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2012年11月 7日 (水)

西へ西へ(2)

 アメリカに国教はないと書きましたし、最近では政府任官時のオース(宣誓)は聖書ではなくてコーランに誓うことも認められたそうですが、合衆国大統領候補が明白にノンクリスチャンである場合、将来にわたって当選することはないと思うし、まず候補になれないでしょう。

 合衆国におけるモットー、いまでは硬貨に刻印され、紙幣にも表記されている"In God We Trust"でいう神は暗黙裡にキリスト教の神。モットーは南北戦争で一躍広まり、その後冷戦時に再脚光を浴びたという。

 DAのフォーラムではないが、信仰の自由には「無神論者」であることも含まれるわけですから、実は矛盾しているんですね。アメリカ人は細かいことは気にしない。ちなみにある時期発行された一部紙幣にはこのモットーの表記が欠落しているものすらあるという。印刷ミス。アメリカ人はちっちゃなことは気にしない(いいのか)。 

 先進国の中で、神(超越者)を信じる国民の割合は、合衆国が突出して多い(八割を優に超えているという調査もあった)。信仰心に篤い国であることは間違いありません。 

 さて、西漸運動によって、合衆国の領土は急速に拡大していく。「明白なる天命」という宗教的煽動が後押ししたのは間違いありませんが、背景には東部に遅れて入植した者たちが貧しい暮らしを余儀なくされていたこともありました。西に行けばなんとかなる、だって人は誰もいないから、という功利的な発想があった。

 いろいろな資源が(それまでネイティヴがほとんど用いていないため)手付かずのまま豊富にある一方で、労働力が追いつかない。アフリカから強制的に連行された奴隷の使役も広まっていく。やがてアジア大陸から大量の労働者もやってくるようになる。

 「ここら辺の土地全部とーった」と誰もクレームしていない広大な土地に縄を張って一安心しても、成功物語まではまだ遠い。家族で小さな牧場なり農地なりの世話をしつつ、細々と経営をはじめるしかない。クリント・イーストウッド監督主演の映画「許されざる者」(Unforgiven)でもなんでもそうじゃないですか。なお、あの映画こそ修正主義西部劇と呼ばれた理由はいくつかありますが、実際に当時アジア大陸からの移民が大勢いたことをはじめて表現したのもひとつ。登場人物のひとりである英国人の暗殺者・殺人鬼イングリッシュ・ボブ(リチャード・ハリス)のあだ名を覚えていますか? 「チャイナメン・キラー」。

 考えればすぐわかりますが(といっても大陸の本当の規模感は日本にいるとなかなかイメージ沸かないかもね・・・)、そこまで版図が拡大してしまうと、まず「法」が行き届きませんね。同様に(というか実は同じことを言っているのだが)「教会の教え」も行き届かない。まるで映画のような、無法で堕落した西部が実現してしまった。酒、賭博、暴力、売春、詐欺、人攫いなどなど。

 教会がないから、当然学校もない。必然的に文字を学べない、読めない者が増える。聖書だけ配られても意味がないんですね。 

 比較的大きな集落でもなければ法の執行者である保安官(マーシャル、一部ではシェリフ)を置く余裕もない、ましてや無頼漢が徒党を組んで集落を襲ってきたら多数に無勢、ライフルで迎え撃とうにも保安官助手(デピュティ)だって数が揃わない。騎兵隊なんて呼んだってきやしない(今わの際に突撃ラッパの音が聞こえ、颯爽と駆けつけて来るのは映画の中だけだ)。このトラウマがあるから全米ライフル協会が今でも暗然たる政治力を有している、ってのもこじつけでしょうけど。 

 ところが、げに宗教的熱狂は恐ろしい。当時宗教的空白を恐れた教会は宣教師をリクルートします。集められたのは当時から合衆国の知性を司っていたハーヴァード大学など東部エスタブリッシュメント出身者の牧師などではなく、まともに聖書を学んだこともない無学な、だが屈強で不屈の闘志を有している若者たち。マッチョなタフガイ牧師。もちろんガンさばきも必須要件です。説教の途中でならず者がやってきたら、住民たちと一緒にライフルで撃退しなければならないのだから。

 その説教も中身なんてどうでもよく、「細かいことは気にしない」ノリそのまま、神の教えは「こうじゃあ!」、お前たちはみな「呪われているのじゃあ!」と叫び続けたりする。集まった住民たちは熱狂して、恍惚感にみまわれる。

(いま、オバマ大統領の勝利演説をテレビのCNNでやっていますが、まあ、きっとノリはこれと似てるんでしょうね。みんなただ踊ってるもの!)

  内田樹氏がいみじくも指摘しているように、クリント・イーストウッド監督主演のもうひとつの西部劇映画「ペイルライダー」の主人公はガンマンでかつ牧師である。保安官のバッジをつけてカリフォルニアの金鉱街を牛耳っているのは逆にただのならず者出身。そのデピュティーズもぜんぶ強盗・殺人鬼の類。

 正邪が見事に逆転しているのですが、この設定は史上、荒唐無稽でもなんでもないんですね。(ゴールドラッシュの時代には、とてもここには平気で書けないような惨たらしい鬼畜のような事件が数多く起きているのであった)

 あんまし人気が出なかった(1985年はちょうど西部劇の人気がどつぼの時期でした)けど、私はあの映画は大好きでしたねえ。

 映画はたしか聖書(Book of Revelation、黙示録)の一節から始まるんですね。そしてうろ覚えだが、すべて事が済んだ後、主人公が青毛の馬に跨って立ち去るシーンで、若い女性(地元の娘かな)がまたその一節を読むのです。公式訳が正確だろうがリズムが悪い。勝手訳してみます。ちょっとじんときちゃうかも。 

”そして彼(小羊)が第四の封印を解いた時、私は、第四のビーストが「来たれ」と言う声を聞いた。
 私が見ていると、見よ、青白い馬が現れた。跨る者の名は「死」。付き従うのは「地獄」”

"And when he had opened the fourth seal, I heard the fourth beast said: "Come and see." And I looked, and behold a pale horse. And his name that sat on him was Death.
 And Hell followed with him." 

 話を戻すと、この情熱的な(一種熱狂的な)伝道活動が、エヴァンゲリオンの語源でもあるエヴァンゲリズム(福音主義)でした。腕っぷしやライフルの腕に自慢の、聖書の知識はともかく、人間的魅力にあふれたマッチョなタフガイが、「神の教えはこうだあ!」と休みなく全米を叫んで回ったおかげで、アメリカのスピリチュアリティは保たれたのでした。

 ぶっちゃければ、「牧師がうちにもやって来たー」でよかったんだよ。それだけでありがたかったんだよ。

 テレビ伝道師の素地は、アメリカにはとっくの昔からあったのですね。

 「アメちゃんらしく単純明快」という根拠は、そういうことでした。説明終わり。

 さーて、全部説明できたかな?

 DAシリーズとの関係? 

 ええと・・・。んーと、つまりですね、DAのファン(特にアメリカン)は、そういうアメリカの発想でDAの描く宗教を見てしまうのですね。どっこいこの世の中、君たちみたいに単純に割り切れるわけないんだよね。少なくとも世界は理想を実現してもいなければ、従うべき規範は完全無欠でもないし、ましてやフェアでもない。

 「アンダースは許せない」とアメリカ人が騒ぐのは(手法はともかく)、実は矛盾してんだよな。国教(チャントリー)から離反しようとした活動だからアメリカ建国の思想と実は直結しているのだ。もちろんDAのスタッフは、むしろイングランド国教とアイルランドの関係、イギリス国内の国教反対をイメージしていたのかもしれないのですが。

 「セバスチャンが朴訥すぎて、いやーっ」というのも、これも笑止なのだ。だって、あれこそアメリカ人の一般的宗教観に近いはずだから。「チャントリー、イェイ!」

 チャントリーがメイジ弾圧に加担している、総本山オーレイはフランスをモチーフにしているとか、シナリオは捻ってはあるわけですし、ライター衆はあくまでカナディアンですから、(英仏、米加という軸の)複眼的な視点を持ち込んでいるのでしょうけどね。 

 それからネイティヴとしてのデーリッシュ、エイリアネイジ設立とネイティヴ・アメリカン移住政策の関係。
 さすが、いやらしいくらいに仕掛けがてんこ盛りですな。

 そういえばDAでマッチョでタフガイ、不撓不屈の伝道師のイメージに一番近いのは、オーザマーにチャントリー教会を設立しようとしていたドワーフの神官かな?
 どう転んでも彼は悲惨な結末を歩むのでしょうけどね。

 え? レリアナちゃんも実際はそうだろう? 残念ながら当時の牧師は男性限定だ(今は一部で女性もありだそうです)。そもそも女性がほとんどいなかった西部に女性牧師を派遣するのはいろんな意味で危なかったでしょう。んー男装の牧師? 誰かがもうすでにそういう話を書いていそうだね。

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コメント

 サーキットライダーですね。村枝賢一の「RED」ていう漫画では、大統領の私兵部隊がサーキットライダーに扮して諜報活動をしてましたな。

 いつもながらためになるコメント痛み入ります。

 サーキット・ライダー(巡回説教者)、この派閥を超えた伝道活動のもととなった大覚醒運動(Great Awakening)で最も勢力を拡大したのがメソディスト、サーキット・ライダーを組織的に活用したのもメソディスト。その名の通り、メソッド、厳格な生活方法論主義ですから宣教師たちは任務を厳格に遂行したんですね。 「大嵐の日に屋外にいるのは、鴉とメソディストの宣教師しかいない」
 娯楽らしいものがなにもなく、まったく楽ではない開拓生活を続ける入植者にとって、日々の厳格な生活習慣を守ることは自然に身に付くことであったろうし、巡回牧師の説教(を聞くため皆が集まること)がおそらく唯一の娯楽だったのでしょう。

 REDは調べたら面白そうですね。キンドル手に入ったら読んでみようっと。

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