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2012年9月 7日 (金)

ヴィデオゲーム美人論(依然として未完成)

 このブログ、「書く書く」、「それは次回」とか言いながら放置しているネタがあまりに多い。

 1.「書く」と書いたときには面白そうだったが、実際に考えてみたら(書き出してみたら)意外につまらなかった。あるいは、極端に拡大していって何が言いたいのかわからなくなった、まとまりがつかなくなった(まるで今まで書いた記事は、何が言いたいのかわかっていて、まとまりがある、と思っているみたいですね?)
 文章はあるのだが、アップできない場合もある。

 2.端的に忘れた。
 「書く」と書いたことを忘れた、または「書く」と書いたことは覚えているがいったい何を「書く」と言っていたのか忘れた、あるいは、「書く」と書いたことも、何を「書くと」言っていたのかも両方忘れた。

 3.「根拠はある、それは後から示す」という、かつてのサヨクの常套手段。つまり最初から書くことが(示すべき根拠が)「ない」。

 4.忘れてもいないし、面白いはずだし、書きたいのだが時間がない。

 実は1.が一番多い気がするが(それも書いていたら肥大化して収拾がつかなくなったほう)、どれでもないものもある。いやどれでもないように思われるものがあるみたい。それについては、いずれ書くかもしれない(うそ)。

 「旬を逃した」もあるね。これは原因としては4.だったが、そのうち広い意味で1.に変化したのかな。ヴィデオゲームのネタ、しかもここで取り扱うような「大作」にとって、旬である期間が長いように感じられたのは今は昔。最近はとことん短いですからね。三ヶ月くらいかな。

 一番最近で「後から書く」といいながら放置していたものには、「美人論」があった。これは4.のつもりだったが、意外と面白くない、陳腐な結果が見えたので1.になった。いや、本当はそのときには面白い着想を得たのかもしれないが、メモをしないので忘れて2.になったのかもしれない。とにかく断じて3.ではない。 

 ネタはとっても単純。今書こうとすると書ける。実例を示しながらなので、なんかいっぱい書いてあるように思われるかもしれないが、ストーリーは完璧な一本道。

 つまりこうだ。

 ファミコンなどのゲーム機黎明期(1980年代)あたりの「美女」たちは、そもそも美女・美少女が登場するゲーム自体の数に事欠いていた。その手のキャラクターはレアであったので、誰もが認めるアイドルであった。今見たら「なんともはや」としか思えない粗いドット絵のキャラクターでも、ごく少ないイメージ画像(あるいはイラストレーション)しか手がかりがなくてもお構いなし。

 黎明期ではアテナであり、優子であり、ワルキューレであり(いずれも1986年)、まあ私のストライクゾーンには入らなくても、他にもいるでしょうね。

 やがて同一タイトルに複数の(一般には異なるタイプの)「美女」が登場する(1990年代)。群像ものや、複数の女性主人公から好みのタイプを選ぶ趣向が試され始める。「ソルビアンカ」(1991年)は企画が倒れてしまったけどこの実験的なケース。この傾向はしばらく続く。
 個人的に格闘ゲームあんまし詳しくないのだけど、この時代を語るなら触れないといけない。「ストII」自体は(1991年から続々とシリーズ化された)、しばらくの間チュンリー一枚看板であったが、「バーチャファイター」(1993年からシリーズ化)は言うに及ばず、例えば後発の「デッドオアアライブ」(1996年からシリーズ化)などは美女カタログ方式ですよね。

 RPGではパーティーメンバーの上限数からコンパニオン・フォロワーが「あふれる」ケースが主流となって、必然的に女性キャラクターの数も徐々に増える。「DQIV」が1990年・・・。「ロマサガ」が1992年。
 「新世紀エヴァンゲリオン」(1995年)は、この流れを究極のデュアル・ヒロインという形で見事に結晶化させたとみていいでしょう。
 そして「DQVI」(天空の花嫁)が1996年。デュアル・ヒロイン(SFC版のお話)。ね、なんか不思議でしょ?

 ところで、FFシリーズはパーティーメンバーが「あふれ」る流れには乗ったが、女性キャラ(ヒロイン)については頑なにソロ、あるいは少数精鋭?を貫いているのでこの限りではないようだ。FFVI(1994年)、FFVII(1997年)、FFVIII(1999年)、FFIX(2000年)まで違うと言い切っていいだろう。FFVIIで(触れること自体に非常に腹が立つのだが)デュアル・ヒロインを試してるのがしゃくだが。でも、ね、不思議でしょ?

 FFX(2001年)、FFX-2(2003年)は違う、マルチ・ヒロインではないかという指摘はあるだろうか。逆にばりばりのソロ、プリマドンナ方式ですよね。個人的にはFFXIII(2009年)まできてようやく方針変更した気がする。が、結果的に一番強烈なプリマドンナ方式になっちゃった。

 デュアル・ヒロインの流れと裏腹に、世紀末から2000年代にかけて、ヒロイン(候補)の数がどんどん増えていく流れもできた。「ときメモ」は1994年にPCエンジン版が出たのがはじまり。正直言って「売れるはずのない」タイトルだった。なにしろPCエンジンの最後のタイトルのひとつという、普通なら悲運のお膳立てもあった。信じてほしいが、PCエンジン・ホルダーであった私ですらこのタイトルはプレイしたことがない。いや、誓ってプレイしてません!

 ところが、ひょんなことから火がついて、あまりに好評を博したので、まずターミネートされたPCエンジンから他機種に続々と移植、リメイクされ、派生製品も生まれ、「ときメモ2」(1999年)へとシリーズ化される。当然のようにミミック(模倣)作品も多数生まれ、「恋愛シミュレーション」と言えば、大勢の女性(んー、女性向きでは男性?)キャラがカタログ的に登場するのがデフォルトになった。

 その流れは「ギャルげー」と蔑視されるゲーム・ジャンルを生み出し(つうか、「ときメモ」の時代でもそうは呼ばれなかったものの、コアゲーマーから蔑視されていたジャンルなのは事実)、カタログ形式、キャバクラ形式、なんとか48まで続く。もうリアルとヴァーチャルがどっちがどっちかわからなくなって・・・。

 そう書きたかったのだが・・・。「FF零式」(2011年)のようなワイガヤ方式がたくさんあったらよかったんだけど、「王と魔王と7人の姫君たち」(2012年)のオリジナルの「王様物語」(2009年)とか、他はあまり私の得意分野ではないので、思いつかないんだよね。
 「クイーンズブレイド」は、あれはホビジャのゲームブック(2005年~)だな、最初は(アニメ、PSPゲームは2009年かな)。
 あ、そうそう、紹介されたので速攻いじってみた「ジルオール・インフィニット・プラス」。オリジナル「ジルオール」が1999年だそうで、PS2の拡張版が2005年。Vitaで遊んでいるPSP版がはたしてオリジナルどおりなのかわかりませんが(だいぶ違うみたい)、あのコーエー独特の、男性の下半(略)を直撃するぞーっていうようなバタ臭い造型(ヴィジュアル)、べたついたキャラクター設定の、これでもかってくらい多数の女子連。あれもそうですね。しかも、原画は末弥さんに描かせたんだね。
 コミック・ラノベでいうところの「ハーレムもの」。これも関連してますねえ。
 風変わりなところでは、「ドラゴンズドグマ」(2012年)のポーン制。別に女子に限っていないが結果的に女子ポーンが圧倒的多数となっている(男性プレイヤーが多数だから)。ある意味で究極のキャバクラ制への可能性を秘めているのかもしれない。

 この変遷の理由?
 ゲームマシンのパワー上昇。これありますね。
 だって、かつては「美少女」なんてまともに描写できなかったのですよ!
 「ときメモ」を調べていたら、PCエンジンではウインクのアニメーションを再生困難であったとか書いてあって、のけぞったし。
 今や(誓ってプレイしたことはないが)、「アイドルなんとか」なんて、モーションキャプチャーのアニメーションを同時にばらばらに一体何人動かしてることやら・・・。

 でもこう書いてくると、なんとなく、というかかなり「リアル」のアイドルの変遷とも奇妙にリンクしている気もするし、メガタイトルのデュアル・ヒロイン制が同時期に並行的に発生しているし、偶然とは呼べないくらい奇妙だと思いませんか?

 で、ここまで考えて、あとは陳腐な結論へとひた走るしかなくなって、さじを投げたのであった。  

 当たり前の結論じゃね。つっか、やっぱ単純な話だったんだろうかね、最初から。

 つうことで、やっぱり未完成です。今回は「続く」とは書きません(笑)。

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コメント

 「東京魔人学園」(1998)と「ガンパレードマーチ」(2000)も恋人候補が複数人いますね。私の感覚としては、90年代半ばから2000年代初めにかけてはギャルゲの発展期であり全盛期ですね。セガサターンやプレステでアホみたいにギャルゲが出てた時期です。そういった流れを他のジャンルのゲームも取り入れたんでしょう。そしてこのまま現在に至ると……。
 北米で日本のゲームが馬鹿にされるのは、「ギャルゲの文脈」を理解できないからなんじゃないすかね。(作り手も「ギャルゲの文脈」に犯されてることに無自覚だったりしますけど。)小島秀夫は自覚してやってる感じ。

 ヒントいただき。その二作を手がかりに、ネットをさまよってみると、あるわあるわ。出てきましたよ。

 サクラ大戦(1996)、あー、これ忘れてました。
 ソウルキャリバー(1998)、Prismaticallization(1999)、こみっくパーティー(1999)、サモンナイト(2000) シスタープリンセス(2001)、みずいろ(2001)、Missing Blue(2001)、エンジェリックセレナーデ(2002)、テイルズオヴシンフォニア(2003)、ラーゼフォン(2003)。

 少なくとも主要登場人物の画像を目視できたもののみ記載。一部エロゲー由来も含まれているけど、全部家庭用に(つまりクリーン版に)移植されているはず。

 アダルトゲーの「卒業」(1992)PC/PCEがここら辺の嚆矢であると思われますし、それともドラゴンナイト(1989)かな。いや自分プレイしてませんけどね(うそ、したした)。
 定義上エロゲーだって含まれるのであれば、その数たるや星の如し。同人ゲー、コミック、ラノベ、全部総当りでないと全貌がつかめんわけですね、これ。私の専門外です。

>北米で日本のゲームが

 このテーマ深すぎますね。もちろん、インターネット黎明期にUSなどあちらのユーザーの目に飛び込んできたのがいきなり和製美少女ゲームの画像="hentai"だったという強烈なインパクトはあるでしょうけどね。でも浮世絵だってそうだったんだから、いまさらいわれてもね。

 ハリウッド映画には「女性嫌い」のノリが根強くあるそうだけど、それは果たしてギャルゲにまで拡張して適用可能なのだろうか。たぶんできるんでしょう。
 なんとか48が成立しないのと同様、文化的にとても根深いところで断絶があって、きっと通用しないんでしょうけどね。
 
>小島秀夫は

 「ドラマシリーズ」プレイしてませんけど、当時コナミのサラリーマンだから呼ばれたんですよね? 中身まで(つまりシナリオの細部まで)タッチしたのだろうか? えー・・・。
 むしろ「スナッチャー」(1988)でもリメイク・続編ないのかな。

 というか、ここら辺のタイトル、PSNのアーカイブスで結構手に入りますね。小島監督だとポリスノーツ(POLICENAUTS)(1994)は見つけた。
 やる暇ないけどついついほしくなる・・・。

PSNのアーカイブスで結構手に入りますね。小島監督だとポリスノーツ(POLICENAUTS)(1994)は見つけた。

マジッ!!
うわああああほんとーだーPS3で出来るぅううう!
これセガサターンで唯一私が買ってハマッたゲームですよ。兄達はときメモやっていた(笑)。ありがとうありがう。早速買ってきます。

 まいぷれじゃー。

 でもそっち(ポリスノーツ)は自分やったことないかも・・・。
 (時間がないだろう!)

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