシャル)インパクト・インヴェストメントの世界で次の人生のステージを送るとのこと。
 インパクト・インヴェストメントには「社会的責任投資」という訳語が当てられていますが、投資リターンの回収のみならず、企業の社会的責任(本来は社会的影響ですね)の側面にも注目する投資形態。
 ムジカ夫妻の興味の対象は「世界をより良き場所にする」ことにあり、特に教育、ヘルスケア、アニマル・ライツなどに関する慈善活動には過去から取り組んできた。今後はさらに世界中の人権尊重や市民的自由の確保に取り組んでいくのだという。

 ゼスチャック氏については、小さな会社でヴィデオゲームを作っていた頃の情熱を維持することがいまや難しくなったと、ややリラクタントリーに語っています。
 リタイア後のことはまだあまりはっきりとは考えていないようで、家族との時間を持つことを主眼においているという。
 また、かねて念願であったビールづくりの世界に関与していくこと、具体的にはビールづくりに関するウェブページの製作を手がけるつもりであること、それがうまくいったら、さらにビール関係の事業に乗り出すかもしれないことについて語っています。うまくいかなかったら、ビールを呑んだくれて、またゲームの世界に返ってくるかもしれない? 時が経てばおのずとわかるでしょう。

 BioWareエドモントン&モントリオールのGM(ジェネラル・マネージャー)アーリョン・フリン(Aaryn Flynn)のおふたりへの送る言葉。サルート。なお、英語・仏語両方でアップされていますが、私は仏語はわからん。なので同一の内容(どちらかがどちらかの翻訳文)だと前提をおきます。違ってたら教えて。

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 おふたりのBioWareにおける功績については、The Academy of Interactive Arts and Sciencesの名誉殿堂(Hall of Fame)に揃ってエントリーされたことでヴィデオゲーム界全体に及ぶものであったことはあきらかです。
 私が大学を卒業してBioWareに入社して以来、おふたりとともに過ごした時間はかけがえのないものでありました。

 おふたりが離れてからも、BioWareはおふたりの培ったコア・ヴァリューを尊重し、今後ますますヴィデオゲームづくりにまい進していくことでしょう。エドモントンとモントリオールのチームについて言えば、次のような作品群が用意されています。 

 Dragon Age 3: Inquisition

 昨日、BioWareがDAシリーズの次回作を開発中であると発表しました。マーク・ダラー氏(エクゼクティヴ・プロデューサー)とわれわれのチームはDAの新作に何を望むのかファンの皆さんの意見を聴くことにしています。
 個人的にはDAチームと一緒にInquisitionを開発するのが楽しみです。示唆に富む議論、愉しさ、そして何よりも、新しいエンジンで何ができるか発見することは、ワクワクするとともに身が引き締まる思いです。 

 Mass Effect

 ケーシー・ハドソン(エクゼクティヴ・プロデューサー)と彼のチームは、8年にわたる取り組みによって、ME三部作という偉業を完成させました。もちろん、まだ終わりではありません。マルチプレイ・コンテンツは続きますし、ソロ・ストーリーDLCもあと6ヶ月に渡ってリリースしていく計画です。特に、"Omega"は今秋にリリースする予定です。
 しかしながら、MEユニヴァースはそれで収まるはずもないほど果てしなく広いのです。ケーシーとわれわれのチームは別のフル・ゲームの開発も予定しています。「次はどこに向かうの?」という質問をとても多く受けますが、むしろぜひ皆さんのアイデアを教えてほしいと思います。 

 BioWareの新作群

 DAとMEは単体のゲームとしてはじまりましたが、やがて長大な世界へと成長しました。それで打ち止めではありません。ケーシーは引き続きMEの新しいプロジェクトを監督することになりますが、彼と彼のチーム・リーダーたちのヴィジョンを結集し、空想上の宇宙(a fictional universe)における新しいゲームの舞台設定を紡ぎ出すことになります。
 ゲーミング・テクノロジーも一から刷新されることになります。 

 エドモントンとモントリオールのGMとして、次のことは私が申し上げてもいいでしょう。BioWareのクリエイティヴなメンバーたちは、それぞれのフランチャイズ世界を確固たるものとしていくため、あるいは新たな方向を切り開く新しいゲームを作り上げるため、新コンテンツとゲームプレイをこれからも次々打ち出していくことになります。 

 レイとグレッグが創り上げたBioWareはいつまでも存続します。彼らは自らのリタイアメントの日がいずれ来ることをずっと前から考えており、彼ら抜きでも高い水準の業績と企業文化を維持できるメンバーのチームを築いてきたのです。我々は、その松明を大事に受け継ぎ、これからも学び続けるつもりです。

 ドクターのおふたり、どうかお元気で。あなたがたの築いてきたものはわれわれの誇りです。われわれがこれから開発するゲームのどれを取っても、あなたがたの類まれなる創造力と不動の誠実さが刻み込まれていることがおわかりになるでしょう。

 おふたりから教わった世界を、今度はわれわれがお見せする番ですね。

********** 

 いかん、目頭が・・・。

 上述のフリン氏のレターのうち、DA3、ME、新作に関する記述は、原文も載せておきましょう。

• DRAGON AGE 3: Inquisition – Yesterday, we announced that BioWare is now developing the next chapter of the Dragon Age series. Executive Producer Mark Darrah and our teams have been meeting with fans about what they want in a new Dragon Age game. I love spending time with the Dragon Age team as they work on Inquisition. The thought-provoking discussions, the fun, and most of all, the discovery of what’s possible on a new engine is both exhilarating and humbling.

• MASS EFFECT – Executive Producer Casey Hudson and his team are coming off an amazing eight-year run with the Mass Effect trilogy. But they’re not done yet. We are releasing more multiplayer content and we have more single-player stories coming throughout the next six months, including Omega which is coming in the Fall. But the Mass Effect universe is vast, and Casey and our teams have plans for another full game. “Where to go next?” with such a project has been a question a lot of us have been asking, and we’d all love to hear your ideas.

• BRAND NEW GAMES FROM BIOWARE – Both Dragon Age and Mass Effect started as single games but grew into vast universes. But we aren’t stopping there. While Casey continues to oversee the development of our new Mass Effect project, he and his leads are putting together their vision for an all new game set in a fictional universe, built from the bottom-up with all new gaming technology.

2012年9月18日 (火)

【ME3】旬じゃなくてもいいじゃない。(2)

 ME2のIFF回収から(コレクターズ・ベースでケリーが溶けてしまったので二回もやり直したが!)爆走した。

2200
 ME2のフェム・シェパの造形は、デフォルトから多少いじっている。

2132
 ロマンスのときはこういう顔になるんだ。
 ほくそ笑んでいるように見えちゃうんだけど。 

 ME3へインポート。

2213
 
 一から造形だと下手なDLC一本分くらい時間かけますが、インポートの場合は細部を手直しするくらい。それでもかなり時間はかけている。

2285

 ME3の指定から変えたのは髪型、唇くらいなんだが。別人ですね・・・。

 眼が、かなり違って見えますね。ほんと触っていないんです。

 それから、プレイはじめてから気がついたのですが、この髪型だとノルマンディ号に新たに乗り込んだスペシャリスト・トレイナー(あのインド人ぽい娘)とかぶっている。

2434
 艦長、もしかしてあそこの美容室ですか?

(長期航海のときってヘアスタイルの維持はどうやるんでしょうね?)

2441
 ケイダンが活躍するのはだいぶ先。

2190
 ME2では頑なにピンクのアーマーを着用していたのですが。

2471
 ME3だとくすんだ色合いしか出ないみたい。
 全体のトーンというか、光量が控えめなんですかね。

2012年9月17日 (月)

BGEE、リリース延期もオールドタイムの嗜み。

 たしか9月18日リリースだった、Baldur's Gate Enhanced Edition。

 そろそろかなと思ってのぞいてみたら、11月30日にリリースが延期になったそうな。

 http://www.baldursgate.com/windows.en.html 

 知らんうちにリリース日がどんどん伸びていくのは、オールドタイムのゲームでは当たり前のことですが(というか、今ほどはずっと以前からリリース日を告知していなかった気がする)、この調子で何度か延期するんでしょうかね。

 タブレット版を出す以前に、PC版で苦労しているようだ。 

 しかも、PC版が先行した実入りを(元々遅れてリリース予定だった)タブレット版の開発費につっこむ手はずだったのだろうから、資金繰りも大変そうだ。タブレット版も11月30日リリースになったそうですが。 

 ああ、ギリギリで言い訳記事が出ていますね。IGN。

 http://www.ign.com/articles/2012/09/14/baldurs-gate-enhanced-edition-delayed 

 やはり当然のように人手も乏しそうだから、十分な仕事ができないんだろうな。しかも延期の告知が当初リリース日の直前とか、本当に懐かしい感じがしますね。オールドタイム過ぎる。

 これが続くようだと、すでに予約しちゃった人にとっては、Kickstarterで投資したのと同じことになりかねないよね。

**********

 そういえば、Kickstarterで資金公募していたObsidianのProject Eternityは予定投資額が集まったようです。

 http://www.kickstarter.com/projects/obsidian/project-eternity 

 今日現在、1.4百万USD/1.1百万USD。一人あたり約40USDで、出資者3万6千人か・・・。

 そんなくらいで商売が成り立っていたのですかね、オールドタイムは。

 現在、マルチプラットフォームのAAAタイトルの一般的な開発コストは50百万USDから100百万USD。
 平均的なゲームでも20百万USDの開発コストで、2百万本は売れないと苦しいという。 

 1百万USDでできるゲームというのは、基本リード・プログラマーがひとりでシコシコ書いてできあがるってことなのかな?

 South Park:The RPG(PC、X360、PS3)のリリースが2013年までずれ込んでしまったので、それまでObsidianの社員を食わせないといけないってことですか。

http://www.gamespot.com/news/south-park-the-game-delayed-to-2013-6376812

 Project Eternity。万が一、イニシャル作品が受けてシリーズとして大化けすることも・・・、あるのかなあ。

 

 

2012年9月16日 (日)

【ME3】旬じゃなくてもいいじゃない。

 コメントにも書いたとおり、DLCのおかげで、ME3の二周目を少し進める元気ができました。 

 当時、身辺忙しい時期だったせいもあるが、あのエンディング騒動で嫌気がさしたのは否定できない。気にするな、気にするなと自分に言い聞かせているということは、めっちゃ気にしているということだ。「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」は「死ぬほど逃げたい」と一緒。  

 やっぱ、飛びぬけて優れたゲームであることは間違いない。 

 フェムシェパは、顔の造形が難しいなあ。野郎だったら適当でいいんだけど(そもそも一人目はデフォルト・シェパ)。
 デフォルトのフェムシェパは、いくら私でもきつすぎます。

1897
「あんたも死なないでよ、アンダーソン」

 レネゲイド・シェパードは「氷の女」のつもり。
 感じが出ねえー。
 造形はめっちゃ何度もやり直しました。これが精一杯。

 あれなんだよな、キャラクターのフェイシャル・モーションが高度化しているから、ビルド画面のとってものっぺりした能面のような顔と、現場(現場って)に出たときの顔がぜんぜん違うんだよね。

 そしていつも泣きそうなのが、唇。せりふにあわせて動かすため、リップスまわりのモデルのつくりがすごいルーズなのよね。だから喋っているときは自然に見えるんだけど、黙っているときはたいていアヒル。 

2007
 画像撮影もよく見える角度を探すという、無駄な作業が発生する。
 この耳が少しのぞく髪形は、やっぱいいっすね。 

2070
 ヒラリー・クリントンとか言わないように。かなり気にしているのだ。 

 ところが、このフェムシェパでも、ヴァーミア(だったかな)のサヴァイヴァーは、一人目野郎デフォルト・シェパードのときと同様、アッシュであった。
 かぶってるやん。
 うーん、どうしてそんなことになってしまったのかな・・・。

 記憶をたどると、実際の二人目シェパード(フェムシェパ)のプレイは、まだME2のクライマックス直前でとまっていたのであった。 

 パラゴン(野郎)、パラゴン(フェム)と続いたらつまらないので、三人目だったレネゲイド(フェム)を先行させたらしい。たぶん。

 それか、二人目フェムはケイダン・ラブであったから、DLC「シャドウブロウカー」のリアラとの関係を見たいが故にリアラ・ラヴであったレネゲイドを先行させたのかもしれない。もしかしてこっちかな。 

 そこで、むしょうにケイダンの出演シーンを見たくなり、ME2のクライマックスをやり直している。

 うわさのフェムシェパとギャレス(浮気です)のラヴ・シーンも自分のプレイではじめてみた。
 あれはずるいな。あれじゃあ、多くのフェム・ファンの心をわしづかみするだろう。ナットク。

2130
 一時期爆発的に流行した、メグ・ライアン主演系映画のノリですかねえ・・・。 

(ところで、上の画像ではケリーがお世話してくれているはずだった熱帯魚がなぜか全部死んでいる・・・。なんでだろう? バグにしてもおっかないんですが)

 ところがコレクターズ・ベースに乗り込んだところで、攫われていたケリーが無残にも溶けてしまったので、もう一度やり直し中・・・。くそっ。
 ケリーたちが攫われてから、残していたリージョンのミッションをやってしまったからか。くそっ。そんなペナルティのこと忘れてたぜ。

 まあ、自分のふがいなさに対する怒りが収まったら再開するつもり。

 ME1のプレイスルーは、今となっては(主に資源等回収=レべルアップ方面の煩雑さのせいで)繰り返すのはちょっち辛い面があるけど、ME2は何度でもプレイできそうだね。ME3も案外そうかもしれないね。 

 やっぱ、偉大なシリーズだなあ。

 次のME3のストーリーDLCが出る頃には(出るとしたら)、シェパード三人くらい揃えておきたいなあ。無理かなあ。

2012年9月15日 (土)

Project Eternity

 これが「Obsidian最期の戦い」にならないことを切に願っています。

 http://www.ign.com/articles/2012/09/14/obsidians-fantasy-rpg-reveals-founders-true-desires 

 ウロボロス(自らの尻尾を呑みこんだ蛇、無限・永遠の象徴)に囲まれた「4」という数字。そのイメージのみのティーザーが二、三日前に出ていた。

 この4人のことだったのだろうか?

 Feargus Urquhart

 Interplay EntertainmentのRPG部門として1997年に設立されたBlack Isle Studioの当初からのリーダー。よって当時からの全てのゲームに関与している。
 2003年にObsidian Entertainmentを設立し、CEO。現在に至る。

 Chris Avellone

 Fallout 2の開発にも参加しているが、最も著名な作品はリード・デザイナーを勤めたPlanescape: Torment(1999年リリース)。
 Icewind Daleシリーズなどに参加し、Star Wars: Knights of the Old Republic II(2004年リリース)でリード・デザイナー。Neverwinter Nights 2(2006年リリース)などを経て、ObsidianでFallout: New Vegas(2010年リリース)に参加。

 Tim Cain

 Fallout(1997年リリース)のリード・プログラマー、デザイナー、後にプロデューサーも兼務。翌年退社してTroikaを設立し、Arcanum、The Temple of Elemental Evilのリードを務める。Vampire: The Masquerade – Bloodlinesにも関与。
 2005年に資金難からTroikaを閉鎖、しばらくNCSoft関係MMOプロジェクトのプログラミング教育などで禄を食み、2011年からObsidianのシニア・エンジニア。

 Josh Sawyer 

 Black IsleのWebデザイナーとして入社後、Icewind Dale II(2002年リリース)ではリード・デザイナーを務めるまでになる。Black Isle閉鎖直前までは幻のFallout 3のデザインをしていたとも。Midwayを経て、Neverwinter Nights 2のリード・デザイナー、Fallout New Vegasのプロジェクト・ディレクター。 

 彼ら4人が集結して、CRPGのまったく新しいフランチャイズ、「プロジェクト・エターニティ」を立ち上げる。
 往年のBlack Isleを知るオールド・タイマーのファンにとっては、心躍る布陣?

 素直に喜べない理由は、これがいわゆるクラウド・ファンディング(Crowd Funding)の先駆的立場にあるKickstarter向けのラインナップだろうと感じられてしまうこと。

 クラウド・ファンディングとは、昨今究極の投資方式などともてはやされているが、ぶっちゃれば多数の極小額投資家が、比較的高額の投資案件を分担して負担することであり、形式的には従来からある一口馬主、一口森林オーナーと同じことだ。
 もっとさかのぼれば、日本でいう無尽講も発想は近い。 

 インターネットを介して行われるとき、災害支援、市民ジャーナリズムなどにも用いられるし、「草の根」政治活動や、営利企業の資金調達でも例があるが、元はポップ音楽バンドのコンサート費用、レコーディング費用捻出手段として脚光を浴びてきた。

 Kickstarterは独立系(インディーズ)アートである音楽、映画、ヴィデオゲームなどの創作支援を事業目的として設立された。

 詳しいメカニズムは省略するが、Kickstarterは、独自の一定基準を満足した候補プロジェクト(慈善活動、目的不明瞭なものは認められない)の必要資金について、期間を限って広く公衆から(一般にはインターネット経由で)募集する(場を提供する)。

 希望者たちは当該プロジェクトに出資の意思がある旨表明する(この時点では金銭のトランザクションは行われないか、エスクロウ(トランザクションの代行)業者としてAmazon Paymentsが出資希望者からいったん預かるのでしょうかね。どっち道トランザクションに必要な全ての情報はAmazon Paymentsに送られている)。

 期限までに目標資金額が集まらない場合、当該候補プロジェクトは「ボツ」になり、資金は集められない(トランザクションは行われない、あるいはAmazon Paymentsから投資希望者に返却される)。
 目標資金額が集まった場合には、Amazon Paymentsを通じて実際にトランザクションが行われる(希望者たちは実際に出資したことになる)。出資は全世界どこからでも行われるが、候補プロジェクト(資金募集者)はUS住民に限る。

(つまり余談ではあるが、十億円を超える寄付金のやり場に困っている東京都知事は、寄付を募る際にそういう手段を用いればよかったのだ。だがこのメカニズムの場合は匿名では実行できないわけで、集金額がそのおかげでどれだけ減るのかはわからないが)

 KickstarterとAmazonは集金された金額からそれぞれ5%程度のマージンを最初に抜き取る。またプロジェクト成果物の著作権についてKickstarterが保有することは一切ないが、Kickstarterサイトで公開された資料類は削除されずに保存される。 

 実際に資金が集まったとしても、候補プロジェクトが思惑通りに進む保証も、そもそも資金が当該プロジェクトに用いられる保証も、当初見積もり額が十分である保証も一切ない。 

 Kickstarterは、それら予期せぬ結末について何の責任も負わない。資金を募集した候補プロジェクト側には不履行の場合は法的制裁がありうると指摘しているのみであり、出資者は自己責任で投資するように注意喚起される。 

 まあ、「楽天」なんかとやってることは一緒。あくまで「場」を提供するだけでミカジメ料を掠めとる商売。テキ屋相手のやくざ商売や、ヴェガスのマフィアなら、祭り場の「警護」までしてくれるが(ミカジメ料にはセキュリティ・アドヴァイザリー・フィーが含まれるから(笑))、「楽天」はなんもしてくれない。

(以下、補足を追加。これが「投資」である部分の説明が抜けていた)

 もちろんKickstarterはネット取引市場ではなく、「先行投資」の場であるので、「楽天」とは異なる部分がある。
 このObsidianのゲームの場合、投資家サイドから見たリターンは、投資額と完成ゲームの価額の差がまずひとつ。35USDの先払いで将来おそらく50USDから60USDで売り出すと思われる完成ゲームを入手できることになる。あくまで完成すれば、だが。完成しないリスク、不出来なリスクの大きさは各人で予想するしかない。

 それ以外にも高額出資を奨励するため、最大1万USDまでの投資オプションがあって、それぞれ特典がある。最高レベルであれば、開発者とゲームができる、完成発表パーティに出席できるなど、私からすればとても間尺にあわないとしか思えないような「豪華」特典が入手できる。金がうなるほどある人向けだろう。

 その中間には、いわゆるコレクターズ・キット的な特典や、開発者のサイン入り冊子などの特典がある。 

 そうした特典を先行投資に対する「リターン」と呼ぶのはそぐわないかもしれない。なぜなら出資の時点で手に入ることが明らかなものが大多数だから。完成記念パーティーが開発頓挫の残念会になるかもしれないけど、開発者のパーティー自体は開催できるしね。暗い会になりそうだけど。 

 よってここでは純粋に、ゲーマー個人が小額の先行投資で、フルパッケージ、フルプライスの完成ゲームを(このゲームの場合ダウンロードで)入手できること、というのが「リターン」と言い切っていいと思う。現時点で不確かであるから。
 (ダウンロード販売のゲームなので、個人ではなく転売などの商業目的でこの案件に投資することは、もともと意味がない。フィジカル(現物)商品の場合はどうであるか、残念ながらそこまで調べていない。)

(補足追加分終了)

 Kickstarterは、いかにも「民主的」な、次世代の夢の投資方式だと思いますか? しかも投資家たちは、いたいけなインディーズ・クリエーターが世に出ることを支援する、ある種「慈善的な」事業に参画していると思いますか? 

 経済の話してもいいですか?  

 「株券」というものは日本では存在しなくなりましたが、取引単位はありますね。100株とか、1000株とか。

 一般市民(市井の潜在投資家)にとってそれが大きいほうがいいと思いますか?(つまり任天堂の株を買いたければ最低でも100万円がいるとしよう) 小さいほうがいいと思いますか?(任天堂の株が100円から買える)。

 もちろん絶対額にもよりますが、一般に取引単位額が下がるほど、一般市民(市井の小口投資家)の権利は毀損されます。

 毀損されますっていうか、現時点で権利などすでにありません、と言い切ってもいいかもしれない。
 株式は議決権とリンクしていますから、細かく刻めば刻むほど小口投資家の発言権は細かくなっていく。全体から見て十分に細かくなれば実質発言権は「ない」。 
 だから最初から発言権を放棄するケースが多い。必然的に大口投資家の発言権が堅固になっていくのですね。 

 取引単位が小さいほうが皆が「権利」を手にできるから「民主的」というのはとんでもない誤りです。いや手続きこそ「民主的」かもしれないが、そこから「独占」が生まれてきたんですね。民主主義が独裁者を生む、って話とは違うメカニズムだけど。

 facebookの例を見ても、企業は最初から大口投資家しか相手にしない、ってのはわかると思うのですが。小口投資家は大抵ババを引く。

 でも公開株式の場合は(大抵の場合)「気に食わなくなったら売る」ことができる。大抵の場合というのは、買い手がつかず売り逃げそびれる場合があるから。その場合はご愁傷様。

 一口馬主ってのは、そもそも「ギャンブル」の世界の話です。投資がコケたって諦めがつくでしょう。いやコケたってへっちゃらな人がやるものだ。

 一口森林オーナーは、まー、なんつうんすか「善行」のつもりでしょう。出資した時点で勝ってますよね? 満足してるんじゃない?

 たとえば、あまりうまくいかなかったけど、日本でも売り出そうとする女性アイドルの証券化プロジェクトってのあったよね。あんなのも「かわいい! 一口乗った!」その時点でもう一般の小口出資者としては満足してるんでしょうね。若い駿馬のメタファーなのか、森林の苗木のメタファーなのか知らんけど。さらに一口投資家があの手口に実際に乗ったのかどうか知らないけど。
 なんとか総選挙で大枚はたいている人たちも発想一緒だよな。

 だから、この手の話に一口乗るなら、ヤバくなったらケツ巻いてオサラバできる(Kickstarterの場合は無理)、ギャンブルだから「成敗は兵家の常」と割り切る、出資の時点で「いいことしたなあ」と満足する、そのどれかでなければならない。  

 なぜ、こんなこと書いているかというと、理由は二つ。実際はひとつか。 

 ・EA/BioWareなどのメガ・パブリッシャー・デヴェロッパーはいたいけなファンを搾取する「悪」の大企業である。
 Kickstarterは無辜な市民を守る「善」なる試みである。高尚な「草の根」活動である。その成功は「群集の英知」(Wisdom of the Crowd)の発露によってもたらされたのである。

 まず、そういう大合唱が聞こえてきてイヤな気持ちになっているから。

 やがて、しばらくしてふたを開けてみれば。出資者たちは思わぬ不出来に直面する。

・「カスタマー(顧客)なめんな!」という声の代わりに「インヴェスター(投資家)なめんな!」という罵声・怒号が飛び交っていることが容易に想像付くから。それでまたイヤな気持ちになるから。 

 ちょっと待て。Kickstarterの売りにはもうひとつあるだろう。開発目論見書などの知的財産を投資家に公開するんだろ?
 でも、投資家にならなくても閲覧できるんだよね。開発がスタートしてから特権的に内部情報に触れることができるってことはないし。
 だいたい、日にちがたつにつれて、どんどんドツボにはまっていくかもしれない開発現場の様子を都度見たいかい?

 Obsidianは資金繰りに大変苦慮している。それは前からわかっていた。

 Kickstaeterは、金欠のObsidianにとってまさにAngel investor、救いの「天使」投資家に見えたのだろう(実際には「天使」は投資家各人で、Kickstarterはミカジメ料を掠めるやくざなのだが、そんなやくざの存在も知らず乗ってくる時点で誰も「天使」とは認められないな)。 

 Feargus Urquhartが上記リンクのヴィデオで、新しいRPGのヴィジョンを語っている。

 Project Eternityは次のようなポイントに注力した全く新しいファンタジー・ロールプレイングである。

・心を引き付けて話さないストーリー
・人間的深みのあるコンパニオンたち
・膨大な探索機会
・より複雑なゲームプレイ
・愉しく戦術的なコンバット 

 まあ、よくもここまでジェネリックな表現を並べたものだと思うが、資金集めが目的のヴィデオであるから、当然なのかもしれない。

 上の5つの要件って、いまやCRPGの必須要件なわけだから。「これからファンタジーCRPGを作ります」と言っているのとなにも変わらないのだ。

 ヴィデオで唯一わかる「仕様」といえば、Infinityエンジン時代のIcewind Daleや、Baldur's Gateと同様、斜め見下ろしヴューを採用しようとしているらしいこと。 

 いつ出るのか?

 Eternityだけに? いつまでも出ないとか?

 Eternityだけに? Obsidian永遠の眠りとか? 

 ん、なに? ウロボロスのイメージが。
 タコが自分の足を食っているようなものだって?

 おいちゃん、それを言っちゃあおしめえよ。 

 祈る心を忘れずに。アーメン

 

 

 9月15日時点(日本)で、0.7百万USD/1.1百万USD、残り31日。 

 資金自体はなんとか集まりそうですね。

 

【DA3】ファンは得意なことをやれ。

 BioWareフォーラムも以前からときたま派手に盛り上がることはあったが、普通は至って静かなところであった。最近は必ずどこかで火の手が上がっている感じだ。ましてや新作リリースもない時期にしては、ちょっとドンパチが過ぎる。

 そのせいもあってか、フォーラム・ユーザーはBSN(BioWare Social Network)のリニューアルについてのアンケートに答えるように要請されている。
 

 かなりキナくさくなってきたってことですかね。

 正直これはBioWareの、具体的にはムジカ博士のポリシーから起きているような気がしてしょうがない。

 「ファンの声を聴く」という古き良き時代の「美徳」を無邪気に信じちゃったんでしょうか。
 ご本人がインターネット世代じゃぜんぜんないからね。お上品なUSENET世代かな。
 BioWareはこのままインターネットの洪水で圧し流されちゃうんじゃないだろうかね。  

 「ファンの声、なにそれ?」という態度が良いとは言わないが(本当は言いたいが)、「(でかいだけの)ファンの声、なにそれ?」と突き放す態度は、Valve/Steamも、Blizzardも、Bethesdaも、いや大抵のところは頑なに守っている気がする。そういうところはファンに決して「迎合」しない。

 BioWareは、ムジカ博士は、ME3 Extended Cutで掟破りの「迎合」をしてしまった。
 一度やってしまったら、何度やっても同じことだ。またやるだろう。

 そういう期待から、わんわんと自称ファンたちの怒号が連日響き渡っている。
 DA3はメタクリティックのユーザー・スコアが良くて"3.8"だと思う。今から予言しておこう(笑)。

 そこまでメタクリティックのユーザー・スコアが残っているか、わかりませんが。
 それ以前にDA3がいつ出るのか、わかりません。

 あ、「全てのファンの声、なにそれ?」というところもありますよ。和製に多いね。スクエニとか、あと、スクエニとか?

**********

 BioWareは本当にファンの声を聴くのか。

 Bioware asking fans what to put into Dragon Age 3

 http://social.bioware.com/forum/1/topic/315/index/14048801&lf=8

 このスレッドは、基本的にゲイダーさんがひとりで打ち返している。

〔BioWareは、ファンの意見を肝に銘ずるべきだ。それと同時に、ファンのものの見方に妥協するのではなく、創造性を発揮できるような確固としたヴィジョンを持つべきだ〕

 という意見に対して、ゲイダーさんは「まさにそのとおりだが、永遠の葛藤だ」という。

 DAOが好きでDA2が嫌いなファンだけの声を聴くべきだという意見の者がいるようだ。(DAOが嫌いでDA2が好き、あるいは両方とも好き、または両方とも嫌いという声は聴くなということだ)
 そういう者たちはソフトの売上げ本数を示したりして、「全てのファンが」いかにそれを望んでいるか、あらゆる手段で正当化しようとしている。このBSNや他所のフォーラムでの声が全部違う者の声であって、それらが代弁しているのだと。従わなければ破滅だと。

 皮肉っぽく聴こえるかもしれないが(そして実際そうなんだが、その理由は自分がライターであり、喋るときはそういう調子がいつもデフォルトだからだ)、そういう主張には確かに正しい側面もある。だがほとんどの者が信じているだろうこととは違って、単なる「ある」側面だけの話だ。インターネットでの話では、皆は極端なことだけが成立すると思いがちだ。オール・オア・ナッシング。ものごと(の答え)が一般的には中庸あたりにある場合でもそうだ。 

 だから、我々ができるだけ多くのファンの声を聴こうとすると、それらのファン(とりわけもっとも「でかい声」のファン)は、自分の意見だけが傾聴に値することをなんとか主張しようとするのは避けられないことだ。そして我々自身もDragon Ageをどうしていきたいかというヴィジョンを守ろうとする。DAOとDA2の両方からの要素を含むかもしれないし、どちらでもないところからのものかもしれない。 

 そういった部分が実際のところどうなるのか、何か見せることができるようになるまで我々は話題にしない。どんな変化が起きるか最も気にしている人たちは、何かを実際見せるまでは何も決して信用しないだろうし、それこそ当然だ。
 だがもし誰かの立場が、将来のDAはDAOそのものでなくてはならず、どれだけ洗練されていようがDA2の要素を含んではならないというものであって、もしちょっとでもそれから外れるのであれば、我々が正しいファンの声を聴いていない証拠である、というなら・・・、まあ、そう感じるのは大変気の毒だと思うし、DAOをそこまで愛してくれてうれしいけれども、我々は悪いが先に進ませてもらうことにするだろう。 

 我々が今取り組んでいることをお見せする日がやってきたら、皆は我々がどんなことをなぜやってきたかを知るとともに、我々の方針にはあるファンが望んでいたことも含まれていれば、そのファンとは異なる意見の者が望んでいたことも含まれているとわかるだろう。だが我々が「どんな」変化を持ち込んだときでも、そんなふうには感じない多くの人がいることも疑いない。もちろん、実際には無視されていないときであっても無視されていると感じる人々もいる。まあ、お馴染みの話だ。

〔だとしても、今までアナウンスされた内容はDA2からのものばかりである〕

 確かなことしか、これまで話をしていないし、この時点で話がしやすいことは、これまでと変化のない部分であるからだ。しかも、それらであっても、まだリファインの途上にあるという事実も無視されているんだが、具体的に見せるまで話はしない。

 いずれお見せする。皆は、情報がないことをもって、まるで実際にその事柄が存在しないような扱いをしているようだ。すでに発表されたゲームなのに十分な公開情報に乏しく、我々が情報提供を怠っているかのようにみなしている。パニックを巻き起こして、自分たちの憶測に我々が反論するように要求し、彼らの憶測を真実と扱わなければ・・・、まあ好きにするがいいさ。インターネットとはそういうものだ。だが我々は喋れるようになるまで、喋らない。申し訳ないが。

〔行動は言葉より雄弁ということわざもある。DA2はDAOほど売れていない。BioWareが大衆にアピールする道を誤ったのだ〕

 個人的には、経済の話を議論に持ち込まないほうがいいと思っている。大抵の者は、どうせしどろもどろになるのがオチだし、自分の議論の足場すらグズグズにしてしまうから。 

 経済について話をしたい? だったら利益の話をしよう。他のゲームがどれだけ売れているか、まるで存在もしないかのように扱わず、きちんと話をしよう。もしそうしないなら、自説を強化する部分しかデーターを観ていないわけだし、それこそまさに、君自身が業界を批判していることと全く同じことを自分でやっていることに疑いないのだ。 

 あるいは、自説を有利な立場に導くときにのみ、そうした議題を俎上に載せていることになる。なぜなら、それらの数字を持ち出す者は、高品質であるにも関わらず売れなかったゲームの数字や、低品質なのに大ヒットしたゲームの数字は決して持ち出さないことが私にはわかっているし、そのようなことが起きる理由について、どれだけ多くの要因を指摘することができるかもわかっているからだ。 

 そんな話ではなく、どうしてそのゲームが好きか、そのゲームと同じようなゲームをもっと遊びたいか、そういうことを主張したらどうだ。それこそ、少なくとも、ひとりのファンとして、「権威」を持って主張できることじゃないのか。

 

********** 

 経済(economics)について、「わけもわからず」話をするな、という話の最後は、ちょっと感動的であった。

 「ファンは最も得意なことをやれ」 

 それは「ゲームを愛でる(めでる)」ことだ。「愛でる」っていうとにゃんこかわいがりになってしまうのかな。そうではなく、鑑賞する、批評するってことだろうか。それはそれでまた、めっちゃ難しいのですけど。

 でも、BSNはすごくわかりやすい例ですが、「オール・オア・ナッシング」の話はインターネットのそこここで起きているような気がします。 

 「ファンの声を聴く」ポリシーを批判している私も、「余計なことを言うな」といわれそうなのでこのくらいでやめておく。「美徳」を追求してそれで潰れるならいいじゃない?

 そうはいかないと思いますよ。そんな単純な話ではない。

 

 

2012年9月14日 (金)

When A Blind Man Cries

 メタリカはずるい。アルバム「マシンヘッド」(Machine Head)の(そして故ジョン・ロードに対するものともなってしまった)トリビュート・アルバムで、この歌(When A Blind Man Cries)を演奏する出番をとってしまったのだ。

 なにしろ、この曲は元の「マシンヘッド」に入ってない、いわくつきだし!
  "Re-Machined"
 バカだから目にしたとたんにCD買ってしまいました。 メイキングDVDも付いていたので、これから観るつもり。映像にはあまり期待していない。

 リッチーはこの表題の曲(初出1972年)が大嫌いで、彼が帯同したライヴでは一度も演奏されなかったらしい(イアン・ギラン・バンドは演奏していたそうだ)。
 1993年再結成時のツアーで(リッチーが「音楽性の違い」に嫌気していなくなって、サトリアニがショート・リリーフしたのかな)復活。1994年モース加入後は全面的に曲が書き直されて定番と化した、んだって。全部Wikipedia(en)情報。

 えーとね、バンド再結成の都度(ってのも笑える)個人的にCDは買ってたんだけどね。イアン・ギランへのご祝儀みたいなつもりで。

 そういうとっても曰くつきの曲を選んでしまう、選べてしまうメタリカがずるい。にくい。
 サンタナなんて素直に「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を選んで(ボサノバチックなんで)みなから総スカン。
 でも信じてくれ。かなりいいよ、サンタナ版。あたしは十分聴けるなあ。

 アイアン・メイデンはさくっと「スペース・トラッキン」を取った。それもあまりに無難だよなあ。

(DVDでわかったのですが、チキンフットは、キーボード抜きで「ハイウェイスター」、しかもライヴ・・・。うーん。うーん。頭痛が、熱が・・・。ヘイガー、アンソニー(ヘイレン)、サトリアニ(ソロ、関連は上述)、スミス(レッチリのドラマー)。クソうまいけどね。クソうまい。でも、うーん)

 コレクターズ(輸入版)ではスティーヴ・ヴァイがボーナストラックに出てくるのだそうで、そちらのCDも気がついた瞬間に速攻で注文した。バカ。

 表題の曲は、これはリッチーが嫌うわけだわ。歌詞が・・・。

***********

 Deep Purple
 When A Blind Man Cries

 出て行くなら 扉閉めていってくれ
 もう誰とも会いたくない
 床に転がったまま すすり泣く声を聴くだけだ 
 酔い過ぎたのか 死んじまってるのか よくわからない 

 呑んだくれて 呑んだくれて 目にするものはみなどうでもいい
 呑んだくれがむせび泣くとき それより惨めな話なんてないんだ

 一緒に暮らすひとがいた
 愉しかったのは ほんのわずかの間
 一月ばかりあの部屋で冷めた時を過ごした
 もう終わりだってことに気づくために

 呑んだくれて 呑んだくれて この部屋ももう冷え切っている
 呑んだくれがむせび泣くとき 心の奥から悲しみを絞り出すんだ

If you're leaving close the door.
I'm not expecting people anymore.
Hear me grieving, I'm lying on the floor.
Whether I'm drunk or dead I really ain't too sure.

I'm a blind man, I'm a blind man and my world is pale.
When a blind man cries, Lord, you know there ain't no sadder tale.

Had a friend once in a room,
Had a good time but it ended much too soon.
In a cold month in that room
We found a reason for the things we had to do.

I'm a blind man, I'm a blind man, now my room is cold.
When a blind man cries, Lord, you know he feels it from his soul.

2012年9月12日 (水)

【ME3】Operation: VIGILANCE Failure

 これも何かのシナリオの一部?

http://blog.bioware.com/2012/09/11/operation-vigilance-failure/

 ME3のマルチプレイ・ミッション「ヴィジランス」が失敗したそうだ。

 戦略目標。

 Allied Goal: Complete 250,000 escort missions on any difficulty. 

 あれか。9月最初の週末だから。学生がみな。まじめやなあ。 

 ほんと、驚きましてよ。勘弁してほしいざます。今年の3月発売からまだ半年しか経ってませんよ? 

 旬過ぎたんかい。もうサーヴァーの電源落とすんかい。離陸失敗したMMOか。

 でも、新学期が始まっちゃってるわけだから、もうみな帰ってこないんじゃない?

 過疎っちゃうんじゃない?

 あきらめてさ、ストーリーDLC頼むよー。

 Extended Cutが出たとき、プロデューサーのマイク・ギャンブルはこう言っていた。

 

 「今は何も言えん。だがまかせろ。まだあるよん」

"Don't worry though…there's much more."

http://www.gamespot.com/news/bioware-planning-much-more-mass-effect-3-dlc-6384587

 ただ、「まだあるよん」の範囲は、文脈上ストーリーDLCには限っていないのですけどね。

 

 

 

 

 

暗いと不平を言うよりも

 実は最近発表を心待ちにしていることがある。 いやいや、SkyrimやME3の次のDLCでも、DA3の「正式」な情報でもなければ、ピンクの3DSLLでもないし(ありゃないよな、時間差はひどい)、赤いVitaでもないし(どうせ出るだろうけどね、クリスタルレッドかな(注))、Windows8でもないし、私に限って次のiPhoneであるわけがないだろう、失礼な。
 
 Kindle日本向け発売開始。

(注)赤いVitaほんとに出たね。
 http://www.ign.com/articles/2012/09/19/tgs-red-blue-vita-headed-to-japan

 ネットや新聞のニュースによれば、この「黒船来襲」(いったい何回来ることやら)を受けて版権屋、印刷屋、IT屋、デヴァイス屋、図書館・大学などアカデミックまわり、今度こそ他人事ではぜんぜんないマスコミなどが、関係各位くんずほぐれつ、おしくら饅頭も佳境に入ってきているようで、個人的にはそのあわてっぷりを眺めているのが非常に愉しい。
 やっぱ「外圧」がないと何もできないんだな、私たちって。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120830-00000515-san-soci

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120908-00000119-san-bus_all

 
 もう、700ページとかのハードカヴァーの原書持ち歩くの無理です。
 とはいえ一台で日英両方読みたいのです。一台じゃないといやーっ!
 これ以上カバンの中にいったい何台のモバイル機器を入れてあるかにゃならんのかという話だ。下手するとそれだけでハードカヴァー一冊抱えている重量に相当するかもしれない。本末転倒。

 3DSLLは、ありゃあ買って失敗だったな・・・。きっと普通のサイズの3DSで間に合ったものな・・・。ずっしりと重たい。振り回せば凶器になりうる(良い子はまねしちゃだめ、つか良い子はこんなブログ読んじゃダメ)。
 まあ、これは「すれちがい」に飽きたら持ち歩く意味はゼロになるのでテンポラリーなエクセス・バゲッジ。

 あとはiPhone/Androidを意地でも避けているから、iPodとPSVita両方持ちあるかなならんのだよな・・・。あほやで、あほ。だってネットや動画はPSVitaが便利だけど、音楽聴くとなるとかさばっちゃうんだよね(音質は圧倒的にVita優位なんで、さらに腹が立つ)。
 そんなのともちんのe-mobileで解決!ってまた何かのデヴァイスを持ちあるかないといかんのだよね。
 つってもそこらを全部一まとめにできそうなWindows Phoneは、いくら待ってもガラパゴス諸島には来ないかも・・・。

 そんなしっちゃかめっちゃかなカバンの中であるので何年も買っていなかった「週アス」の「ぱちぱちまとめ板」というオマケにつられてついつい買ってしまった。いまいちであった・・・。

 最近発表されたKindle Fire HDでは映画・ドラマ・画像まで配信されるそうだが、この恩恵を受けるには少なくともUSにいないとダメでしょう。そこは諦めている。LTE対応。いずれガラパゴ諸島全土に張り巡らされるんでしょうけど、私はWi-Fiで十分。
 そういうのは本題ではない。いくらなんでも外出先で映画を観る趣味はないし、これからもその気は起きないだろう。たぶん。

 単に日英の書籍を一台で読みたいのだ、私は。特に「あ、あの文章ってどこら辺に書いてあったっけ?!」というケースの多い私は、検索が容易なデジタル化が嬉してしょうがないのだ。
 なぜ21世紀の世の中で「技術立国」を標榜している(らしい)ガラパゴ諸島でそれが簡単に実現しないのだよ。

 それはね、漢字かな混じり文だからなんだよ。 
 でもそのおかげで、自国語とまったく異なる外国語と両方読めるんだよ。んー、読む気にさえなれば。

 
 それにつけても驚くのはKindle、いや Amazonの威力。
 USの書店チェーンはすでに軒並み壊滅したが、それは実はどうでもいい話。
 大学まわりやよっぽどの大都市の中心部でなければ、書店に誰も人はいなかった。
 つうか、そもそも書店がない、っていう場所が普通(日本も似てきたけど)。
 スティーヴン・キングやシェルダンはスーパーマーケットで買うものだったし、厚手の書籍はインテリア、室内(書架)装飾用だ。
 テーブルトップ・ブックって、ただインテリアとして置いてあるだけだから読んじゃダメ(笑)。(写真ばかりだしね)

 本を読まなかったんですよ。
 いまや本を読む人が増えているという。一部はKindle、iPadなどデジタル・リーダーのおかげ。
 でもAmazon自体の功績が大きいと思う。

 
 (敢えて使わせてもらうと)「若者」にラノベが売れてる日本は、まだ明るいと思ってるのだが。
 JR乗換駅の狭い書店に密集して、回り考えず立ち読みしているおっさんたちのことは「買って読めや!」と思うし、そもそも、あいつら仲間じゃねえし。
 電子書籍の普及で、またまた書籍需要がブーストするんじゃないかな。ほんま、幸せもんやで、君ら。

 あとは再販価格維持制度の大嘘がバレるのが楽しみ。
 「少数でも歴史に残すべき出版物が死滅する」論。
 誰も必要とせず死滅するなら、元から歴史に残す必要ないと思うのだが、変な説がまかり通っていた。
 新聞社が既得権益を維持したかったからかな。 
 今度は「デジタルには馴染まない」とか言って、デジタル化自体を拒否するのだろうか。
 なぜなら。
 誰でも入手可能になったのに、誰も買わないことがバレるから。

 日本の図書館システムがダメダメなのは、古書、古文書、希少本(稀覯本、きこうぼん)の類を皆で自宅で抱え込もうとするから。「公」なるものと見なさないから。
 図書館システムそのものを誰も(少なくともそういう書籍類の蒐集家たち、アカデミックな用途で用いる人たちは)信用していないから抱え込むのかもしれません。日本の場合に限れば火災による焼失も怖いけど、それは自宅でも一緒だろうし。

 あちらの公的な(大学などの)図書館で驚くのは、「そんな貴重な初版本あんのかい! しかも貸し出すんかい!」ってケースに何度も遭遇すること。この差は一体なんでしょうかね。誰かが平気で書き込みとかしてるけどね(笑)。
 Googleの全世界図書館計画の発想だって、ふつうは生まれませんよね。

 貴様あっ、紙の手触りを否定するのか!
 そういう人が必ず登場するよね。現にもう多数いるんだろうな。
 ワープロが爆発的に普及したときに出現した、「手書きでないと真心が伝わらない」云々と同様の主張が起きるだろうし、言っているのも下手すると同じような連中。自分のほうは手書きを押し付け、相手からも手書きでなければ受け取らないというのはどう考えても自己中心。いったいどんな真心を伝える気だったのだ。
 確かに東電やら役所やらから来る印字された文書には真心のカケラもない。
 じゃ、あれか、タイピングして送りつけてくるガイジンのレターは全部真心がないのか。

 フェティシズム。そういうものがあることは否定しない。

 使い分ければいいだけの話だろう。

 ME2、ストールン・メモリーのカスミも言っているじゃないですか。

  
 「笑っちゃダメ。そういう本が好きなの。恋愛小説、犯罪小説、古典小説。
 紙の本の手触り、そのカビ臭い匂い、とてもリラックスできるのよ」
 

 さすが日本オリジンのキャラクター?

 ただしカスミが入手しているのは、おそらくあちら(西洋)の紙質の本でしょうね。
 生えるカビの種類は違うだろうな。 

2012年9月11日 (火)

ゲーマーはどこへ消えた?

 IGNのコリン・キャンベル氏の記事。毎回いちいち面白いのですが、今回も秀逸。

 USのゲーマーが過去1年で12百万人、全ゲーマー人口の5%近くも減少した。イリノイ州一個分の人口が消えた。いったいどこへ消えた?

http://www.ign.com/articles/2012/09/08/where-have-all-the-gamers-gone

 まあ、文中でも何度もほのめかしていますが、だいたい元のNPDという調査会社の出したゲーマー人口の数字、211百万人(2億人以上ですね)というのが怪しい。

 キャンベル氏もいうとおり、USの人口は311百万人だが、まわりの3人に2人がゲーマーとはとても思えんぞ、というのがあたってるでしょうね。 

 ゲーム業界アナリスト(いつものパッチャー氏)も、「でかい数字はそれ自体うさんくさい。ばかげたでかい数字からでかい数字に変わったという話を真に受ける意味あるの?」と引き気味である。 

 まあ、ここから冗談半分で脱線気味に(でも極めてまじめに)分析が始まるのですが、モバイル、facebook、ハードコア、おこちゃま、いちいち面白い。

 時間もないので全部は紹介できない。さわりだけ。

・モバイル・ゲーマー(ゲームに費やす時間の半分がモバイル・ゲーム)は211百万人のうち12%であった。しかもiPadタブレットを含めゲーミング人口が急速に増加している一角だ。
 だから、ここは違う。

・フェイスブックのFarmvilleはいまや放置農場だらけ。一時期34百万いたヴァーチャル農家は今18百万。16百万が離農したことになる。どっかの国の農水省もビックリ、すさまじい減反率(笑)。
 これはUSに限らず世界中あわせた数字であり、離農者たちがほかのゲームを一切プレイしていないはずもなかろうから、すべてが失われたゲーマーとはカウントできない。とはいえ消えた5%の一部に含まれるのは間違いなくここだろう。

・NPDによればハードコア・ゲーマー(コンソール・オーナー)は全体の21%(2%ダウン)を占め、デジタル・ゲーマー(ダウンロードゲーマー)は16%(4%アップ)。PC特化ゲーマーは13%(2%ダウン)なので、ここには大きな変化がない。フィジカル(現物)ゲームの売り上げは1年で21%ダウンしたが、デジタル販売は急激に伸びている。たとえばEAは過去1年の売り上げの25%がデジタルだったと主張している。

 USのHDコンソール・マシン(X360、PS3のことでしょう)は50百万台。そのうち10%が過去1年にわたり埃をかぶっていたと主張するのは噴飯ものだろう。 

 だが、コンソール・マシンにもここのところほぼ稼動していないと思われる一角がある。WiiはUSで40百万台売れたが、その大多数は最低でも過去一年電源を投入されていない、という見方は固い。
 では12百万Wiiユーザーが過去1年間でプレイをやめたと言えるか?
 Wiiは2011年よりずっと前から埃をかぶっていたと考えるべきなので、それは疑わしい。とはいえ、Wiiのあの爆発的な人気沸騰と、その後の急速な尻すぼみ方は、ゲーマー人口減少の主犯格であることは間違いないといえる。

 パッチャー氏によれば「Wii Fitをプレイしていた80歳以上のWiiオーナーがみんな死んじまったんじゃないの?」だそうだ。半分冗談だが。 

・おこちゃま向け(キッズアンドファミリー)は1年間で7%ダウン、全体の15%まで激減した。USの14歳以下のこどもたちが人口のちょうど15%だ。三歳児がアンケートに答えるわけないが、三歳児の親は答えるだろうから、なかなかのマッチングだ。だが7%ダウンの理由を考えれば、キッズ向けではないゲームに移ったというのが自然だろう。大勢の子供たちが過去1年間にゲームをやめたというのは直感的に考えにくい。ほかのジャンル・デヴァイスに興味が移行したのだ。 

 では答えは何か。

・211百万ゲーマーという数字がそもそもインフレという説は根強くある。それでも数百万のゲーマーが消えたという説も捨てがたい。どこに消えたのか?

 消えたのはそもそもゲーマーじゃなかった。たいていが老人で、人生で今までゲームなどしたことがなかったが、最近ひとつのゲームに熱中していた人たち。Farmvilleか、Bejeweledか、もしかしたらWii Fitか。 

 ひとつのゲームを長くプレイすれば飽きる。彼らの問題はその次に遊ぶ、別のゲームを見つけられなかったこと。別の分野に興味の対象が移っていった。

 ゲーミングはここ数年の間に、人々の広い層にアピールを広げ、特に新しいことに興味のある人たちを取り込んできた。

 彼らがゲームをやめてしまった事実は、ゲームの文化的価値が低く、人気が薄いことを示しているのだろうか。デザイナーや売り手たちは、彼らをゲーミングに引き止めるため努力すべきだったのではないのか? 

 それは高望みだろう。20人中のあるひとりの「ゲーマー」がひとつのゲームしかしないとしたら、また次に一年後に別のゲームをしていると思う? そして、もっと重要なことに、それはゲーミングの将来に多大な影響があると思う? 

 だから、ご同輩方、謎の答えはこれだ。見よ、「消えたゲーマーたち」の正体を。面白いゲームを愉しそうに遊んでるじゃないか!

 (ドミノを遊ぶ老カップルの写真)

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 Wii Fitのくだりは何度読んでも愉しい(笑)。通販の健康機器だったんだね。埃かぶるだろう、そりゃあ。  

 産経新聞土曜日に連載のある花田紀凱氏の週刊誌ウォッチング。

 最近、週刊誌が老人(加齢)向けの記事ばかり扱っていると嘆いている。これでは「若者の週刊誌離れも加速する」、って、若者はもうすでに週刊誌は読んでいないと思うんですけど。

 個人的な読みでは、Wii Fitの後を真っ先に追うのは「文藝春秋」。高齢者が死んでいくから、読者も激減していくだろう。なんまいだぶなんまいだぶ。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/120908/bks12090812000005-n2.htm

すれちがってるだろうが。

 被災地で すれちがっても ひとり 

 あれから一年半経ってしまったんですね。私はもう踏ん切りつきました。身の上にかかわることはつべこべもう書きませんけど。

 もちろん踏ん切りなどつきようもない人も大勢いるでしょう。私はついた、それだけ。 

 当時、頭悪いくせにえらそうなアナウンサーが、被災地のぼっちゃん、じょうちゃんたちに「今一番欲しいものは、やりたいことは?」と聞くと、そらもちろん、ヴィデオゲームが一番人気だったわけだ。そんつぎがサッカーとかそんな感じ。

 そこで苦笑いしていた国営放送アナウンサーの顔は忘れない。間違いなく、「ぼくたち、被災したんだからゲームとかで遊んでる場合じゃないのよ。ほんとにわからん子たちだね、空気読め、しょうもねえな」という顔であった。 

 人間、純粋な殺意って抱くことがあるんだなあ、って、そのとき自分で自分を見つめて思ってましたね。

 それから、スーパー・コンビニなどの店頭からある種の商品がごっそりなくなったときは、うそでもいいから「全部被災地に送った、悪いが我慢しろ」とでも張り紙しとけばいいものを、と思いましたよ。そのくらい機転きかせらんなかったのかな、天下のイオンさん、セブンさんよ。

 あれも、あのガランとした商品棚も、いらぬ殺意を招きかねない光景だった。
 いや、もちろん買占めはあったのでしょう。あったとしても仕方がないと思うが、こっちは「悪いが被災地に送っちまったぜ」で簡単にだまされてやったのに。

**********

 昔、とあるMMOブログで、なぜか俳句・和歌が流行って、私はこんなのを詠みました。 

 誤爆しても ひとり 

 そこはかとなくけだるく物悲しい、ひとりギルドの寒風吹きすさぶ佇まい。
 その味わいが伝わるでしょうか。

 元うたは山頭火の作だと間違っているひとが多いのですが違いますね。尾崎放哉です。

 山頭火はこちらですね。 

 鴉啼いてわたしも一人 

 デビルサマナーの「すれちがい通信」は、互いの3DSにデビルサマナーが登録してあって(差してあってではない)かつ通信ONしていなければならない。

 被災地はともかく、田舎のみんなは辛そう。
 つうか、ワシントン州スポケンで3DSのすれちがい通信をしたいみんなはどうすんだろ?(そりゃあ、タコマあたりまで出てくるんだろ?) アイダホだと、すれちがう牛のほうが多かったりして。あっはっは。

 田舎ぱかしゅるな。にっぽんの都会だって明日をも知れぬレミングスのおっさんは辛いのだよ。
 毎日似たような時間におっさんたちと一緒に電車に乗っても誰ともろくにすれちがわないだろう。トウキョウ・ジャングルならぬ、トウキョウ・サバク。

 そう思っていた。 

 今日帰ってみたら、スプーキーズのおともだちと、めっちゃすれちがってた。 

 ふた開けてみて(ふた言うな)驚いて取り乱したのでよく覚えていないが確か12人。10人は超えていたはずだ。 

 デビルサマナー・ソウルハッカーズを起動した。 

 ソウルは、999Dしかもらえんかった。  

 カウント三桁で打ち切りって、いつの時代のソフトやねん。(元は1997年やねん、世紀末やねん)

 つうか12人すれちがったとして、10人でカウント打ち切りかい。それでも1D少ないのだが。 

 前から、うすうすおかしいと思っていたが、特定ゲームと関係ないすれちがい広場とやらも一日10人で頭打ちか? ここのところ「10人とすれちがいました」が続いているのだが。それともそちらはたまたまかな。 

 んまー、こども向けだからなあ・・・。しゃあないって気もするけど。

 スポケンに住んでても大丈夫ってことだな(こだわるなぁ)。

 ゲーム自体はさっぱり進んでいませんけどね。んーと、美術館のくだりが終わったあたり。

 来月くらいにはどうせまた被災地に戻るので、すれちがってみるかな。さすがにデビルサマナーの旬はもう終わってるかな。

 

 3DSを ぶらさげている スプーキー いてもいなくても 石巻の海

 

 

2012年9月 9日 (日)

死ぬのは奴らだ。 

 これ、昔も書いたかなあ。

 たぶん映画タイトル邦題化のベスト・ワン。これ考えた人は天才ですね。

 もちろん、原題は"Live and Let Die"

 もう説明が面倒くさいから、事情知らない向きは"Live and let live"から調べてください。
 知らない君は、そのくらい遅れているんだよ。 

 ビートルズ世代とかいう経営者のじじいたちが、なんか産経新聞でえらそうな(頭の悪いこと)のたまってるからイラッとしたのではなく、全然関係ないところから突如思い出したのだ。 

 お前ら、なんもわかっとらん。ジョン・レノンよか、ポール・マッカートニーのほうが数百倍上だよ。そんなことをいうつもりすらない。つうか、その主張すらする必要もなく、この曲だけで説明が終わってるだろう。

 「イマジン」? なんすか、それ?

 ただしWingsの曲(くそ有名なリンダ・アンド・ポールのクリップはこちら)よりかは、Guns'n'Rosesのアクセル君のほうがずっといいんだけどね・・・。

 http://www.youtube.com/watch?v=6D9vAItORgE

 すまんけど、私がコピペするだけで泣けてくる歌詞って、これと、あとピンクフロイドの"Wish you were here"と二つだけかな。

 前にもやったことがあるかもしれないけど気にしない。訳文は都度変わるのだ。

 

 若い頃 お前は純粋な心で

 皆ともに生きるべきだと言っていたよな 

 (言っていた、ゼッタイ言っていた)

 でもこのどうしようもなくでたらめな世界のせいで

 お前の心は挫け 物言いも変わってしまったんだよな 

 死ぬのは奴らだと

 (ぶち殺せ) 

 死ぬのは奴らだ

 (奴らを殺せ)

 

 だってお前が 

 やるべき任務を申し受けて 

 きちんとやり遂げようとしたら 

 奴らに地獄を見せるしかないんだろう

 

 皆ともに生きるのだと言っていたよな 

 (言っていた、ゼッタイ言っていた)

 でもこのどうしようもなくでたらめな世界のせいで

 お前の心は挫け 物言いも変わってしまったんだよな

 死ぬのは奴らだと

 

When you were young and your heart was an open book
You used to say live and let live
(You know you did, you know you did you know you did)
But if this ever changing world in which we live in
Makes you give in and cry

Say live and let die
(Live and let die)
Live and let die
(Live and let die)

What does it matter to ya
When you got a job to do
You gotta do it well
You gotta give the other fellow hell

You used to say live and let live
(You know you did, you know you did you know you did)
But if this ever changing world in which we live in
Makes you give in and cry.

Live and let die

2012年9月 8日 (土)

【DA3】マルチプレイの行方

 私は、「DA3にはマルチプレイヤー要素がある」ってのは,「DA3が開発中」と同じくらい確からしいと思っている。

 後者への問いは「リリースはいつ?」というものであるのに対し、前者に対しては「どんなものが、どのくらい?」という問いでしょうね。 

 http://social.bioware.com/forum/1/topic/315/index/13997058&lf=8 

 何かの新しい情報がどこかで出たのか、その出所はわかりませんが、OPがパニくってタイトルをいきなりミスタイプしているという臨場感。

 リリース時期に関しては、X720/PS4と呼ばれる次世代コンソール問題が絡んでくると、DA:Oのときがそうだったようにまたしても先延ばし、って場合もありえますし、ME3のWii参入の絡みもあるからややこしそうだな。

 次世代コンソール問題、あるいはコンソール/PCのマルチ・プラットフォーム問題については、greywardens.comのスティーヴが書いているので、そちらを。

 http://greywardens.com/2012/09/opinion-consoles-are-good-for-pc-games/

 話をマルチプレイに戻すと、EAがこの期に及んでマルチプレイ要素フリーなんて許すことはありえないでしょう。
 私はもうあきらめています。DA3がリリースされるまでには、全プラットフォーム融合計画を推進してきたCOOのムーアがEAのCEOになっちゃってるだろうし。

 できるならば、そのマルチプレイ部分がメインゲームとはできるだけ独立していて、Webゲーム、スマホ・タブレットゲームでカヴァーされているような感じであると嬉しいのだが。
 よくあるメインゲームとのデータ連動の趣向です。

 それか「ドラゴンズドグマ」程度のなんちゃってマルチプレイなら問題はない。
 まさかMass Effect 3並のオンライン・マルチプレイを今更やるとは思えないんですけどね。

 スレッドで答えている「BioWareの人」は今のところゲイダーさんだけみたい。相変わらず、「正式発表があるまで落ち着け!」の一点張りであるが、ゲイダーさんも、もう「仮にもし正式発表があるとしたら、それまで待て!」などと言う余裕もないみたい。

 ゲイダーさんの発言のほとんどが「インターネットの(でかい)声」に対する皮肉になっちゃってますが、次の点だけは新しいのかな。

"As for MP, rest assured we'll restrict any such functionality to the crit path Big Head Racing segment that you need to finish the game. Because we're listeners, and hang onto every word you guys say."

 これは、「ストーリー上必ず通過しなければならないクリティカル・パスのど真ん中にマルチプレイが鎮座ましましていて、プレイしない人たちはゲームをクリアできないというような、そのようなことにはならない」と言っているんでしょうね。

 Mass Effect 3では結構しっかりと鎮座ましましていたけどね・・・。
 特別なラストシーンを見るため必要な戦争準備指数5000ポイント(だったかどうかもはや忘却のかなただが)は、マルチプレイなしでも集められるようになったのかな。
 バグだったのかどうかしらないけど少なくとも私はPC版では実現できなかったんですが(iOSゲームを用いてクリア)。

2012年9月 7日 (金)

ヴィデオゲーム美人論(依然として未完成)

 このブログ、「書く書く」、「それは次回」とか言いながら放置しているネタがあまりに多い。

 1.「書く」と書いたときには面白そうだったが、実際に考えてみたら(書き出してみたら)意外につまらなかった。あるいは、極端に拡大していって何が言いたいのかわからなくなった、まとまりがつかなくなった(まるで今まで書いた記事は、何が言いたいのかわかっていて、まとまりがある、と思っているみたいですね?)
 文章はあるのだが、アップできない場合もある。

 2.端的に忘れた。
 「書く」と書いたことを忘れた、または「書く」と書いたことは覚えているがいったい何を「書く」と言っていたのか忘れた、あるいは、「書く」と書いたことも、何を「書くと」言っていたのかも両方忘れた。

 3.「根拠はある、それは後から示す」という、かつてのサヨクの常套手段。つまり最初から書くことが(示すべき根拠が)「ない」。

 4.忘れてもいないし、面白いはずだし、書きたいのだが時間がない。

 実は1.が一番多い気がするが(それも書いていたら肥大化して収拾がつかなくなったほう)、どれでもないものもある。いやどれでもないように思われるものがあるみたい。それについては、いずれ書くかもしれない(うそ)。

 「旬を逃した」もあるね。これは原因としては4.だったが、そのうち広い意味で1.に変化したのかな。ヴィデオゲームのネタ、しかもここで取り扱うような「大作」にとって、旬である期間が長いように感じられたのは今は昔。最近はとことん短いですからね。三ヶ月くらいかな。

 一番最近で「後から書く」といいながら放置していたものには、「美人論」があった。これは4.のつもりだったが、意外と面白くない、陳腐な結果が見えたので1.になった。いや、本当はそのときには面白い着想を得たのかもしれないが、メモをしないので忘れて2.になったのかもしれない。とにかく断じて3.ではない。 

 ネタはとっても単純。今書こうとすると書ける。実例を示しながらなので、なんかいっぱい書いてあるように思われるかもしれないが、ストーリーは完璧な一本道。

 つまりこうだ。

 ファミコンなどのゲーム機黎明期(1980年代)あたりの「美女」たちは、そもそも美女・美少女が登場するゲーム自体の数に事欠いていた。その手のキャラクターはレアであったので、誰もが認めるアイドルであった。今見たら「なんともはや」としか思えない粗いドット絵のキャラクターでも、ごく少ないイメージ画像(あるいはイラストレーション)しか手がかりがなくてもお構いなし。

 黎明期ではアテナであり、優子であり、ワルキューレであり(いずれも1986年)、まあ私のストライクゾーンには入らなくても、他にもいるでしょうね。

 やがて同一タイトルに複数の(一般には異なるタイプの)「美女」が登場する(1990年代)。群像ものや、複数の女性主人公から好みのタイプを選ぶ趣向が試され始める。「ソルビアンカ」(1991年)は企画が倒れてしまったけどこの実験的なケース。この傾向はしばらく続く。
 個人的に格闘ゲームあんまし詳しくないのだけど、この時代を語るなら触れないといけない。「ストII」自体は(1991年から続々とシリーズ化された)、しばらくの間チュンリー一枚看板であったが、「バーチャファイター」(1993年からシリーズ化)は言うに及ばず、例えば後発の「デッドオアアライブ」(1996年からシリーズ化)などは美女カタログ方式ですよね。

 RPGではパーティーメンバーの上限数からコンパニオン・フォロワーが「あふれる」ケースが主流となって、必然的に女性キャラクターの数も徐々に増える。「DQIV」が1990年・・・。「ロマサガ」が1992年。
 「新世紀エヴァンゲリオン」(1995年)は、この流れを究極のデュアル・ヒロインという形で見事に結晶化させたとみていいでしょう。
 そして「DQVI」(天空の花嫁)が1996年。デュアル・ヒロイン(SFC版のお話)。ね、なんか不思議でしょ?

 ところで、FFシリーズはパーティーメンバーが「あふれ」る流れには乗ったが、女性キャラ(ヒロイン)については頑なにソロ、あるいは少数精鋭?を貫いているのでこの限りではないようだ。FFVI(1994年)、FFVII(1997年)、FFVIII(1999年)、FFIX(2000年)まで違うと言い切っていいだろう。FFVIIで(触れること自体に非常に腹が立つのだが)デュアル・ヒロインを試してるのがしゃくだが。でも、ね、不思議でしょ?

 FFX(2001年)、FFX-2(2003年)は違う、マルチ・ヒロインではないかという指摘はあるだろうか。逆にばりばりのソロ、プリマドンナ方式ですよね。個人的にはFFXIII(2009年)まできてようやく方針変更した気がする。が、結果的に一番強烈なプリマドンナ方式になっちゃった。

 デュアル・ヒロインの流れと裏腹に、世紀末から2000年代にかけて、ヒロイン(候補)の数がどんどん増えていく流れもできた。「ときメモ」は1994年にPCエンジン版が出たのがはじまり。正直言って「売れるはずのない」タイトルだった。なにしろPCエンジンの最後のタイトルのひとつという、普通なら悲運のお膳立てもあった。信じてほしいが、PCエンジン・ホルダーであった私ですらこのタイトルはプレイしたことがない。いや、誓ってプレイしてません!

 ところが、ひょんなことから火がついて、あまりに好評を博したので、まずターミネートされたPCエンジンから他機種に続々と移植、リメイクされ、派生製品も生まれ、「ときメモ2」(1999年)へとシリーズ化される。当然のようにミミック(模倣)作品も多数生まれ、「恋愛シミュレーション」と言えば、大勢の女性(んー、女性向きでは男性?)キャラがカタログ的に登場するのがデフォルトになった。

 その流れは「ギャルげー」と蔑視されるゲーム・ジャンルを生み出し(つうか、「ときメモ」の時代でもそうは呼ばれなかったものの、コアゲーマーから蔑視されていたジャンルなのは事実)、カタログ形式、キャバクラ形式、なんとか48まで続く。もうリアルとヴァーチャルがどっちがどっちかわからなくなって・・・。

 そう書きたかったのだが・・・。「FF零式」(2011年)のようなワイガヤ方式がたくさんあったらよかったんだけど、「王と魔王と7人の姫君たち」(2012年)のオリジナルの「王様物語」(2009年)とか、他はあまり私の得意分野ではないので、思いつかないんだよね。
 「クイーンズブレイド」は、あれはホビジャのゲームブック(2005年~)だな、最初は(アニメ、PSPゲームは2009年かな)。
 あ、そうそう、紹介されたので速攻いじってみた「ジルオール・インフィニット・プラス」。オリジナル「ジルオール」が1999年だそうで、PS2の拡張版が2005年。Vitaで遊んでいるPSP版がはたしてオリジナルどおりなのかわかりませんが(だいぶ違うみたい)、あのコーエー独特の、男性の下半(略)を直撃するぞーっていうようなバタ臭い造型(ヴィジュアル)、べたついたキャラクター設定の、これでもかってくらい多数の女子連。あれもそうですね。しかも、原画は末弥さんに描かせたんだね。
 コミック・ラノベでいうところの「ハーレムもの」。これも関連してますねえ。
 風変わりなところでは、「ドラゴンズドグマ」(2012年)のポーン制。別に女子に限っていないが結果的に女子ポーンが圧倒的多数となっている(男性プレイヤーが多数だから)。ある意味で究極のキャバクラ制への可能性を秘めているのかもしれない。

 この変遷の理由?
 ゲームマシンのパワー上昇。これありますね。
 だって、かつては「美少女」なんてまともに描写できなかったのですよ!
 「ときメモ」を調べていたら、PCエンジンではウインクのアニメーションを再生困難であったとか書いてあって、のけぞったし。
 今や(誓ってプレイしたことはないが)、「アイドルなんとか」なんて、モーションキャプチャーのアニメーションを同時にばらばらに一体何人動かしてることやら・・・。

 でもこう書いてくると、なんとなく、というかかなり「リアル」のアイドルの変遷とも奇妙にリンクしている気もするし、メガタイトルのデュアル・ヒロイン制が同時期に並行的に発生しているし、偶然とは呼べないくらい奇妙だと思いませんか?

 で、ここまで考えて、あとは陳腐な結論へとひた走るしかなくなって、さじを投げたのであった。  

 当たり前の結論じゃね。つっか、やっぱ単純な話だったんだろうかね、最初から。

 つうことで、やっぱり未完成です。今回は「続く」とは書きません(笑)。

すれちがう

 「デビルサマナー・ソウルハッカーズ」 3DS版。

 ほんとうにちょっとづつしか進めていませんが、なんだろうこの言いようのない懐かしさ。
 最初はセガサターン版だったんですか。1997年。セガ機は見事に一台も保有していなかったからもあるし、PS版が出たらしいけど、世紀末は個人的ゲーム暗黒時代でもあったので見逃したようだ。
 声優さんは3DS版からついたのだろうか。VOを想定していないセリフ回しのままのせい(かどうかは不明)か、なんとなく会話のテンポが間延びしているのはしょうがないのかな。尺を合わせる意味?
 声優陣にはなにも文句がないけどね(というか常に文句はない、変なポッと出のタレントにやらせない限り)。

 DS/3DSでゲームを遊ぶのは実にはじめて。二枚画面はダンジョン・マッピングに最適なんだなと、今更ながら感動した。遅い、遅すぎる。
 そしてタッチペンはほとんど意味がないことに気がついた。あと3Dは切ってます。かまへんかまへん。そこらは飾りです。
 
 問題は「すれちがい」。ゲーム内で説明聞いた瞬間、「あ、自分無理やわ、それ」と思った。そして愕然とした。
 本質にはまったく関係ない趣向らしいけど、「できない」ことを言われると、人間やっぱり意気消沈する。
 
 だいたい、私が毎日3DSLLをカバンに入れて持ち歩いて、誰か「デビルサマナー」をプレイしている人とすれちがう確率なんてあるわけない。
 あるわけないだろう。おっさんの通勤時間に、カバンに3DSを入れて「デビルサマナー」のすれちがい通信をONにしている人が自分以外にいるはずがない。いたらお目にかかりたいよ。
 残念ながら高校生たちとは電車に乗る時間帯が違うのだ。3DSなんて遊んでいる大学生はそもそも学校行っていないだろう。
 そんな「あるわけのないこと」を証明するため、「デビルサマナー」のすれちがい通信をONにしてカバンに3DSLLを入れてみた。
 
 初日。300ポイント集まったそうだ。まぢか? それは三人すれちがったという意味? 奇特すぎる。
 二日目。夕方用事があって秋葉原まで出かけてそこで電車を乗り換えた。900ポイント集まったそうだ。
 三日目。初日とは違う経路、時間帯。700ポイント。

 いるのか?! すれちがっているのか?!
 
 なんか、身の回りの人は3DSなんて誰も持っていないような、すれちがいなんて期待できないかわいそうなおっさんのため、「こいつ、この持ち主ダメだな、全然すれちがわないじゃん」という場合、あたかも「すれちがった」ように偽装しているのではないのか、任天堂。
 
 ところが、三日目にしてようやく気がついたが、「万歩計」(書くのも恥ずかしいなあ)機能がついているそうで、歩数を稼ぐとポイントに交換できるのだそうだ。すると、そっちが孤独なかわいそうなおっさん用の救済策なんだな。

 じゃあ、本当にすれちがってるのかな? 容易に信じられないけど。
 
 唯一3DSを目視できたのは、秋葉原駅の喫茶店でコーヒーを飲んで時間調整をしていたとき。自由人風のいいおっさんがLLじゃないやつで何かを遊んでいた。「延々とゲーム遊べてうらやましい限りだ、きしょうめ」ととっさに心の中で毒づいたのは言うまでもないが、まあ人それぞれ事情があるんだろ。夜勤かもしれないしね。

 でも「すれちがい」ってのは不思議な趣向だなあ。なんだろう、このこそばゆさ。
 そしてDDIXが爆発的に売れなかったら、ひっそりと姿を消す機能だったのだろうか。
 
 ゲーム自体に話を戻すと、なんつーことのない3Dダンジョンものなんでしょうけど、一旦この「メガテン」の世界を受け入れてしまえば、色々つっこみどころもあって、今でもぜんぜん余裕で楽しめますね。それから長いカットシーンを多用するノリって、ここら辺がはしりなのかな?(すまん、セガ機には疎くて)

 ところで、この物語について書くのなら、どうしても"Second Life"(2002年)に触れざるをえないわけですね。(日本でも)どこかの広告代理店が過剰なまでに大騒ぎしたわりには、ブームが(あったとしたら)あっという間に急速にしぼんでしまった。だから「デビル・サマナー」を今(2012年)遊ぶ場合には、ゲーム内のヴァーチャル・リアリティ(VR)の設定に、苦笑いしながら臨むしかないわけです。「うそん、これそんなに流行らんでしょうよ」とか。
 (いや、まだゲームのとっかかりなので、実は「誰かがくそつまらないVRを悪意をもって無理やり流行らせてる」とかいうプロットがあるかもしれんが、教えてくれなくていいです(笑))

 "Second Life"前には、VRに淡い期待があったんだね-、ということもよくわかりますね。

 「ヴァーチャル・リアリティ」が人口に膾炙しはじめたのって、最初はウィリアム・ギブスンあたりかしら。「ニューロマンサー」が1984年出版(日本語版が1986年)。そんな感じでしたね。その筋ではカルト化している映画「トロン」が1982年。実はこっちが(下に述べる定義でいうところのVRではないかもしれないが)着想としては早いのだ。
 ヘッド・マウント・ディスプレイ等の技術をいうのであれば、古くは1960年代からUSあたりで研究テーマになっていたようです。

 実はWikipedia(jp)に珍しく有益なことが書いてある。"virtual"の訳語は今や「仮想」で決めうちになっている(例えばvirtual realityで「仮想現実」)のですが、どうも不適切で、ある意味「誤訳」みたいなんだそうだ。流れは"virtual memory"から始まった。
 本来の意味は「実質上の」、「本質的な」。だから「現実社会から(瑣末なことを捨象して)『本質的な』ものを抽出する、その抽出された『本質的な』」部分、みたいな意味。

 例えば"virtual money"のvirtualは、貝殻、金属、紙切れ、電磁パルス、記憶媒体上の信号、もっと言えば通貨を発行している中央銀行(国家)などの(瑣末な)部分を捨象した、「交換」、「信用」、またそれらを前提とした「蓄財」などのmoney本来の「本質的な」部分を示すという意味。
 これって、見事に腑に落ちませんか?
 
 「DDXのRMTがっ! だめっ!」とか、また騒ぎたがってる連中がいるようで、しかもMMOの惨憺たる状況も熟知している輩が今更のように(DDXなら一般大衆の耳目を集めるから)騒いでいるのが非常にたちが悪いのだが、上のvirtualの定義でいえば、リアル・マネー・トランザクション(RMT)こそ、カンペキに説明できるもんね。「リアル」なマネーと「ヴァーチャル」なマネーの間に「本質的な」違いはないのですよ。
 ん、"virtual sex"は、って? それはご自分で考えて(笑)。そこでも、どんぴしゃ当てはまりますけどね。
 
 さらにいえば、このvirtualの定義を手に入れると、古くはMMO、それからモバゲー、スマホ、facebook、Twitter、YouTube、ネット周りの流行が見事に紐解けちゃいますね。全部立派なVRなわけだ。なにも"Second Life"のような絵姿をしていなくたっていい。現実(リアル)「社会」の「本質的な(ヴァーチャル)」ものとは何か。コミュニケーションなんですね。「社会」(ソーシャル)の本質はコミュニケーション。あ、Blogもそうか。
 コミュニケーションとは何か。「交流」。
 もっとも、上記のネット上の仕掛けが司るコミュニケーションは、「社会」の中で本質的なもののある一部、と断っておいたほうが無難ですね。今のところ(Webカメラですら)伝えるすべのないコミュニケーションはあるわけで。わかりやすいのは身体接触だが、例えば「引くわ」、「引いた」ってのは、実際に身を引く(距離を広げる)ことで、まあカメラの前でやれっていって、できなくはないけど・・・。
 
 個人的には、この発見で十分お腹いっぱいなんですが、おまけ。

 具体的に何が懐かしいかというと、例えばアルゴンNSビルって、新宿NSビルのことだろうけど、1982年竣工なわけで、旧アトラスが1986創業だ。実際にNSビルにいたことはないのだろう(確認できず)が、ま、ある時代の象徴ってやつっすよねー。
 今(2012年)のNSビルと、あの90年代バブル期あたりのNSビルとは、意味が違うものなんですね。
 仕事関係やら、食事、遊びやら、その待ち合わせやら、かつてよく通ったものだ。あの頃はなあ・・・。

 「すれちがい」ってのもある意味「ヴァーチャル」だよなあ・・・。
 そしてあまりに、日本的だよなあ・・・。
 ねえ、これって異文化の人(ガイジン)に通用するのかな? 
 
 英語で関連を調べても、むしろ"meet-up"とか、"exchange maps"とか、"annonymous communication mode"とか、味も素っ気もないものばかり。
"pass-by"くらい言うのかと思ってたが。
 あ、"StreetPass"ってのが正式名称なのかな。
 うーん・・・。
 

 
 

2012年9月 2日 (日)

【Skyrim】Hearthfire

 SkyrimのストーリーDLCは、いったい何本出すんだろう、最低二本くらいはあるかな、と思っていましたが。 

 Hearthfire、その題名からまさかと思いましたが、実際に自分の家の暖炉の薪をくべる趣向・・・。というか自分の家を建てる趣向? 

 スト-リーDLCというわけではなさそう。

http://www.ign.com/articles/2012/08/28/the-elder-scrolls-v-skyrim-hearthfire-announced

 暖炉の火の前で、吟遊詩人の物語(バーズテイル)を聴く、ってわけでもないようで。

 完全にDIYで、一から建ててるみたいですね。
 冒険の要素はないんでしょうかねえ?

 養子まで取れるのか・・・。

 なんすかねえ、マイホームは、MMOでもUO以来の伝統的趣向であるのはわかるのですが、アメリカじゃあマイホームが遠い夢になったというわけでもないだろうし。

 これは、いわゆるひとつの巨大な公式Modですね・・・。(自分でもわかるくらい興味があんまりわいてこない)

 ということで、ストーリーDLCはまだ出ると予想しておきましょう。希望はNew Vegasと同様にストーリーDLC合計四本だったのですが。これはちょっと難しいかな。

 Mass Effect 3のストーリーDLCも"Leviathan"のあとはせいぜい一本くらいなのかなあ。

 Bethesdaの最近のタイトル、リリース日(一番早いものでたいていはUSのPCかXbox/X360)そして公式エキスパンション、ダウンローダブル・コンテンツの一番最後のものがリリースされた日。

 TES: Morrowind、2002/5、2003/6("Bloodmoon")

 TES: Oblivion、2006/3、2007/10("Fighter's Stronghold")

 Fallout 3、2008/10、2009/8("Mothership Zeta" )

 Fallout: New Vegas、2010/10、2011/9("Lonesome Road"

 TES: Skyrim、2011/11、2012/9("Hearthfire") 「最終コンテンツとは宣言されていない」 

 多少でこぼこしていますが、本タイトルリリースから約一年がこれまでのBethesdaの「サーヴィス期間」であった。Oblivionだけ一年半くらいであったが、あの時代はブツ(CD/DVD)で提供するリテール・エキスパンションから、デジタル・ダウンロード・コンテンツへの商流の移行時期であり、当時ファンを巻き込んで大変な混乱があった。そのせいで多少長引いたのかな。

 「サーヴィス期間」の「サーヴィス」とは、別にユーザーへの「(日本語で言う)さーびす」ではなく(金取るし)、そのタイトルにコミットし続ける期間という意味で使っています。

 本編リリース後一年間は、開発チームの一部もそのタイトルに引き続きとどまる、リリースの責任を負うという体制なのでしょう(DLCの開発はもちろん本編リリースの前から開始されているのが普通に推測される)。
 リリース後の修正までコミットすることを想定するとそんな工程表なんでしょうね。

 そして成功体験はむやみに変えない、トッド・ハワードがリードし続ける、親会社がEAなどの独自の収益目標を有するメガ・パブリッシャーじゃない(親会社Zenimaxは事実上Bethesdaである)などの消極的な理由からもこの工程を大きく変えるようには思えない。

 さらには、すでにFallout 4: Boston(?)の計画が漏れ伝わっている。
 上記リストを眺めていると、2013年リリースくらいかなあと期待したいところですけどね。Skyrimのエンジンを流用する感じで。
 (オリジナルのFallout製作に関与したメンバーが残っていて、Fallout: New Vegasの開発者であったObsidianがFallout 4の開発に関与するかどうかは言われていない)

 これらから、SkyrimについてはストーリーDLCはもう一本くらいは出るんだろうか、という悲観的な予想が成り立つのです。ちょっと寂しい気はしますけどね。

 BioWareのほうは、DA2、ME3と続けてエキスパンション、DLC関連でミソがついたことがあり、またME3はマルチプレイという新しいスキームを持ち込んでいるので変動要素が多く、予測はBethesdaタイトルよりさらに難しい。
 なお、DA:OやME2のエキスパンション・DLCの数はTES、Falloutに比べてかなり多い。
 Bethesdaに比較して長期間となった開発期間のコストをできるだけ回収する必要に迫られたんでしょうか。
(Bethesdaサイドは、今後大型で少数のストーリーDLCを出す方向であるとトッドが宣言している)

 Dragon Age: Origins、2009/11、2010/9("Witch Hunt")

 Mass Effect 2、2010/1、2011/3("Arrival")

 Dragon Age 2、2011/3、2011/10("Mark of the Assassin")
  (2012/3、エキスパンション・パック"The Exalted March "開発キャンセル発表、
   上記MotAが実質上最終コンテンツとなった

 Mass Effect 3、2012/3、2012/8("Leviathan") 「最終コンテンツとは宣言されていない」 

 DA:O、ME2の「サーヴィス期間」は本編リリースから約1年間だった。これは間違いなさそうですね。

 DA2は、それを1年半から2年くらいに延長するつもりだったようだ。ご承知のとおり挫折したわけである。

 さて、それらから「ME3のサーヴィス期間を予測せよ」というお題なのだが正直わからんなあ。"Extended Cut"がどのくらい開発チームのマンパワーを占有したかわからないけど、最長で当初予定の1年が半年伸びたと考えたい。よって「サーヴィス期間」は2013年の今頃まで。

 Mass Effect 2のストーリーDLCはザイード、カスミいれて5本であった。Mass Effect 3もプロシアンDLCを入れてそのくらいあるだろうと思っていたのですが、不必要なExtended Cutが割り込んできたのでちょっとわからなくなった。
 2013年の今頃まで1年あるとすると、本来ならあと3本くらいのストーリーDLCでつなぐ期間に相当すると考えておかしくはないはず。

 ところが、EAは過疎の進んだタイトルのマルチプレイ・サーヴァーの電源を平気であっさり落とすことでも悪名高い。マルチプレイを打ち切った後にソロプレイコンテンツを出すことなどあるのか。それを考えると予測がますます難しいんですけどね。

 ま、あくまで期待ですけどね。

【ME3】Leviathan (2)

 "Leviathan"(リヴァイアサン)、終了。

 日本人はいっこも海洋民族じゃない、日本も海洋国家ではない、という自説がまた補強されました。島嶼問題になんとなく気がつかないふりしている人が多いのも、海洋(オーシャン)についていまいち想像できないからなのだろう。ましてや、領土で敵対している他諸国も全部海洋国と違う。あれらの問題がぐだぐだ感満載なのは日本だけのせいだけじゃなくて、プレイヤー(参加国)が全部素人だからだと思う。

 もちろんわが日本民族は(そんな名称が付されるずっと前から)「海賊」としては超優秀な民族だったらしく、周辺海域では「倭寇」は海賊の代名詞だった。「倭寇」と呼ばれた海賊の全部が日本人ではなかったにも関わらず、その悪名を押し付けられたことからもわかりそう。
 でも、そういうレベルなら半島国も大陸国も、ロシアだって似たような海賊活動は盛んだったわけだから、それをもって海洋民族なんていえない。

 海洋国家セオリーの創始者マハンの説を引いてしまうと、なんだか日本は海洋国家に当てはまってしまうので引かない(出た、牽強付会)。ちなみに日本が海洋国家だと主張しているのは、マハンではなく受け売りの日本人たち。
 確かに、大日本帝国海軍はその「海洋国家」セオリーに準拠して、あるいは盲信して(準拠していた先進列強諸国の発想に盲従して)「海ゆかば」の世界に邁進していったのだろう。
 そして、やっぱりうまくいかなかった。第一次大戦後に各国国家予算逼迫の解消という名目ではじまった海軍軍縮会議(交渉)の場にアングロサクソン連合(米英)に引きずり出される程度には強大化したのは間違いない。しかしそれはその時点でアングロサクソンの海洋支配を阻止する勢力の最後の生き残りだったから、だけの意味しかなかったわけです。出る杭は打っておこうという意味。あきらかに日本を外交で叩く意図で開催された。
 なお仏伊も比較的大艦隊を有していたが、両国は地中海支配に注力せざるを得ないので勢力圏は極めて限定的であった。それ以外の国の海軍は事実上無きに等しかった。

 (実は現在でも事情はあんまし変わっていない。本邦納税者は気がついていない人が多いけど、日本はれっきとした大「海軍」国です。予算カットにさらされてきた女王陛下の海軍、ロイヤル・ネイヴィーに言わせれば、米日の後塵を拝している状況を打開したい、USネイヴィーに追いつくのは無理としてせめて海自くらいの海軍力には復帰したい、という思惑があるそうだ。世界のワン・ツーが太平洋に遊弋(ゆうよく)しているからワナビー・スーパーパワーの大陸国(海軍三流国)は気が気じゃない。もちろんUSネイヴィー以外の世界のすべての海軍を束にしてもナンバー・ワンに勝てないのはご承知のとおり)

 帝国日本海軍が滅んだのは、というか日本の海洋国家戦略が瓦解したのは、戦略ミスなんてレベルではなく、DNAレベルで海洋支配のお作法が身に染み付いていなかったのだろう。もちろん当時のUSも日本同様に海洋支配はへたくそ、ろくにできていなかったのだが、日本よりましであったはずだ。

 「四方を海に囲まれた島国(列島国)」だとか、「輸出入でしか国が立ち行かない貿易立国」だとか、「南の島に心のふるさとがある、ヤシノミに懐かしさを感じる」という集団幻想であるとか、「タコとかイカが好き、あとアワビも好き」とかでまるで条件が整ったように考える向きがあるが、まだそれだけじゃただの島国国家だ。南国びいきの幻想があるのかどうかは私にもよくわかんないけど(注)。

 それだけで海洋民族とは呼べないし、海洋民族でなければ海洋国家は築くことはできない。

 (注)詳しい方もおられるだろうが、あれこそまさに「共同幻想」の捏造じゃないだろうか。吉本隆明だったか誰か忘れたけど、南の島から流れ着いた椰子の実に懐かしみを感じる(ルーツを感じる)という集団幻想が日本人にはあるかのように皆を誘導する集団幻想。

 リヴァイアサンDLCについては下で結構けなしていますが、そこで描かれる海洋惑星のヴィジュアルはとても優れています。なんで白人(もとい)あちらの人が作るとこんなにすばらしい出来になるのか、日本人が作ると見事にいっつもしょぼくれているのはなぜか、とても不思議でしょうがない。ちなみに日本人が作った海洋ものの最高傑作を小説でもコミック、映画でもいいから作品あげてみてください。私はなんと何も思いつかなかったのだ! (「サブマリン707」じゃないだろう、いくらなんでも)
 ヴィデオ・ゲームにはなにかありそうだが。

 例えば、スター・ウォーズ、エピソード2の海洋惑星シーン、エピソード1の深海シーンなどいずれも圧巻であったが、そこらへんが今回リヴァイアサンDLCのヴィジュアルと連関しているわけです(もちろんかけている予算はスター・ウォーズのほうが圧倒的に高そう)。

 それらに限らず、あちらの海洋ロマンは小説でも映画でも、圧倒的にすばらしい。うそだと思ったら、ちょっと前の傑作、ラッセル・クロウ主演の映画"Master and Commander: The Far Side of the World "でも観たらいい。英仏単艦どおしの追撃戦、ごくごくマイナーな戦いがどうしてあんなに面白くなるのか不思議でしょうがない。
 それよりも何よりも、どうしてナポレオニック・ウォーの英仏艦船が南米マゼラン海峡あたりをうろついてお互いに狩りあっているのか、その時点でロマンだ。
 ジャック・スパロウ、「カリビアン」シリーズだって馬鹿にしてはいけない。たしかにちょっと(かなり)奇想天外過ぎるけど、海洋ロマンのエッセンスは正しく継承されているのだ。

 また「リヴァイアサン」には、本編にまったく関係ないものの、海洋惑星に墜落した難破宇宙船のクルーたちのその後の運命が事細かにわかる仕掛けも用意されている。
 航海には遭難、難破がつき物で、おそらくそれらの災難から生き残った者たちが語り伝えたおぞましい物語というものも、あちらには数限りなく残されているのだろう。 

 海の「リアリティ」に関するあちらの人たちとの感度の違いは、そういう部分にも影響を受けているのかもしれない。    
 
 日本ではせいぜい「海は死にますか」、おっとそれ違うか、「群青」とかあんな程度。「海」をひとつも感じさせないのは、わざとやってるのかと思うくらいだ。

 日本人が得意なのはせいぜい、海岸っぺり。多数のRPGなどのゲームが海岸・浜辺の風景から始まりますよね(最近ではドラゴンズ・ドグマ、FFXIII-2が記憶に新しい)。すなわちサーファー・レベルだ。
 もちろん「事件」がやってくるのは海の向こうから、というのは島国には自然な発想でありますが、実は例えばドイツのRPGでもとても多いんですね。私はそのこと自体が日本人も当然ドイツ人も「海洋民族」ではない証明だと思っている。

 日本人はやっぱ「森の民」なんでしょう(もちろんドイツ人もそうだろう)。ジブリがずるいのは(受けるのは)、そこら辺をよく知っているからなんだろう。

 (以下、軽いねたばれと若干の画像あり)

 リヴァイアサンは、残念ながらイチオシノDLCというわけではない。 

 シタデル銀河でも屈指の謎(エニグマ)の解決編であったME2のDLC"Lair of the Shadow Broker"ほどの高評価は得ていないし、コンバット関係の新規さではME3のデイワンDLC"From Ashes"(のリリース当時の感動)にもかなり負けています。

 実際コンバットに期待してしまうと、新規性はゼロ評価になってしまい、がっかりするでしょう。
 いつも参照するゲームサイトのスコアもIGN7.5、GameSpotのケヴィンはなんと6.0と手厳しい(どちらもX360版の評価)。
 ケヴィンは新しいストーリー要素についての紹介に説明口調が続いたのが気に食わなかったようだ。それから、両者とも前半の調査・探偵活動の冗漫さを指摘している。調査ものの好きな私にとっても、たしかにちょっとくどかったかな・・・。

 舞台は何箇所かに切り替わるのですが、何度も繰り返し訪れる場所があることもあって、とても惜しいことに銀河を股にかける感には乏しい。

 ただし、物語自体は(ネタバレになるので何も書きませんが)、へえ、なるほどねえ、と思わせるものであった。やって損はありませんよ。

995
 ハスク・ヘッドの発想は、映画「エイリアン」、「プロメテウス」へのオマージュなのか。

1103
 これはなかなかお気に入りのシーン。海洋惑星以外にも行くんですよね。

1457
 バミューダー海域ならぬ、宇宙船の墓場。難破船のクルーたちの悲惨な運命が淡々と描かれている。
 惑星名Despoinaにもギリシャ神話に由来する隠し意味があるようだが、 ネタバレになりそうなので割愛。

1491
 この風浪(うねり?)と難破船に打ち寄せる波の表現。グラボメーカーをほめるべきなのかどうなのか。

1517
 完全な偶然ですが同行クルーふたりのおべべも、このブルーのモノトーンチックな画像にどんぴしゃの青がかったものを選んでいたのです。なんかラッキーな気分。

1586
 たまたま難破船に搭載されていたダイヴィング用アトラスという超ご都合主義のマシンに乗って海中へ。

1592
 こちらピー・ワンゼロ号、応答願います。(古すぎて誰からも応答なし)

1609
 まあ、深海を自在に動きまわれるわけじゃない。あくまで雰囲気を堪能。

 Extended Cutなど出さず、このDLCを8月の暑さ真っ盛りの時期に出してもらえれば、少なくとも清涼の趣きだけは味わうことができたのに。残念すぎる。

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